続2話.見ず知らずの後輩はかわいくありません
今週はキリのいい所まで進める予定です。
新学期が始まって、何となくそわそわと落ち着きが無かった学校全体の雰囲気も落ち着いてきたように思う。
中学のときの部活の後輩にも声をかけられたりすることもあった。
私と玲奈は写真部を退部し、その後はどこにも所属していない。これまでと同じように放課後は図書室で勉強することが多い。ほとんど毎日だったのが「多い」に変わったところが今までと違うところだろうか。
ここにきて、雅さんがバイトの日を増やした為、お互い寂しく感じて放課後デートをする日が増えた。
お母さんのつわりもあっという間に治まり、私の家事の負担が特別増えるという事態にもなっていないのでこのように過ごせている。お母さんも病気じゃないから気を遣われてじっとさせられると苦痛だと、余程何か無い限り今まで通りにしなさいと命令されてしまった。
恭子さんの方は、基本的に普段何もしない雅さんと和維くんが手を出そうとすることがものすごくイライラするそうで…手際のいい人からしたらありがた迷惑であることはとってもよくわかる。恭子さんのつわりももう治まったそうだ。だからこそ、うっとうしい気遣いが非常に邪魔なんだそうだ───ぶちまけたくてたまらなかったらしい恭子さんが高齢妊婦仲間のお母さんを訪ねてきて思いっきり発散していった。具合が悪いと手伝わないのも気に入らないが、自分とやり方が違ったり手際が悪いのも気に入らない…さすがに雅さんと和維くんがかわいそうだった。自分の時はそうならない様にしたいものだと思った。
その日は久しぶりに雅さんを私の部屋に招待した日で…甘酸っぱいことは何も無い、微妙に苦い日になった。
それはそれで、良い思い出のひとつだと、心の中の忘れそうなほど奥深くにしまっておこうと思う。
少しだけ言わせて欲しい。あの日ほど「胎教とはなんぞや?」と問うてみたかった日は無い。
そして、変わったことのもうひとつ。いや、ふたつだろうか。すごくたまにではあるが、健人くんと和維くんを応援と冷やかし?に訪れることと、玲奈との下校中に後輩が引っ付いてくることである。
靴を履き替えていると、今日も二人が現れた。玲奈と二人で「またか」と肩をすくめる。
後輩は、中学の時のバドミントン部で顔を合わせた事がある子達だ。男子と女子は別々に活動していたから、本当に顔を合わせたことがあるだけの子達だ。
「奈央先輩、今帰りですか?途中まで一緒に帰ります!」
この強引な物言いをしてくる子は本田孝。
「お疲れ様です」
もう一人、ただ付き合わされているだけってかんじの子が大沢崇士。
それは、部活見学や仮入部が行われている時期のことだった。
2年の廊下に1年を示す靴の色が現れてちょっとざわついていた。
私達はいつものように図書室へ行こうと廊下に出たところ…本田君が駆けて来た。
「奈央先輩!お久しぶりです。これから部活ですよね。ご一緒します。バド続けてるんですよね!」
「この学校、バドミントン部無いわよ。っていうか、あなた誰?」
「奈央、この子見たことはある気がするんだけど。名前はわかんないわ」
本田君はガーンという表情で私達、いや、私を見ている。
「で、誰?」
分からない私は再び聞いてみる。問答をしている間に人だかりが出来、隣に大沢君が立っていた。この時は大沢君の名前も知らない。
「中学でお世話になりました、バドミントン部の本田孝です」
「同じく、大沢崇士です」
名前を言われてもやっぱりさっぱり分からない。男子部に誰が居たかなんて興味が無いので覚えていない。記憶に無いが顔を合わせたことは間違いなくあるだろうと思う。特別優秀で大会の時に好成績を修めて表彰されたとかじゃなければ全く覚えていないのである。
人に囲まれ目立ってきたので、玲奈と彼等と共に移動することに。健人くんと和維くんが「俺たちも行こうか?」と気に懸けてくれたが、二人共部活があるので行ってもらった。その時に、本田君が険しい顔で彼等を見たのを見逃さなかった。玲奈もそれを見て、キツイ目で彼を見遣った。
「場所を移動しましょう。私達これから図書室へ行くところなんだけど。話は図書室前で聞いていいかな」
返事を待たずに歩き出した。どんな子かは知らないけど、私達の中で、少なくても本田君の評価はすでに底に近い位置まで落ちていた。
「それで、どういったお話でしょうか?私達これから勉強したいので手短にお願いします」
玲奈は静かに見守ることにするようだ。
「俺、奈央先輩のことが好きです。先輩に会いたくてここ受験しました。先輩、付き合って下さい!」
「恋人が居ますので付き合えません」
「それ、先輩のお兄さんでしょ?男除けにお兄さんに恋人の振りをしてもらっていたことは知っています」
「ちょっと、奈央の話をきちんと聞きなさいよ!」
玲奈が我慢しきれずに話してきた。
「奈央にはちゃんと彼氏居るから。相手は大学3年生よ。もう、二人とも熱々のべたべたでこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブなんだからっ」
そこまでいうか玲奈サン。さすがに恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「え、マジっすか」
「孝諦めろ。帰るぞ。先輩、お騒がせしました。すんません。失礼します」
大沢君が本田君を引きずって消えていく。去り際に、「先輩、俺、諦めませんよ~」という声が聴こえた。
その言葉を実行するように度々私達の前に現れるのである。その結果が、私達の下校に付いてくるというものである。
幸いまだ、雅さんには出くわしていない。雅さんが私が言い寄られるのを見たら、いつかのコスモスの公園の時のように人目を憚らずエロいべろチューとかしてくるかもしれない。公衆の面前であんなことされたら表を歩くことが出来なくなっちゃう。…若いという事が理由で微笑ましく思ってくれる人もいるかもしれないが。想像するとべろチューで赤くなり、その後を考えて青くなる。
「奈央、何一人で百面相しているの?」
「ん?何でもないよ。あ、そうそう、明日は雅さんと出掛けるから先に帰るね」
「了ー解」
和維くんと健人くんには本田君のこと雅さんには言わないでもらっている。ただ、「自分からいう事はないけど、命が惜しいから聞かれたら答えるからね」「俺もまだ死にたくない。雅先輩には逆らえない」と言われてしまった。これについては仕方ないよねと思っている。
「奈央先輩、その彼氏に会わせて下さい」
「嫌よ」
「だったらせめて番号交換してください!」
「親しくする気がないので教えません」
「だったら、明日、俺、先輩のデートに着いて行きます」
想うのは自由だといっても、もう鬱陶しくて嫌気が差してきている。
「孝、いい加減にしろ!!」
珍しく、いつも傍に居るだけの大沢君が声を荒げた。
「おまえ本当に今のままでいずれ好かれるなんて思っているのか?正直いって、俺はもう今の孝とじゃ友達でいる事を辞めようかと考えるほどお前の行動はおかしいと思っている」
本田君は奥歯をぐっと噛んでいるのか力が入っているのがわかった。
「奈央先輩。本当に俺…」
「本田君。私のことを好きになってくれたっていう気持ちは嫌じゃないよ。でもね、そういう押し付けて来るのはすごく迷惑だよ。正直言って、もう、不快に思っている」
「え…」
私が不快に感じているなんてこれっぽっちも思い至らなかったのだろう。驚きで目を見開いた後、横をすり抜けて走っていった。大沢君が「すんません」と後を追って走っていくのを二人で見送った。




