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続・紅の挽歌 ~佐久間警部の鎮魂歌~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
警視庁の攻防
32/45

猿島攻防戦3(2024年編集)

 ~ 猿島、犯行現場 ~


 鈴木淳一郎殺害容疑の重要参考人として、アケミこと、中山明美の身柄を押さえた山川は、現場検証を開始している。


 この時はまだ、別の場所で、もう一件、別の事件が起きているなど、山川には、知る由もない。山川は、中山明美を犯人であると断定し、裏付けの供述を取る為、森林班の捜査官と、現場で鈴木の様子を見させた。


(------!)


「いやあああああ」


 中山は、変わり果てた鈴木を見た瞬間、悲鳴を上げると、失神して、その場に倒れてしまった。


(------!)

(------!)

(------!)


 予想外の展開に、山川は、困惑の色を隠せない。


「どういう事だ!模倣犯(ホシ)じゃないのか?」


 普通に考えれば、犯行を行なった人間であれば、演技でも、失神はしない。誰もが、中山が犯人ではなく、何者かに、利用されたと悟った。


 中山が単身で歩いていただけで、犯行を目撃した訳ではない。事件関係者である事は、一目瞭然だが、鈴木に何かを頼まれて、コテージに向かった事も考えられる。冷静に考えれば、他殺の線が強い。


 視野が狭くなった山川は、この時点で、やっと自分の過ちに気が付いた。


(……しまった。完全に、初動捜査をミスってしまった。ひょっとして、俺は、模倣犯に踊らされたのか?もしかしたら、他の場所でも、犯行が行われている?…だとすると、模倣犯は、まだ猿島のどこかに潜んでいる。……いかん!!)


 山川は、慌てて、全捜査官に対して、緊急無線を入れる事にした。


「山川より、全捜査官へ。全員、洞窟以外で、他にも、被害者(ガイシャ)がいないか、捜索を開始せよ。身柄確保した女は、模倣犯に利用された模様。島内に、模倣犯が潜伏していると想定し、一人、もしくは、二人組の人間を、しらみつぶしに当たれ」


(------!)

(------!)

(------!)


(おい、島内、全員を洗えってか?)

(暴論過ぎるだろう)

(はあ、何言ってんの、こいつ)


 当然の如く、この緊急無線に対して、全捜査官から、クレームが殺到する。


「山川刑事、本気ですか?模倣犯が、潜伏している事は理解しましたが、闇雲に、一般の観光客に対して、職務質問(しょくしつ)するなんて、馬鹿げていますよ」


「堂々と職務質問なんてしたら、模倣犯に気づかれます。それでも、強行するのですか?」


「職務質問するとしても、対象者を絞るべきでは?それに、全員ではなく、捜査官(メンバー)を半分に分けないと、模倣犯が逃走した時、誰が確保するのですか?」


「職務質問は、あくまでも、一般客に扮して、秘密裏に行うべきでは?」


(------!)


(どいつも、こいつも、あー言えば、こう言う。そんなに、俺の命令が聞けないって言うのか?)


 山川は、自分の意見が、真っ向から否定され、面白くない。完全に、頭に血が上ってしまった。


「お前ら、指揮権は、俺が持っている。組織なら、その指示に従えよ」


「冷静になってください。全員が、客観的な意見を言っているんです」


「そんな暴論、誰もがおかしいと言いますよ」


独裁的(ワンマン)指示は、遠慮してください。旧日本軍じゃないのだから」


(------!)


 山川は、この意見に、暴言を重ねる。


「なら、お前ら、全員勝手にしろ。俺を外して、好きな様に捜査しろよ!俺は、例え一人でも、模倣犯を追う。但し、模倣犯に逃げられたら、責任は俺じゃねえ。お前らだからな!」


 無線越しの全捜査官は、呆れ果てる。


(もう終わりだ、何もかも)

(税金の無駄遣いだな、完全に)

(何故、こんな馬鹿が上司なんだ?)


「…誰か、今直ぐ、佐久間警部に連絡を。こうなってしまった以上、佐久間警部しか、この場を収拾出来ない。このままじゃ、捜査にならん」


「安藤課長の方が、良いのでは?」


「馬鹿、こんな事、課長に報告出来る訳がない。それに、状況判断に優れ、即決出来るのは、佐久間警部だ。佐久間警部なら、課長も側にいるだろうし、心配しなくても、上手く采配してくれる」


「分かりました、では、自分が相談します」


 こうして、一人の捜査官から、警視庁捜査一課に、速報が入ったのである。



 ~ 東京都、警視庁捜査一課 ~


「はい、捜査一課。田宮か、お疲れさん。どうした?良い知らせか?」


「時間がない、直ぐに、佐久間警部に代わってくれ。山川さんが、錯乱している」


(------!)


「ちょっ、ちょっと待ってろ!」


 安藤と会話中の佐久間に、原口が、割って入る。


「警部、至急連絡のようです」


「ん、どうした?確保出来たのか?」


「それが、現場の様子が、何か変なんです!山川さんが、錯乱していると」


(------!)

(------!)


「代われ!」


 佐久間は、素早く携帯電話のスピーカーをオンにする。


「佐久間だ、何があった?課長も隣で聞いている。簡潔に話してくれ」


「まず、猿島で、被害者(ホトケ)が一名出ました。浜辺を歩いていたカップルが、次に見かけた時には、女性だけだったので、山川刑事の指示で、念の為、付近の洞窟を確認したところ、カップルの男性が、絞殺されていました。山川刑事は、この女性を、模倣犯だと断定し、森林班の捜査官に、身柄を確保させたんです。実況検分の結果、この女性は、失神した事から、模倣犯ではない事が分かり、初動捜査を誤りました。その後、全捜査官に対して、持ち場を離れ、一名、ないしは、二人組の一般人に対して、しらみつぶしに、職務質問(しょくしつ)を行えと、指示されました」


(------!)

(------!)


 佐久間と安藤は、これには、卒倒してしまった。


「それだと、観光客の殆どじゃないか。…見境無くか?」


「ええ、見境無くです。これには、全捜査からも失笑され、『冷静になってくれ』と、お諌めはしましたが、山川刑事は、それが面白くない様で、諫言を放棄されました」


(------!)

(------!)


「放棄した?山さんは、その後どうしたんだ?」


「『お前ら、全員勝手にしろ。俺を外して、好きな様に捜査しろよ!俺は、例え一人でも、模倣犯を追う。但し、模倣犯に逃げられたら、責任は俺じゃねえ。お前らだからな!』と啖呵を切られ、一人で模倣犯を探しに、出ていかれました」


(------!)

(------!)


「……何と言う事だ、本末転倒じゃないか。現場指揮する者が、持ち場を離れるとは…」


「佐久間警部、これでは、捜査になりません。今からでも、猿島に来て頂けませんか?」


(………)


 佐久間は、ちらっと時計を見る。


(今から行っても、猿島に着く頃には、日付けが変わってしまう。もう間に合わん)


「そうしたいのは、山々だが、後手に回る。移動中、みすみす、模倣犯を逃す事にもなりかねない。それならば、この場で、現場指揮した方が早い。この電話を、全捜査官に聞かせる事は、物理的に可能か?」


「はい、可能です。自分は、本隊のテント内にいますから、無線に接続します」


「分かった、その前に、少しだけ、そのまま待機してくれ」


「分かりました」


 佐久間は、携帯電話を手で塞ぐと、安藤に打診する。


「課長、反省は後回しとして、現況を把握し、捜査一課(ここ)から、指示を出します。私が開口一番、捜査の立て直しを宣言する事は、山さんの立場を、完全に潰す事になります。第一声は、課長にお願いしますので、捜査変更を周知ください。その後に、私が仕切れば、少しは、緩和されるでしょう」


「組織としては、賢明な判断だな。よし、それで行こう」


「田宮、課長と話がついた。無線と携帯電話を直結してくれ」


「了解です。……お待たせしました、お話頂いて結構です」


 こうして、安藤が、口火を切った。


「安藤だ、お疲れさん。今、猿島(そちら)の捜査状況を聞いた。これより、捜査を立て直す。指揮は、佐久間警部に任せるから、詳細の状況を説明して、その指示に従え。これは、課長命令だ。山川も従え、良いな!」


「はい、聞こえてます。…従います」


(良し、意味は通じたな)


「では、これより、佐久間警部の指揮だ」


 佐久間は、山川の苦悶を思い浮かべるも、立て直しに入る事にした。


「佐久間だ。捜査指揮するにあたり、状況を整理する。今、全捜査官(みんな)は、まだ持ち場にいるな?」


「はい、おります」


「犯行場所には、何名集まっている?」


「トンネル班二名、海岸班二名、森林班二名、女性の計七名です」


「他の箇所について、報告を頼む」


「船着場班、八名。海岸班、六名。トンネル班、六名。森林班、六名。廃墟班八名です」


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。猿島の全体図を広げ、配置場所を指で辿る。


(各所に均等して、まだ残っている。これなら、まだ立て直し可能だな)


(………)


(………)


「犯行場所は、どの辺りだ。猿島の地図は見ている」


「海岸線を右側に北上し、島の中間辺りです。猿島要塞の右側と言った方が、早いかもしれません」


(猿島要塞の右側だな。…この辺だな。模倣犯は、この場所から、どこに行った?確か、初めは、カップルで海岸線を歩いていたと、言っていたな)


(………)


(………)


「では、まず、失神した女性を起こしてくれ。女性が目を覚ましたら、被害者(ホトケ)と別れてから、歩いた方向を聞き出すんだ。海岸線から、歩いてきたと聞いたから、その方向()()に、おそらくだが、模倣犯の抜け道があるはずだ」


(------!)

(------!)

(------!)


「抜け道が?分かりました、探索します」


「犯行場所から船着場までの距離と、歩いて掛かる時間は、どの位だ?」


「およそ、七百メートル。時間にして、順路を無視して、最短で歩けば、十五分程度でしょうか?」


「順路通りなら、何分掛かる?」


「倍の三十分だと思います」


(ふむ、捜査官の、誰も騒がないところを見ると、配置箇所には、模倣犯は現れていない。となれば、主要箇所以外を、逃走中なのだろう)


「では、当初通りの配置を軸に、捜査を継続するが、各班は、人数を二つに分け、その場を死守する者と、周囲を散策する者で、行動を開始してくれ。可能な限り、模倣犯が向かうと思われる動線を潰す。馬鹿正直に、船着場から船で逃げるとは思えないが、念の為、船着場は死守だ。ちなみに、その被害者は、鹿井健一だったのか?」


「いえ、別人のようです」


(鹿井健一ではない。やはり、警視庁管轄外の者、もしくは、不起訴となった者以外という事だ)


「全捜査官、良く聞いて欲しい。人を一人殺すのに、無人島を選択するには、割が合わない。予想では、写真の鹿井健一が、対象者だと思っていた。それが外れた今となっては、次が鹿井健一なのか、別人なのかは、分からないが、最低でも、まだ被害者が出るだろう。急げば、まだ生命を救えるかもしれないから、怪しいと思うところは、探索するようにしてくれ」


「新たな被害者については、了解です。模倣犯について、我々は、顔を知りません。どの様に、捜査すれば宜しいですか?」


「先程も言ったが、模倣犯が、堂々と船着き場から、脱出するとは、思えない。私の見立てでは、必ず違うところからの、脱出を試みる。仮に、船着き場を目指したとしても、警察だと、あからさまにすれば、海岸から逃げるしかないから、海岸班は、小船、ボート、停泊船を探して、それらが、沖に出ないかを監視して欲しい。船着場を強行突破されそうな場合は、海岸班・船着場班で、これを阻止するんだ。一時、数は少なくなるかもしれんが、何とかサポートを頼む」


「海岸班、了解です!」

「船着場班、了解」


「廃墟班、トンネル班、森林班の捜査官は、それぞれの持ち場から、島の外側へ向かって、円を描く様に探索してくれ、その過程で、被害者(ガイシャ)がいないかを確認するんだ。被害者(ガイシャ)を発見した場合には、現場保持したまま、折り返し連絡を」


「廃墟班、了解。適宜行動を開始します」

「トンネル班、了解」

「森林班、了解した」


 佐久間は、最後に、一言つけ加えた。


「…今が、一番苦しい時だ。警察組織だけでなく、模倣犯も苦しい。だが、一番苦しく、無念なのは、被害者(ガイシャ)だという事を忘れるな。現場には、負担ばかり、押し付けて申し訳ないが、よろしく頼む」


「トンネル班、了解」

「海岸班、了解」

「船着場、了解」

「廃墟班、了解」

「森林班、了解」


 捜査官たちの安堵した声が、無線を通して伝わってくる。何をすべきなのか、理解した全捜査員は、直ぐにでも、行動を開始するはずだ。


 携帯電話を切ると、安藤は、深い溜息をついた。


「とりあえず、事態の収拾は図れたな」


(………)


「収拾は図れましたが、現場が、これだけ浮き足立っていたら、既に手遅れかも知れません。私が模倣犯なら、この機を絶対に逸しません」


(時間的にも、後手になったから、逃走時間を与えたという事だな)


 安藤も、今回の失態は、看過出来ない様だ。


「周りからの信頼が、取るに足りない。山川(やつ)は、少し前線から外れ、猛省が必要だ。まだまだ、佐久間警部(おまえさん)の様にはいかんよ。…部下を育てたい気持ちが、今回ばかりは、裏目に出てしまったな」


「…申し開き出来ません。次回から、私が直接、指揮を執ります。山さんの面子を潰す事になっても、仕方がありません」


「どちらにせよ、警視庁捜査一課(こちら)の捜査ミスで、模倣犯の逃走を許したら、本末転倒だよ。次回の人選は、私も口を出す。山川に対しては、他の捜査官も敬遠するだろう。信頼されない者を、現場に置いても、捜査に支障をきたす。山川は、前線から外すんだ、良いな?」


(………)


「承知しました」


(山さんは、しばらく復帰できまい。次の捜査で、山さんがいないと、色々と作戦も変えなければならないな。身から出た錆だが、悪い方に、事態が転んでしまったな)


「明日にでも、猿島に行くのか?」


「状況次第でしょうか。まずは、この攻防戦を見届けてからにします」


「現場の者たちに、全てが懸かっているな」


警視庁捜査一課(机上)でも、出来る事はしておきます。模倣犯が、海に逃げるのであれば、早めに手を打ちます」


(ほう?航空隊に要請する気だな?……待てよ、確か…)


「その事なんだが、航空隊のヘリコプターは、他県の催しに参加しているから、相談には乗ってくれないぞ?」


「情報ありがとうございます。では、海上保安庁に掛け合います。特殊海難事故の事案は、本日は出ていないので、運が良ければ、羽田基地にいるはずです。羽田基地からであれば、数分で猿島に行けるでしょう」


「その手があったか。では、早速、掛け合ってみてくれ。安藤の名を出して、構わん」


「承知しました」


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