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番外編4‐6

という事で、落書きされた顔で歩くのは恥ずかしいと言われたので、千里が自分の被っていた帽子を貸してあげ、それを深く被ると相手の家へ向かった。

予想通り過ぎて呆れたが、萩野はぎのさんの告白相手はお兄ちゃんの元カノだった。しかも、凄くよくある設定の、幼馴染みである。家もまさかのお隣りさんであった。


お宅訪問する前にちゃんと連絡はして貰った。突撃じゃ失礼である。子供の頃の『〇〇ちゃん、あーそーぼー』ではないのだから。そして、見届ける為に、説明する為に、私達二人も行くことも伝えてもらった。



◇◆◇


「はい、どうも。いらっしゃいませ」

「初めまして。奈央です」

「こんにちは。千里です」

「よぉ。千捺ちなつ、上がっていいか?」


私達の目の前には、スラリとした猫目の美人さんが立っている。この人がお兄ちゃんの元カノさんのようだ。


光一こういち、ソレについては、突っ込んでいいのかしら?」

「私から、後ほど説明します」

「えっと、そう。…じゃあ、『妹さん』と『弟くん』?も入って」


そう言って家の中へ通してくれた。


「コーヒーか紅茶か煎茶しかないんだけど、どれがいい?あ、コーヒーはインスタントしかないんだけど」

「ありがとうございます。私はコーヒーブラックでお願いします」

「オレも姉ちゃんと同じでお願いします」

「俺も同じで」


千捺さん対三人で向かい合って座っている。


「まずは萩野さんからお話があります」

「じゃあ、あたしの自己紹介は後にするわね」


萩野さんが挙動不審である。落ち着きがない。モジモジする姿がちょっと気持ち悪い。

千捺さんがそれを冷めた眼でみている。

ここに来る前から予想はしていたけど、萩野さんが哀れになってきた。

なかなか口を開かないので脇腹を人差し指でグイッと突いた。


「うおっ…いったい(*痛い)」

「早く」


千捺さんと千里の苦笑する姿が目に入った。だって、気持ち悪いのいつまでも見ていたくないでしょ?二人の苦笑には気付かない振りをする。

そんな中、漸く萩野さんは決意したようだ。


「千捺。聞いて欲しい」


腿の上に置かれた拳が白い。丸かった背がシャキンと伸びた。

こんな仕返しのやり方じゃなくて、別のやり方にすればよかったかなと少しだけ申し訳なく思う。今更だけど予想が外れてくれたらいいのにと思う。


「子供の頃からずっと千捺のことが好きだ。井上のことなんか俺が忘れさせてやるから付き合ってくれ」

「断るわ」


早っ。でも、千捺さんの言葉にやっぱりそうかと思う。


「光一、何か勘違いしている様だけど、海斗と別れてから…6、7、8、9、10、11、12、1、2、3・・・もう10ヶ月も経っているのよ。とっくにそういう好意なんて無いわ。

それに、あたし、彼氏いるわよ」

「えっ?」


千捺さんが私と千里に向き直る。


「改めまして。あたしは水原千捺みずはらちなつです。海斗の妹さんと弟くんよね?

この流れだと、光一が暴走したんだと思うけど、それで合ってる?」

「はい」


私と千里で昨日からの流れを説明した。聞いている間、千捺さんは「本当に心底呆れたわ。信じられない」と首を横に振り、冷気を発しながら萩野さんを見ていた。


「幼馴染として何度か忠告したけど、全然変わってなかったのね。光一のこと好きじゃないけど嫌いでもないわ。だから『幼馴染みとして』情はかけてきたけど、もう、嫌いに傾きそうよ」

「千捺…」



がっくり肩を落として俯く姿は同情を誘うが、私は同情しない。千里はつられて泣きそうな顔をしているが。玲奈に振られた自分の姿と重ねているのかもしれない。


「光一のそういう『思い込みの強さ』『自分に都合のいい様に解釈する所』、何より『自分の正義が絶対だ』という考え方は悪いと思う。良くないじゃなくて『悪い』と思う。

浅慮過ぎるよ。特に正義の押し付けで勝手に自分が関係無い人を裁くのはやめたほうがいいよ。

何故かまでは教えない。そのくらい自分で考えてみなさい」


千捺さんは萩野さん何か言ったり反応を待っていたけど、萩野さんはそのまま話さなかった。

ティッシュをとり鼻をかんだり、涙をぬぐうだけだった。


「それにしても、海斗に聞いていたけど、話にたがわず可愛いわねぇ、二人とも。

海斗とは付き合いが短かったおかげで今も普通に友達よ。とはいっても、海斗がバイト三昧で学校の外では全然会う機会ないけどね。

ふふっ、今の彼氏社会人なのよ。でもね、あたしのことを凄く気にかけてくれるから、会えない日が多いけど幸せだわ。

海斗ってば学校では面倒見がいいくせに、一歩出るとバイトの鬼であたしに目もくれないんだもの。

おかげで、『あたしの初めて』は今の彼氏よ このまま彼と結婚できたらいいなって思うくらい愛しているわ」

「兄は今、恋愛に比重置いてないですもんね。そのうち、少し気持ちに余裕ができたときにタイミングよくスッと誰か心に入ったりするんでしょうね。きっとご縁なんてそんなもんです。

兄が私以外の女の人にデロデロになるのが楽しみです」

「ねぇねぇ千捺さん。オレ、彼女いた時、いくらずっと一緒にいても全然足りなくて離れたくなかったよ?」

「今は?」

「他に好きな人ができて彼女とは別れたんだ。その人にも振られちゃって今は一人だけど」

「玲奈は『お守り』は嫌がるよ」

「オレも…この人みたいになりそうだったのかな」


私と千捺さんは顔を見合わせて笑った。

人同士それぞれなんだから誰かの真似の付き合い方が絶対なんて事はないし、それが成功を約束するものでもない。いろいろ迷って、考えて、手探りでいくしかない。


「…なぁ、何で俺じゃだめなんだ?千捺とはずっと一緒だったから何でも知っている。俺が誰よりも千捺を理解している」

「光一…」


千捺さんは、凄く残念だという表情で萩野さんを見ている。

「ただいま」という声が聞こえた。千捺さんの家族が帰ってきたようだ。


「奈央ちゃん、遅くなると海斗が心配するから、もう帰りなさい。

『弟』が帰ってきたから心配ないわ。あとは大丈夫だから」


そう言われて私達は退座した。弟さんがいるなら、自棄になった萩野さんから襲われる心配もないだろう。もう、私達の手から離れた問題である。口出ししないほうがいいだろう。

こうして、この件は幕を閉じた。

こちらにて失礼します。

特務課中止を中止することにしました。

昨日の今日ですが、今後もよろしくお願いします。

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