受付嬢と父親。
私が一番嫌いな業務は依頼受付である。
討伐や難しい魔物相手の調査などはギルドの奥でギルド長ほか役員クラスが依頼受付をするが、市民から寄せられる簡単な雑用や採取依頼などは受付窓口で行っている。
何がイヤかといえば、長話しがイヤなのだ。その癖気が抜けないのだ。
「だからね、この薬草、先日飛び跳ねている所を見たのよ!」
すわ新しい魔物発見か、と注意して相槌を打てば、
「そしたらね、後ろにうちの猫が隠れてたのよー」
あはははは。
なんだそれ。
そのくせもういいやと気を抜けば、お見合い話まで持ってくる。
「でね、ほら、あーちゃんもそろそろ年頃でしょう。良い人がいるから会ってみない?冒険者なんてヤクザな商売じゃないのよ、お城の兵士でね、上への覚えもめでたいっていう優良物件なのよ!」
「まだ結婚する気はないので」
「あら、やだ、そんな堅い話じゃなくてね、お付き合いから始めてみればいいじゃない?ね?おばさん、お母さんにこのお話しとくから、ね?」
とかなんとか言いながら受付から離れていくおばさま。あぁ、なんてパワフル。
依頼書を製作しながら泣けてくる。
「アスミさん」
後ろから急に話かけてきたのは当ギルド受付係り主任。メガネをかけた優しげな中肉中背の彼は昔はとても有名な傭兵だったと聞く。
ちなみに、力と己を武器として戦う職業として、騎士、兵士、傭兵、冒険者といる。
ギルド管轄は当然冒険者。
騎士はその名の通りお城に仕える貴族の門弟衆。
兵士は同じく城に仕えているが出身が平民で、中には武勲を立てて一代限りの騎士になる人もいるらしいが、それはあくまで夢物語だ。
で、傭兵である。この扱いが難しい。昔、国同士が争いあっていたころは傭兵とは国に雇われる即戦力のことだった。しかし、今は魔物が活発な時代で人同士がもめている場合じゃない。そうなると傭兵も魔物相手に戦うこととなる。だから傭兵は元は冒険者であることが多い。というか王侯貴族に仕える冒険者を、傭兵、という。
だから、その線引きは曖昧で、冒険者が傭兵になったり、傭兵が冒険者になったりする。
で、その元傭兵の主任は王侯貴族を相手にしていたせいかとても物腰が柔らかで礼儀正しい。
「ギルド長がお話があるそうです。長のお部屋まで来て下さい」
「あ、はい」
幸い今はギルド内も人が疎らだ。同僚たちに一声かけて席を立った。
「あぁ、来たか。そこに座りなさい」
部屋に入るとギルド長と主任がソファに腰掛けて、目の前のソファを指差す。
普段なら主任と私が並ぶのに変だと思いながら腰を下ろすと、おもむろにギルド長が切り出した。
「お父上が見つかったよ」
え?チチウエ?あ?チチウエ?チチ上?ちちうえ?父上?!
「え?え?」
「混乱するのも無理はない。もうあれから10年経っている。生きているか死んでいるかもわからないまま長い時が過ぎた。ギルドとしても必死に探していたが、どうにも見つからなかった。いや、これはただの言い訳だ。
とにかく君たち親子には沢山の不便と心配をかけたが、父上が無事生きて見つかった。もちろん五体満足、精神面も、まぁ、満足な状態だろう」
『まぁ、』ってなんだ。微妙に気になる。
「とにかく、君と君のお母さんにいち早く知らせたくてね。特にお母さんは早く知りたいだろう。これから帰って知らせてやりなさい」
「でも、仕事が・・・」
「幸い今はギルド内も静かですから、少し早めに昼休みを取っても問題ないでしょう。娘の君から知らせるのが一番だろう。行っておいで」
直属の上司にそこまで言われては断ることも出来ない。なんだかよくわからないまま同僚にまた声をかけて家へと戻る。
残念なことにギルドと我が家はとても近い。毎朝感謝する道程の短さが今は恨めしい。
母になんて言えばいいのだろう。私は今、何を思っているのだろう。何が起こっているのだろう。無事だなんて言われても正直ピンとこないのだ。
父は死んだことにしたのだ。
私の中で父は死んでいた。
行方不明という生死もわからず、心配ばかりの日々。
だけど大人になるにつけ、まことしやかに流れる噂に私は折り合いをつけることが出来なくなった。
死んでいるなら仕方がない。
だが、もし生きていたら?
生きていて私たちの目の前に現れない理由がよくわからなかった。
どこかに監禁されているとしたら、もうすぐ死ぬだろう。どこか知らない場所で他に家族を持って暮らしていたなら、もう私の前には現れないだろう。
それなら、死んでいることと同じだ。
だから父は死んだのだ。
なのに生きて帰って来るという。
どうやって家の扉を開けたかも覚えていない。
気がついたら目の前に母がいて、私は何故だか涙を流しながら母に告げた。
「お父さん、生きて帰って来るって」
母はそっと私を抱きしめた。私もそっと母を抱きしめ返した。
父を探すためにギルドで働いていたわけじゃない。
けれど父は見つかった。
私はこれからどうなるのだろう。