第32話 妄想、自滅のち晴れ
今日は珍しく少々強引に、会う場所を『雅さんの部屋』に決められた。実は入るのは初めてである。
「奈央に見せたいものがあるんだ。
心配するような事はないよ。奈央に襲いかかったりしないから。約束するから安心していいよ」
そう言って案内された部屋はシンプルだった。
…私やお兄ちゃんの部屋みたいだ。なんて飾り気がない。
見慣れた部屋の雰囲気に似ているので、余所の家という気がしなくなってきた。ベッドに本棚、勉強机の上にパソコン。丸テーブル。…丸テーブル?何となく丸テーブルに目がいってしまう。雅さんがクスリと笑う。
「色こそ白だけどちゃぶ台みたい?前すぎて忘れちゃったけど、テレビで部屋に丸テーブル置くと何かの運がよくなるとか言っていたんだよ」
見慣れた部屋にみえる原因、コレだ。ベッドだ。
「奈央あんまり驚かないね。母さんが恩師の真似だって言ってしてるんだけど、オレもいいと思うんだよね」
実はウチもそうなのだ。ウチではベッドがあるのは子供部屋だけなんだけど、お母さんにベッドの上の布団を畳んで置くようにと躾られていたのだ。
千里だけは、大きくなってから「変だ!!」って畳まなくなったけど、私とお兄ちゃんはベッドの布団を畳む派なのである。
「珍しいです。ウチもそうなんです。同じことしてるお家初めてみました。
あ、これなら変なコトされなさそうですね。ちょっと安心しました」
思いもよらない安全要素の1つがあって、少しだけ安心できた。絶対の安全ではないけど。
こんなちょっとしたお部屋拝見を終え、向かい合って座る。つい、雅さんの顔をまじまじ見てしまう。最近は変なコトされるかもという警戒から、あまり顔をまじまじ見る事が出来なくなっていたので新鮮な気分である。
「お兄ちゃんクラスの美形が私の彼氏なんだ」
そんな事を思う。私の妄想が膨らんできた。好きなファンタジー小説のキャラでイメージしてしまう。
「お兄ちゃんが超腹黒宰相で雅さんが腹黒魔法使いって感じかなぁ」
妄想の幻影の向こうで、雅さんの口元がヒクヒクしているのがうっすら見える。どうしたんだろう?まぁ、いいや。
「うーん、二人共内政チートの殿下もいいなぁ。杖を持ったローブ姿も帯剣する騎士の姿も似合いそう。熱血騎士とキラキラ王子は違うんだよね。
うん、やっぱりイメージは腹黒だなぁ」
目の前でぶはっと音がした。ん?唾がとんできた?
「いきなり何ですか?雅さん、唾とばさないで下さい」
好きな人でもこれはちょっと嫌だ。
「ごめんごめん。でもさぁ、奈央も大概だよ?
本人目の前にしてイメージ腹黒って」
は?である。これはいつぞやと同じ展開かしら?イヤな汗が流れる。
「また心の声出てたよ。楽しそうな世界の話だね。もっと覗いてみたいよ。因みに奈央は?」
動揺してしまいそれどころではない。
恥ずかし過ぎる。軽くパニックだ。あーもう、口から何か出そうだ。
「私は結婚する人と初めてを迎えるので雅さんは自己処理して下さいっっ!!」
口から出たのは乙女らしからぬ言葉であり、身も蓋も、恥じらいもない。言わなきゃと思っていた内容だが言葉とタイミングが悪い。出してしまった言葉は今更引っ込まない。…覆水盆に返らず…落花枝に返らず、破鏡再び照らさず…『別れ』の言葉が頭をよぎる。サーッと血の気がひいていく。
「「……………………」」
沈黙。
やだっ、幻滅された。無神経なこと言った。泣きそうだ。どうしよう。
頭の中がグルグルしてくる。指先が冷たい。変な汗がでてきてる。涙が落ちそうだ。勝手に自滅して泣くのは違う。
バッグを持って立ち上がる。
「今日はもう帰りますね」
このまま別れを切り出されるかもと思ったら、逃げようとする私の行動は早かった。
ドアに手を掛ける。―開かない。
急ぎすぎて内鍵なんて確認していなかった。
解錠しようとすると腰に腕をまわされ引きよせられた。急なことによろけてしまう。
「どうしたの?何で帰るの?」
雅さんの顔を見れない。けど、声に戸惑いがみえる。
「ごめんなさい。ひどい事言いました。
雅さんのこと大好きだけど、受け入れられません。自分勝手でごめんなさい」
私の体の向きをかえて抱きしめると、背中をゆっくりトン、トン、としてくる。まるであやしているようだ。実際そうなんだろう。情けなさ過ぎる。
「奈央、大丈夫だから。
人間ってさ、『理性』があるんだよ。ケモノじゃないんだ。だから我慢できるんだよ。
それに、奈央の言う『受け入れられない』は体の話でしょ?心がオレにあるんだったらそれで十分でしょ」
顔をあげると、優しく笑っていた。
「でも、『自己処理して下さい』には驚いて声も出なかったけど。
どうしても我慢できなかったら触ったり手伝ったりしてもらうかもしれないけど、その位許可してね」
嫌われなかった事に安心していた私は「はい」と答えてしまう。
「約束したからね」
念を押され、またコクリと頷いてしまう。
内容を思い出し、頭の中で言われた事を確認する。早まった事に気付いた私と目を合わせた雅さんの顔は、ニヤリと意地悪なちょっと勝ち誇った顔になっていた。
「ふふ、よろしくね。『結婚する人と』だったら、正式に婚約したら遠慮しなくていいんだよね?」
ネジが切れかけのネジまきオモチャのようにカクカクとした動きで頷く私であった。
そして再び座っている。今度は隣りあっている。
丸テーブルの上にはレポート用紙が置かれ、左半分に雅さんの人生計画が書かれている。
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20$#年○月 奈央と付き合い始める
20$#年 奈央の両親に挨拶に行く
20$&年 婚約する(仮)
20$*年○月 ―――(株)就職内定
20$\年◎月 ―――大学卒業
☆月 正式に婚約 ―――(株)就職
●月 車を購入
……………
…………
………
……
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右側の白い所には私の予定を書くつもりらしい。
「奈央は進学するの?」
「どんな仕事に就く予定?専業主婦でもパートでもいいよ?」
「和維と翔惟を出せば同居でもいい?あ、二人でアパートで新婚生活する?」
「学生結婚でもいい?」
質問が続くがあまり答える事ができず、戸惑う。質問の答えを考えているうちに、雅さんを共に歩む人と位置付けて考えている自分に気付く。
今の気持ちは変わらないものなのだろうか。
「雅さん、お互い、これから多くの出会いがあるんですよ?人の気持ちなんてすぐ変わります。
雅さんの周りには大人の女性がたくさんいるでしょ?
私よりずっと早く社会に出てしまうんです。私みたいな子供よりも遥かに魅力的な女性とも出会うでしょう…」
雅さんは両手で私の顔を挟むとキスしてきた。
「奈央、そんな悲しいこと言わないでよ。
言うことはもっともだけどさ。人の気持ちって変わりやすくもあるけど、奈央が思うより変わらなくもあるんだよ。
オレは『好き』が『愛』に変わっていって深まっていくと思っているよ。
今は信じられないかもしれないけど覚えておいて。
奈央のこと、最初から人生を伴にする相手としてみていたよ。だから、オレのことを好きになるのに何年もかかる覚悟もしていたんだ。こんなに早く隣りに並んでくれて嬉しいし、だからこそ我慢もできるんだよ。
奈央から離れるんじゃなきゃ、オレからは放さない。奈央が離れようとしても多分放せない」
「ストーカーにならないようにしなきゃね」と笑った顔は腹黒とは遠いものだった。
どうして雅さんがこんなに想ってくれるのかわからない。知らなくてもいいのかもしれない。
これは遠回しでもなくプロポーズだと思っていいのだろう。
私の人生計画はまだあやふやであるし、想いが対等でないこともよくわかった。私は与えられてばかりだ。
でも、大好きで一緒に居たくて、雅さんの想いを重くではなく素直に嬉しく思い心が熱くなる自分がいる。
話を聞いて、雅さんと築く家庭どころか、微笑む死に顔まで思い浮かべることができた。
絶対口に出さないように心の中で言う。
「私、一緒のお墓入る気満々だわ」
思わず雅さんに抱きついた。抱き返してくれる雅さんの首に顔をうずめて幾度も口付けた。




