藤沢雅1
20才にもなって、まさか高校1年生の少女に恋するとは思ってもみなかった。
身長が高めですっきりとした目元のせいか大人びて見えるが、話すと中身はちゃんと年頃の、ちょっと変わった高校生だ。
彼女、奈央ちゃんと会ったのはあの時が初めてだったが、オレが一方的に偶然見掛けたことが何度かある。その中で特に印象的な2回がある。
1度目は和維が特選をもらった書道を見に行った時だ。見終わって、御手洗いに行った両親と翔惟をオレと和維がロビーで待っている時だった。
ロビーの端の方にいたオレ達の目に、隅で言い争っている女子中学生がみえた。近いので、話す内容がきこえてくる。三人対一人のようだ。
興味は無いが、きこえてくるので聞いてみる。
「あたしが銀賞なのに、どうしてあんたが特選なのよっ。あんた、先生に贔屓されてるんでしょ。どんな手使ったのよっ」
相手の子は落ち着いて返している。
「どうして私がそんな事いわれなきゃいけないの?私、書道教室に通っているし、授業以外でも毎日家で何十枚も練習したよ。中村さんは、私より練習したっていうの?冬休み中もたくさん遊んだって話していたじゃない。言いがかりよ」
ああ、確かに言いがかりにきこえる。
お?次が出てきた。
「翼くんと別れなさいよ」
思わず「ぶっ」と吹き出した。和維は釘付けになって見続けている。
「付き合ってないもの。他の誰かと勘違いしてるんじゃない?」
「翼くんが井上さんと付き合っているって言っていたわ」
「告白されたけど、ちゃんと断ったよ。内藤くんがどうしてそんな風に言ってるか知らないけど付き合ってないもの。
私じゃなくて、内藤くんに言って」
「だって、翼くんが井上さんと付き合っているから、あたしと付き合えないって…」
「ねぇ高杉さん。私、内藤くんと付き合ってないけど、フラれたからって、その彼女に別れろって無茶苦茶だと思うよ。そんなんじゃ、ずっと好きになってもらえないんじゃないかな?」
彼女は溜息をついている。他人事ながら同情してしまう。そしてラスト一人の登場である。
「私が伴奏するはずだったのに。私に決まってたのに。井上さんがでしゃばるから文化祭で弾けなかったじゃない。親だって楽しみにしていたのよ。井上さんのせいで…がっかりしていたわ。失望させてしまったわ。どうしてくれるのよっ」
お?お?今度は何か違うのか?ほう、彼女は井上というのか。
「金井さん、いい加減にしてよ。そんな事言われる筋合いない!
文化祭の2週間前に骨折したの金井さんじゃん。私だって、ピアノは小学校の2年生から4年生までしか習ってなかったんだよ。なのに、クラスにピアノ経験者が私しか居なくて、仕方なくしたんだよ。急にすることになって、練習させられた私の身にもなってよ。
お詫びやお礼を言われても、文句を言ってくるなんておかしいわ。納得できない。本当、勘弁してよ」
そりゃそうだと、うんうんと頷く。「和維、口が開いているぞ」と教えてやる。
「中村さんも高杉さんも金井さんもお互い友達なんでしょ?それぞれの言い分きいて、おかしいと思わない?
友達なら、そうだねそうだねって何でも肯定して認めるばかりじゃなくて、いさめたり助言したりっていうのも必要だと思うよ」
彼女はそう言うと居なくなった。
オレは和維と同じ特選をとったという、井上という子の作品を見に会場に戻った。和維の隣りの隣りに展示されていた。『井上奈央』と名が書かれていた。それだけ見ると、ふぅ~んと思いながら会場を後にした。
今、奈央ちゃんの顔がオレのすぐ目の前にある。
抱き締めてキスしたいと思う。けど、気持ちを落ちつかせ、赤くなった頬にチュッとキスするだけにしておく。
ちょっとイタズラ心を出して耳をなめたらビクッとされてしまった。…それを見て欲情してしまった。抑えるのが大変で後悔してしまう。
それらの気持ちをごまかす為に、クックックックッと笑ってみせた。
奈央ちゃんの中でオレの存在が大きくなる事を願いながら手を繋いで歩いた。




