FIEL1 アクアリウムの密室 事件編
――ある日、駿河湾にほど近い水産養殖場でノコギリガザミ(ドウマンガニ)が盗まれる事件が発生した。被害に遭ったノコギリガザミは一匹だけではあったが通常の養殖の蟹とは異なり、研究開発を重ねた結果、高品質で繁殖に成功した特級の個体であり、その価値は他の蟹とは比べ物にならないものだった。
養殖されているフロアの扉は普段から施錠されておらず、建物内の構造を知っている人間であれば誰でも容易に飼育室へ出入りすることは可能だった。
養殖場の管理者は警察に被害届を出し、警察は内部犯の可能性を考えて養殖場の職員たちに事情聴取を行ったが、有益な情報は何も得られず捜査は難航した。
――しかし、それから四日後、事件は養殖場の養殖作業員である男(X)の告発によって急展開することとなった。警察は当人から話を聞いたところ、Xは「……同じ職場の人間を疑いたくはなかったので、今まで言うべきか迷っていた」と、前置きしてから話を始める。
Xの証言では犯人は同じく、この水産養殖場に勤める養殖技術者の男(A)で、Xは盗難の事件が発覚する前日の夜に、偶然、Aがノコギリガザミをどこかに持ち出すところを目撃したとのことだった。
さらにXによると、Aは自宅から少し離れた場所に個人で倉庫を所有しており、そこにはAの趣味であるアクアリウムが数多くの魚や甲殻類などの水生生物によって満たされていた。XはAの行動を密かに監視していたところ、昨日の仕事帰りにもAはアクアリウム倉庫に立ち寄っていたため、XはAが立ち去るのを待ってから倉庫を調べてみることにした。
とはいえアクアリウム倉庫はAによって鍵がかけられていて密室状態であるため中に入ることはできず、Xは柵のついた倉庫の窓越しに中の様子を窺うと、そこで窓の近くの大きめの水槽の中に盗まれたノコギリガザミの姿を発見したとのことだった。
警察はXの案内で、Aの所有するアクアリウム倉庫へ行き、窓の外から盗まれたノコギリガザミを確認すると、Aに任意同行を求めてアクアリウム倉庫の鍵を預かり、ノコギリガザミを回収するとともにAの取り調べを始めた。
――Aは身に覚えのない容疑で必死に犯行を否認したが、警察はAが所有している倉庫で、その鍵もAだけが管理しているという事実がある限りは、アクアリウム倉庫内で見つかったノコギリガザミを盗んだ人物はA以外には考えられないことを説明する。
Aはそれなら、あの倉庫の窓の鍵は普段から施錠していなかったのだから、窓の柵の隙間から、本当の犯人が自分を陥れるためにノコギリガザミを窓から入れたのではないかと推測を主張する。
警察はAの反論を受けて水産養殖場とアクアリウム倉庫の再捜査を行うと、あのノコギリガザミは盗まれる前の時点で複数の養殖作業員の証言と飼育データから胴体の厚みが7cmはあることが判明し、アクアリウム倉庫の窓に取り付けられた柵の隙間は5cmしかないことが鑑識官によって確認された。もちろん柵は曲げられたり、壊されたり、一度取り外してから付け直したりした痕跡はなく、仮にノコギリガザミを柵の隙間から強引に押し込もうとすれば、ノコギリガザミは潰れて死んでしまうか重傷を負ってしまうはずだが、発見されたノコギリガザミには怪我や傷などはなく、盗難被害に遭う直前は食欲が低下していたという飼育データはあったものの、発見時の健康状態は至って良好だった。
さらに、その後の警察の捜査で、Aは趣味のアクアリウムに散財するあまり生活が苦しく、お人好しであるXに何度も借金を繰り返しており、この特級のノコギリガザミを盗み出して、ほとぼりが冷めた頃に密売することで借金返済の足しにしようとしたのではないかと警察は見方を強めた。
警察の追及にAは、Xへの借金は認めつつも犯行自体は一貫して否定を続けた。しかし、自分以外はノコギリガザミを盗むことができなかったという状況証拠と、金に困っていたという事実は変えることができず、頭を抱えて苦悶に顔を歪めた。
――しかし、その数日後、養殖作業員のXは思い悩んだ表情で警察署に足を運ぶと「良心の呵責から罪の意識に耐えきれなくなった」と告げて出頭し、さらに「本当はノコギリガザミを盗んだのは自分で、借金を返そうとしないAに憎しみが募って、Aに罪をなすりつけるためにアクアリウム倉庫内に『トリック』を使ってノコギリガザミを入れた」と自白した。
――さて、問題文は以上となりますが、これらの手がかりを元に、あなたに、この謎を解明することができますか?
犯人のトリックを推理し、その方法を解き明かしてください。




