藤沢雅5
クリスマスが近付いている。
多分、奈央にとってはクリスマスというイベントはただの行事であろう。こういうムードがあるイベントはきっと香織さん達が阻止して、井上家ではいつも通りのクリスマスが行われるのだろう。
別に奈央から何か欲しいなんて思わない。ただその日に一緒にいられたら、それだけで満足だ。
でもオレからは贈りたい。奈央には重いかな。それでも奈央はきっと喜んでくれるだろう。
給料3ヶ月分は本番にして、初めてのクリスマスはバイト代3~5日分かな。
奈央の指輪のサイズが分からない。聞けば教えてくれるだろうけど、アクセサリーの好みも分からない。普段何もつけてないからな。
指輪を贈るつもりでいたけど、ブレスレットやペンダントの方がいいのだろうか。
好みを知るために奈央と出掛ける事にした。
制服姿の奈央を連れて歩くと年の差を感じる。
オレもしかしてちょっとアヤシイ奴に見えるのか?
その考えを振り払い、奈央の入りたがる店に入る。雑貨屋と貴金属の店にはもれなく連れて入る。…奈央の好みの幅が広すぎる。
「雅さん、コレ見て下さい。すっごいカワイイです」
見せられたソレは極悪顔のクマである。どこがカワイイのかワカラナイ。
「…奈央の部屋ってこういうの飾ってあるの?」
「まさか。カワイイけど全く欲しいと思いません。私、部屋にぬいぐるみ置くのって、なんかイヤなんですよ」
でもカワイイと思うんだ。
今度は薔薇のピアスを見ている。ピアスの穴あいてないよな?
「奈央、ピアス、あけるの?」
「高校生のうちはあけないですよ。ああ、子供の頃みてた戦う女の子がこんな感じのつけてたんですよね。本当に売ってるんだと思って。
自分がするならコレはないかなぁ。私の顔でコレつけるとある意味ハマりすぎなんですよね」
そう言って苦笑いしている。ちょっと派手な服着て、化粧してソレつけたら見事にハマりそうだ。でも奈央らしくない。
華奢なつくりのブレスレットをガン見している。欲しいのかな。こういうのが好みなのかな。でも手に持つだけで試しにはめたりもしない。
「雅さん、『ニッケルフリー』以外だとそんなにカブれやすいんですか?」
「奈央は金属アレルギー?」
「さぁ?アクセサリーつけないんでわからないですけど、今まで特にカブれたとかないですよ」
「それなら気にしないでいいと思うけど。そういうデザインが好き?」
手に持つソレをマジマジと見始めた。
「カワイイと思うけど、好きかって聞かれるとそうでもないですね。『ニッケルフリー』という言葉が気になってつい見てしまいました」
指輪のコーナーに行く。ピンキーリングを幾つか指にはめている。漸くちゃんとした反応のアクセサリーに遭遇だ。
「全部大きいなぁ…」
ちょっと残念そうだ。雑貨屋だとリングの品揃えがイマイチだ。
「ピンキーリングだったら学校にいる時以外はつけたいなって思ってるんですけど、気に入ったデザインがないんですよね」
そう言って溜息をついた。
「したままお風呂に入ったり家事しても大丈夫なの探してるんですよ。だから石がついていても邪魔にならないものだったり、ストッキングに触っても伝線させない位滑らかなの探しているんですけどね。あと、できたらゴールド系がいいんですよ。結婚指輪と合わせてもカワイイのがゴールド系なんです。お母さんが両方してるんだけど、あれいいなぁって」
香織さんの真似をしたいという奈央はとても可愛かった。
うん、ピンキーリングを贈ろう。
奈央は気付いてないようだし、また別の日にも誘って気の向くまま見て回ろう。サイズもきちんと調べなきゃな。あそこの宝石店は店員につかまらずサイズ計れたよな。よし行ってみるか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何度か足を運び気に入ったものを見つけた。プレゼント用にラッピングしてもらい、すでにオレの部屋に用意されている。
しかし、短い時間でも奈央と過ごす時間の喜びを知ったオレは誘うのを止める事ができず、平日のささやかなデートを重ねていた。
奈央は無自覚だろうが以前よりオレにくっつきたがる。オレに向ける熱い眼差しも無意識なんだろうか。
数ヶ月前までは好きと言えと思った。その言葉を得られたら、今度はそれで満足できずオレを欲しいと言えと思ってしまう。
奈央に対してはこんなに強欲になっているのに、奈央はそんなオレを優しいと言う。騙しているわけじゃないのに後ろめたさがある。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
奈央の両親と、とある賭けをした。
時間は夏休み明けまで遡る。
奈央にも内緒で彼女が居ない日にご両親と会う約束を取り付けていた。まだ暑い中、スーツを着て井上家を訪れた。玄関での挨拶もそこそこに部屋に通される。
「掛けなさい」
「はい、失礼します」
二人共渋い顔をしている。何となく何を言われるかは分かってるんだろう。
「本日は貴重なお時間を頂戴しましてありがとうございます」
「そんなに畏まらなくていい。前置きはいいから本題に入りなさい」
正直、間を持たす話題も無かったので助かる。遠慮なく話そう。
「まだ付き合い始めたばかりですが、将来は奈央さんとの結婚を考えています」
香織さんの表情は変わらなかったが、お義父さんの眉がピクリと動いた。
「それは、早すぎないかね?こう言ってはなんだが、お互い若いんだ。ままごとみたいな付き合いだろう。そう時を置かずに気持ちが変わる可能性の方が高いと思うが」
オレを睨みつけてくる。娘の事になると迫力が違う。
「私の気持ちはおそらく変わりません。奈央さんに愛想を尽かされない自信もあります。
大学卒業後は―――(株)に就職したいと考えています。学校からの推薦も得られると思うので、高い確率で就職できると思います。その為に工学部に進みました」
二人共考え込んでいるようだ。どんな事を言ってくるのだろう。
「奈央さんが本気だと受け止めているかどうかは分かりませんが、結婚するつもりでいる事は伝えてあります」
何も反応がない。
「奈央さんからは結婚する人としか体の関係をもつ気はないと言われているので、彼女が望む限り私はそれを守るつもりです。奈央さんが正式に私からのプロポーズを受けるまで純潔は守られるのではないでしょうか。
むしろ、他の男だったら…どうかと思いますけどね」
お義父さんの顔がニヤリとする。今の話で心に余裕ができたようだ。
「ほぅ。君は耐えられるのか。まさかと思うが、今私達が許可したら手を出してもいいなんて思ってるんじゃないだろうね」
「まさか。そんな事ありません。奈央さんの気持ちが優先です。
仮の婚約とでもいえばいいでしょうか。私のことをそういうつもりの相手だと、私の本気を認めて欲しいだけです。
そして、奈央さんが私と結婚してくれる気になった時は反対しないで欲しい。それだけです」
今はまだ味方でなくても敵ではない立場に居て欲しい。そして最終的には味方になってもらう。外堀を埋めていきたい。
「仮であろうと婚約となるとそう簡単に是とは言えないな。……条件、いや賭けをしよう。乗るかね?」
「内容次第ですね」
「なら、この話は無かったことにしよう」
香織さんが溜息をつく。
「総司さん、内容は私が決めてもいいかしら」
「…雅くんに有利なものにするのか?」
「雅くん、あなたに有利だとは言わないけど不利ではない。そんなものを考えたけど、どうかしら?」
香織さんは反対してはいない。奈央の幸せがオレと繋がっているって認めていてくれる気がする。
「受けましょう」
香織さんがオレの返事に頷いた。
「奈央が2年生になるまでに携帯を持たせられたら、雅くんを仮のだけど婚約者という扱いをしましょう」
お義父さんはフンッと笑った。
「無理だろう。奈央はあれで頑固者だぞ。お願いしますと頼んではいそうですかと持つタイプじゃない。プレゼントしたって余計なお世話だと迷惑がられるだけだろ」
香織さんが笑う。
「総司さんは女心が分かってないわね。今よりもっと雅くんの近くに居たいと思うようになれば、携帯ごときで縛られる程度の不自由さなんて気にならなくなってしまうわよ。むしろ、いつでも声を聞きたい、今何してるのかなとか思って欲しくなると思うわ」
「それでも!奈央は1年もないこの期間でそんなに君に傾倒しないね」
ビシッとオレを指差す。その手を香織さんがパシッと叩き落とす。
井上家のパワーバランスって一体。
恨めしい顔で香織さんを見ている。
「わかりました。奈央さんが3月の終わりまでに携帯を持ったら私の勝ちですね。持ってくれた時は、嫁に出す覚悟も決めた方がいいですよ」
そうして井上家を後にした。香織さんが追いかけてきた。
「協力はしないけど応援はしてるわ。私が願うのは奈央の幸せだからね。
奈央に携帯持ってもらった方が私も安心できるんだよ」
そう言って見送ってくれた。
オレが負けても何の損もないようにしてくれたんだ。オレにとっては十分に協力にあたる事に感謝をした。




