葦沢と城戸、馴れ初め。Ⅱ
更新遅れすみません。前回同様過去のお話となります。
葦沢さんはどうやら悪い人ではなさそうだ、ということが最近分かってきた。
彼女は私のクラスメイトで、高一の最初の席替えの時に隣の席になった。
隣の席になるまでは、私は葦沢さんとほとんど話したことがなく、一人のクラスメイトとしか認識していなかった。
それで、元々私から葦沢さんへの印象は「ちょっと苦手なタイプの人」だった。
怖そうだから、というのがその理由の大半。
ウルフカットで、目つきがちょっと悪くて、ピアス開けてて、背が高くて、声が掠れた低い感じで――要素だけ並び立てるとやはり少し怖い。
席替えの日。そんな葦沢さんの隣の席になって、内心怯えながら着席すると、突然声をかけられた。
「城戸さん、だよね?」
「えっ、あ、うん」
突然左隣から掠れたような低音が響き、かなりびっくりした。
私は身体を硬直させて次の言葉を待つ。
しばらくの沈黙ののち「よろしく」とだけ言われた。
私は困惑しながらも「う、うん、よろしく?」と返した。
私の葦沢さんへの印象が変わったのはこの一件からだった。
ほとんど話すことは無かったが、少しずつ葦沢さんという人の人間性が分かってきて、思っていたほどは怖い人ではないと知った。
笑顔も多いし、授業態度も悪くない。何よりグループワークの時に仕切ってくれたのがかなり意外だった。
葦沢さんは私の苦手なタイプどころか、なんなら興味を惹かれるタイプの人だった。
昼休みに席で友達と話している葦沢さんを見ると、葦沢さんがしっかりしていて気遣いができて立派で気さくな人だと嫌でも分かった。
何より、根から真っ直ぐな人だった。いや、かなり捻くれた人ではあるのだが、しかし発する言葉はとても誠実だった。
とは言ったものの、私が一方的に葦沢さんについて詳しくなっていくだけで、葦沢さんと私の直接的な接点はほとんど無かった。
一回教科書を忘れた時に見せてあげたくらいで、その時以外他に会話はほとんどしなかった。
興味は持っているのだが、なんだか私から話しかけるのも気まずい。というか話題もない。
それで葦沢さんとは仲良くなれない焦れったい時期が続いた。
転機が訪れたのは、席替えからだいたい一ヶ月後。
思いもよらないタイミングだった。
それはある火曜日の放課後、家庭科室でのことだった。
「こんにちはー」
「あっ、こんにちは千歳〜」
私が家庭科室の重いドアを開くと、和紗ちゃんの気怠げな声が響いた。
和紗ちゃんは料理研究部の同級生で、私の数少ない友達の一人。
部員数がそもそも少ない上に幽霊部員も多いこの部活では、基本私と和紗ちゃんだけで活動することが多かった。
度々三人、運がいいと四人での活動になったりもするが、やはり一番多いのは二人での活動だった。
今日も例に漏れず、二人だけの活動か。そんなことを思いながらも、和紗ちゃんと二人きりというのは嫌いじゃないので少し心地良さも感じつつ、普段通りの活動をする。
そんな時、和紗ちゃんが切り出す。
「あ、そういえば今日ちょっとうちの友達呼んでるんだけどいい?」
「あっ、そうなの?うん。全然大丈夫だよ」
珍しいな、私はそう思った。
でもその時は特にその友達が誰のことかなど聞くこともなく、淡々と活動に励んだ。
活動内容は単に買ってきた材料で好き勝手料理を雑談しながら作り合い、食べ、フィードバックを出し合うだけといった簡素なもの。
部員の少ない研究会であるため部費が支給されず、材料費が全て自費負担であるというのも、幽霊部員が増えた要因かもしれない。
さて、私が今日作ったのはティラミス。思ってたより全然時間もかからなかったし簡単だった。
結構洒落た印象のあるティラミスだが、タッパーに詰め込まれたそれは、ほとんど土みたいで、なんだか気分が昂らなかった。
とはいえ、一部を掬って食べてみると、まあ味は悪くない。というかだいぶ美味しかった。
タッパーから適当なサイズのティラミスを切り取るようにして持ち上げ、皿に乗せる。
軽く飾り付けをしてやると、それは中々気品のあるものになった。これなら来客にも出せるかな、と私は思った。
こうやって盛ってからタッパーに残されたティラミスを見ると、ちょっと作りすぎたかな、と思う。
客が来るとはいえ、流石にこの量はまずいか?
「和紗ちゃん、できたけど食べる?」
「あ、こっち完成したら食べるわ」
とりあえず和紗ちゃんに食べさせようと思い、そう尋ねた瞬間。ガララ、と音を立てて扉が勢いよく開いた。
「っしゃー、来たぞー」
「お邪魔しまーす」
正直びっくりした。入ってきたのが浅羽さんと葦沢さんだったからだ。
「えっ」
「えっ?」
目が合い、私が声をあげると葦沢さんが反応した。
「城戸……さん、料理研究会だったんだ」
「えぁ……うん。葦沢さんこそ和紗ちゃんと仲良かったんだ?」
「ん?ああ、辻さんとはそんなに話す仲じゃないけど……ほら、浅羽が一人で行くのきついから私の事誘ってきて」
葦沢さんがちらりと視線を向けた先では、すでに浅羽さんと和紗ちゃんが楽しそうに歓談していた。
私と葦沢さんの事は完全に放置して、二人だけで楽しそうに。
葦沢さんは苦笑した。
残された私たち二人の間には少し気まずい空気が流れた。
僅かな沈黙ののち、私の背後にあった皿に盛られたティラミスに葦沢さんの目が止まったようだ。
「あ、城戸さんが作ったの?それ」
「うん。ちょっと見栄え悪いけど…………食べる?」
そもそも来客に食べさせるために多めに作ったティラミスだ。私はとりあえずこれを食べさせることにした。
食べさせる事で上手いこと会話を減らし、気まずさを解消しようという魂胆もあった。
「えっ、いいの?まじ?ありがとー」
私がスプーンを渡すと、葦沢さんは「いただきます」と小さい声で言うと、すぐにそれを掬いあげて食べた。
そして数口噛むと、口元を抑えて「うまぁ……」と一言感嘆を零す。
「私どっちかと言えば辛党であんま甘いもの食べないんだけど、これがめちゃくちゃ美味しいのは分かるわ」
「んん……褒めすぎだよ……」
目を見開いてこちらを見る葦沢さんののその表情は「目を輝かせている」という言葉を体現したようなそれだった。
その無邪気な表情を見ていると、私はただ純粋に褒められたという嬉しさと、葦沢さんの嬉しそうなその様子への微笑ましさに襲われ、表情筋が緩むのを隠せなくなってしまった。
ちょっと恥ずかしくて、ふと浅羽さんと和紗ちゃんの方を見ると、相変わらず私たちの事は眼中に無いような様子だった。
こうやって人の事ほっぽり出して自分の興味のある人・物に没頭するのが和紗ちゃんの性分だということはよく分かっていたが、私は軽くため息をついた。
「やば、うま……ねー城戸さん、これ全部食べてもいい?」
「うん。全然いいよ。むしろ食べて欲しいくらい」
葦沢さんは「やった」と小さく言うと、あっという間に皿の上のティラミスを完食してしまった。
「や、本当に美味しいなこれ……もっと食べたいくらい」
もっと食べたい、という言葉。ただの比喩的表現だろうというのは分かっていたが、私はそれに漬け込んだ。
とにかくティラミスを処理して欲しかったので、私はタッパーを取り出して言った。
「もっとあるけど、要る?」
「……まじ?」
葦沢さんは絶句。
「あ、いや、全然無理にとは言わないんだけど、作りすぎちゃったから食べてくれると……」
「食べる。めっちゃ食べるよ」
私が机に置いたタッパーを開くと「これそのまま食べていい?」と聞いた。私は狼狽えながらも「う、うん、いいよ」としどろもどろに答えた。
葦沢さんはぐさりとスプーンを突き刺し、ぱくぱくとそれを食べていく。
「どのくらい食べていい?」
「まあ、いくらでも」
どこまでこの人は食べるんだろう、という興味もあり、私は言った。
葦沢さんはそのままぱくぱくと、タッパーの中身を食べ続けた。その様子は決して上品はものではなかったがある種痛快で、私はそれをずっと見ていられた。
そしてそれを見ているうちに、なんだか私は言いようもないような多幸感と高揚感を覚えはじめた。
「はー……美味しかった。ごちそうさま」
葦沢さんが満足そうにそう言ってタッパーの蓋を閉めた時には、ティラミスは元の三分の一も残っていなかった。
「……かなり食べたね」
「あっ、ごめん。流石に食べ過ぎたかな……」
「えっ、いや、そういう事じゃなくて、嬉しくて……」
「そっか、じゃあよかった」
さっきまでの無邪気な食事の風景とは全く正反対の、爽やかな女の人の笑顔を浮かべ、葦沢さんは言った。
とく、と何か私の胸で動いた。
ついあの笑顔に少し心を動かされてしまった。何故だろう。単に私の料理を美味しいと言って食べてくれた葦沢さんが素敵だったからかもしれない。
とにかく、葦沢さんともっと仲良くなりたいな、と私は思った。
これから更新遅れる事が増えるかもしれません。すみません。
それと、タイトル変更しました。サブタイトルの部分を削っただけですね。今後もよろしくお願いします。




