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番外編6 知識と経験は活かしましょう

「姉ちゃん、兄ちゃんに知らせないの?」


車から荷物を降ろす私に、車中に居るときと変わらず不安そうなままの千里が尋ねてきた。


「うん、夜で問題ないよ。心配だけど、そこまで不安にならなくても大丈夫だよ、きっと」


私よりも身長が高くなってしまった千里の頭へ手を伸ばし軽く撫でた。嫌がる風でもなくおとなしく撫でられている。


「奈ー央っ。オレ妬いちゃうよ」


くすくすと笑いながら千里を撫でている私の手を握り、反対の手で千里の頭を撫でた。


「上書き上書き」

「うわっ、雅さん、ちっさ!」


千里がジト目で雅さんを見上げる姿を眺めた。


「じゃあ、オレ、行くね」

「えっ?雅兄ちゃんっ!一緒に居てよ!!」

「「…」」


きょとんとする私と雅さんに気付く風でもなく、千里が雅さんの腕をガシっと掴む。


「…オレ、居たほうがいいの?」

「うん、頼むよ。じゃない、お願いします!」


千里に聞きたい。ほんのついさっき、あきれてジト目で見ていたよね?と。

雅さんは私と繋いでいた手を離し、ハハッ…と照れくさそうに手で口元をおおった。

そうして漸く私達は「ただいま」と家の中に入った。





玄関で賑やかにしていた為、私達が帰って来ていたことにお母さんは気付いていた様で、コーヒーを淹れながら待っていてくれた。


「母さん、大丈夫なの?」


リビングに居たお母さんを見つけるとすぐに飛び込んで声をかけている。


「心配させたみたいだね。大丈夫だよ。……久しぶりだけど4度目だしね。

雅くん、ありがとね。助かったよ。

ああ、忘れてた。おかえりなさい、奈央、千里」

「お母さん、あと、私がするよ。お母さんは座っていて」


少しだけ顔色が悪いお母さんを座らせて台所へ行く。

ルイボスティーのティーバッグをマグカップに入れてお湯を注いでおく。コーヒーを三人分注いでルイボスティーとお盆に載せてリビングへ運んだ。


「はい、どうぞ」


それぞれの前へ置いていく。


「奈央、気が利くね、ありがと。やっぱり分かっちゃった?」

「うん」

「そっかぁ。奈央と雅くんと違って、私達は夫婦だからいいんだよ」


顔を赤らめて話すお母さんが可愛らしい。

コーヒーを飲んで落ち着きを取り戻した千里に雅さんが言った。


「千里、もう大丈夫ならオレ帰るよ。香織さん病気じゃないから心配しなくていいよ」


千里の肩をポンポンとすると、たった今思い出したとでも言うようなそぶりを見せ黒い笑みを浮かべた。


「そうそう、うちの、藤沢家のビッグニュースを1つ。うちの母さん妊娠しました。娘欲しいっていっていたので、二人とも大喜びです」

「ハハ……そう」

「うわっ、マジで?恭子さんて、母さんと同い年くらいだろ?すげー」


お母さんの渇いた笑いと、驚きと賞賛、少しの呆れと羨望の表情を覘かせる千里。


「うわぁ…あ、それで、料理なんですね。つわり酷いんですか?」

「うん?まぁ、(香織さんと)同じくらいかな。(香織さんと同じく)動けないことはないみたいだけど、(歳も歳だし)なるべく無理はさせたくないかな(だから、香織さんも大変で)申し訳ないんだけど、時間と体力があるときでいいから、手助けしてもらえると助かるかな。

ずっと、母さん任せだったから。海斗みたいに何でも早いうちから身に着ける努力しとけばよかったんだけどね」


そこに千里がピシッと手を挙げた。


「オレ少しは家事できます。手伝いますよ」


お兄ちゃんの所で電話だけで萩野はぎのさんを撃退した雅さんに、すっかりなついてしまったのかな?

『雅兄ちゃん』と『雅さん』を使い分けてる??考え事に気をとられる私をよそに話は進む。


「ううん、いいよ。気持ちだけもらっておくよ。千里も色々と大変になるから、海斗の分まで井上家でその力を発揮してほしいな。

奈央の負担が減ってくれる方がオレは嬉しいから」



◇◆◇


持ち帰ってきた二人分の洗濯物を洗ったり、お母さんと夕飯の支度をしてお父さんの帰りを待った。

向こうでの話もお母さんの体調についての説明もお父さんが帰ってからすることになっていた。

千里は出かけている間に溜まった録画番組を見ながら時間をつぶしていた。





お父さんも帰ってきて、数日振りに四人で食卓につく。

先に私達の話をした。お兄ちゃんの生活ぶりに呆れたり、雅さんがすごかった事を千里が熱く語った。私がした事には二人とも絶句していたが、絶句されるほど鬼畜なことはしていないと思う。私は千里の話を補足しながら昨日一昨日のことを思い出していた。

楽しい報告が終わり、いよいよ、お父さんが覚悟を決めたかのように話しだした。


「奈央、千里、お母さんについて言っておく事がある」


千里がゴクリと喉を鳴らす。私以外の三人が緊張している姿がおかしくて、思わず口許が弧を描く。

身を乗りだし気味で続きを待つ千里が微笑ましい。

もったいぶらずに早く話せばいいのに。


「実は、母さんは…お母さんになるんだ!!」


あー、今、カラスのバカにしたような鳴声が聞こえた気が…。

絶対、幻聴だってわかっているけど。


「誰の?」


千里のとぼけた突っ込みに吹き出しそうにそうになり、私はそれを抑え込んだ。


「赤ちゃんのだ」


お父さんの返しに、もう無理とわらってしまった。


「フッふっ…ふふ、あはっはっはっ…、お父さん、それじゃ分かりにくいよ。

千里、うちのお母さんも妊娠したんだよ。私達に弟か妹が生まれるんだよ。嬉しいね!」


きょとんとした千里がぱあっと笑顔になった。


「嘘っ、ホントに?オレも兄ちゃんになれるの?

母さん、オレ、兄ちゃんと姉ちゃんに負けない兄ちゃんになるよっ」


千里の喜びように両親のほうがびっくりしている。


「ねぇ千里。お父さんとお母さんにいい年してとか、気持ち悪いとか恥ずかしいとか思わないの?そんなに喜んでくれるなんて、お母さん意外すぎてなんていっていいのか…喜ばしいけど、言葉がないわ」

「奈央はいいのか?」


不思議そうな顔をしたお父さんにサラリと答える。


「うん。雅さん言ってたよ。将来の練習になるって。自分のときに不安になる材料減らせるんだもん。

家族が増える嬉しさプラスだよ。私、今度は、妹がいいなぁ」


泣きそうな顔したお父さんに聞いてみる。


「えっと、お父さん達、避妊失敗したの?」


しん…………と、時間が止まったかのように急に静かになった。


「……買い置きがあったはずなのに無くなってたんだ。

でも、止められなくて、そのまま…そしたら当たったみたいだ、な」


お母さんの顔を見る。バツが悪そうにボソッと言うのが聞こえた。


「クリスマス」


うわ~、あのときのアレですか…。もうっ、お母さん何やってるの!

あの日を思い出してぶわっと顔が赤くなる。それを見たお父さんとお母さんが言った。


「奈央、千里。こういう事があるから必ず使いなさい。…あがるまで油断はしちゃだめよ」

「まさか、奈央…お父さんに内緒で…やってしまったのか?」


お母さんが履いているスリッパをすばやく片方脱ぎ、お父さんの頭をスパコーンと叩いた。ぐはっと聞こえた気がするが無視だ。だいたい、そうだとして、どこにわざわざ父親に報告や許可を求める娘がいるのだろうか…そりゃ、0じゃないだろうけどさ。

お母さんが真面目な顔になる。


「奈央も千里も十分気をつけなさい。そもそも、性病その他の感染を防ぐのが目的のものなの。だから、元々あれだけじゃ100%の避妊ができるわけじゃないんだから、二人とも結婚するまで処女と童貞のままでもいいのよ」

「香織…奈央はそうでも、千里は技術を磨かないと…」


何か、聞かないほうが良かった言葉を聞いた気がするけど、男同士で語ればいいことだろう、うん。


「千里、父さんでも、海斗でもいいから何でも相談するんだぞ。年が近いやつらは獣みたいに飢えているやつもいるから、自分にとって都合がいい知識と情報しか持っていないかもしれないからな」

「うん、わかった。ちゃんと海斗兄ちゃんと雅兄ちゃんに相談するよ」


お父さんが落ちてきた釣鐘の中にすっぽり入ったことで、この話は終わった。



◇◆◇


玲奈達とお兄ちゃんへの連絡を済ませたので雅さんに電話をしている。因みにお兄ちゃんは、


『生まれたらマメに顔を出しておかないと、兄ちゃんじゃなくてオジちゃんだと思われそうだ。気をつけよ』


と言っていたので、今後は今までより顔を見せてくれそうだ。


「雅さん、明日、会えますか?」

『うん、勿論』

「電話で話すくらいじゃ、もう、物足りないです」

『オレもだよ。って、オレはずっとそうだけどね。奈央からそんな言葉を聞けるようになるなんて…すごく嬉しいよ』


会いたくてたまらない。携帯電話なんて要らないと言っていた頃が嘘のようだ。



もう、携帯電話じゃ足りません。



 





ここまで読んでくださりありがとうございました。

とりあえず、ここで完結です。

とはいっても、きっとまた更新すると思いますが。


今後の予定については、昨日の活動報告「更新予定と今後の予定」の中にかいてあります。

気になるようでしたらそちらをみてくださいませ。


今後もよろしくお願い致します。

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