第55話 傲慢の魔女ハイネル 後
ある街の片隅で、小さな教会を使って行われていたダイヤモンド教。
その規模は、みるみると大きくなっていく。
まだ人による侵略を受けていない街も、受けてしまった街も不安が蔓延していた。
だからこの教えは、その心の隙間にするりと入り込んだのだ。
それにより、寄進も十字架の売上も増えていく。
教会は領主の館よりも大きくなり、数十万…数百万の人を動かせる絶大な権力も手に入れた。
そしてそれを守るのは…魔王の権能の一部。
私が見下している存在から攻撃を受けない『超越結界』と、自身の信仰に応じてパワーの変わる『黒触手』。
この二つを使って、私は今の地位を手に入れたのだ。
ただ、その代償は決して軽いものでは無かった。
魔女という存在は生まれながらにして罪であり、生き続ける限りその罪は増えていく。
これは別に比喩でも何でもない。
魔王が健在の時、世界中の魔物たちは強化されていた。
その力は…7分割、そう魔女たちに権能と一緒に分配されていたのだ。
例えば暴食だったら魔物たちに癒えない飢えを与え、色欲であれば繁殖欲を煽るなど。
魔女は生存するだけで魔物たちへ凶暴化を促す。
でもその事実は誰も知らない。
そして私以外にも、この力が与えられた者達がいた。
一番最初に…しかも権能を特別に二つも与えられた私の仕事は、その魔女達を全員狩る事だ。
魔女がもらった権能は自らの欲望を満たす事で力を増す。
だから魔王は、権能を求める人間に渡し肥太らせた所で…その全てを収穫する。
そうして力を増した状態で自身の再誕を目論んでいたのだ。
その収穫という役目を魔王は私に望んでいた。
気は進まなかった。
もう私の望みは叶っているのだし。
わざわざ、こちらからつつく様な真似はしたくなかった。
でも、魔女達は本能のままに暴れた。
当然だ、世界を征服せんとする魔王の権能を…欲望を、人間の身に宿したのだから。
むしろ、誰彼構わず力を振るおうとしない方がおかしいのかもしれない。
暴食は、復讐対象であるその土地の領主一族を喰った。
それに飽き足らず、何も関係ない民までもその胃袋に収めた。
怠惰は、その国の王都の機能を麻痺させた。
中枢の動かない国など、この戦の絶えない時代では一瞬で滅びた。
嫉妬は、幸福を謳歌する全人間を妬んだ。
不幸なものを唆し…力を与えて、幸福な人間からそれを奪った。
だから私は3人を手にかけた。
この世界のために…魔王を倒した勇者に、魔女の存在を気づかせないために。
彼らパーティーは、魔王領との国境沿いで魔族達が暴れない様に見張っていた。
きっと彼らパーティーと相対したならば、魔女達は一掃されてしまうだろう。
そのため、私はそことは正反対の国…現在ではルビー王国に籍を置いたのだ。
それを魔王も気にしたのだろうか、そこには魔女が4人も集まっていた。
最初はもう倒してしまおうかと思った。
でも、色欲のレイナは全てを押し殺し…憤怒のステラは、目立っているものの暴れてはいない。
強欲のヤオは強欲に振り回されているものの…尻尾は出してはいない。
レイナはともかく、後半2人を相手するなら負ける可能性を考慮しなければならないのだ。
そして…そんな精神性で行くと、『超越結界』が機能するかが不安要素。
という訳で先送りし、組織を安定化させる方へ注力していた。
でも、ステラは倒れ…後を追うようにヤオも倒れた。
それを成したのは、足取りの掴めないダンという名前の冒険者だそうだ。
勇者の生まれ変わりだと思った。
きっと私達魔女を殺すためだけに舞い戻ってきたのだと。
彼の手にかかった魔女は力を完全に奪われてしまう。
魔女ステラとの戦闘跡地に行った際に、確認した事象だ。
そのため私は、重い腰を上げ行動を起こした。
色欲の魔女レイラを狩りに行く事にしたのだ。
本来であれば、別に狩られるほどの悪事を犯していない。
陰でひっそりと暮らしているだけなのだから。
でも、その力がダンという男に奪われたなら…とても困ってしまう。
………何故?
別に奪われたとしても、魔王復活が止まるだけ。
それにどんな問題が?
…頭がぼんやりとする。
ああ、取り敢えずレイラを殺さないと…。
血塗れで足元にレイラが倒れている。
戦闘に適した能力でもない彼女は、私の相手たり得なかった。
「貴方、本当に傲慢なのね…」
そう言い残して、彼女は死んだ。
どういう意味だろう。
私の能力の話?それとも、戦う前に話した教義の話?
…どちらにせよ、もう良い。
誰も…神さえも救いの手を差し伸べないこの世界。
私以外に、どうやって世界を救うのだろう?
そのためなら…私は魔王にでも魂を売り渡す。
傲慢の魔女は、魔物たちに傲慢な精神を与える。
それが時に油断になったり…人を見下し、襲うことに積極的になったりするのだ。
そうして、私はダンと出会った。
後ろに連れているのは魔女2人。
小さな姿となっているものの、見間違えるはずはない。
そして確認した、彼女らから魔女の力がなくなっていることを。
もうその時点で私には、戦わないという選択肢は無くなった。
この力を失ってしまったら、ダイヤモンド教はどうなる?
私には……何が出来る?
誰を……救える?
始まった戦い、最初はこちらが優勢だった。
彼には『超越障壁』のカラクリもバレていなかったし。
でも本来なら、黒触手の破壊力で長くはならないはずだった。
なのに彼には全く当たらず、当たったとしてもその傷はすぐに癒やされてしまう。
だから…つい、ムキになってしまい感情を表に出してしまった。
そして攻撃を喰らってしまい…無敵が揺らいだ。
もう後は、こちらの番が来る事はなく終わってしまった。
『ちょっと待て、お前が死んだら俺は終わりなんだぞ!!』
信者達に仕立ててもらった衣服。
最初は動き辛いと思っていたけども、好評だったそれはボロボロに。
穴だらけで衣服の体を成していないし、もう着れやしない。
傷だらけの体、本来は魔女化した瞬間に治っているはず
でもそうなった瞬間に大ダメージを喰らってしまったら、もう治せない。
内部までズタズタにされたため、足を震わせながら立つのが精一杯だ。
ただそれも、彼が静かに近づいてくると崩れてしまった。
そうして膝立ちになった私の首へ、大鎌の刃がかけられる。
冷たい……でも、どこか温かくも感じる。
『力をやる、だから少し耐えろよッッッ!!』
うるさいな…。
今から戦っても勝てるイメージは湧かないよ。
だから最後ぐらい静かにしててくれ。
まだ騒ぐ魔王の声は、脳内から意識的に排除する。
でもまだ、終わりは訪れない。
どうやら彼は、すぐに殺す気は無いらしい。
だったらと、甘えてみる事に。
「最後に…一つ聞いてもいいかな」
「ああ」
「神様って、本当にいると思う?」
「…死んだら、会えるよ」
「……そっかぁ〜」
だから隠す事なく、私が一番気になっていた事を聞いてみた。
その返答は、実感の篭ったもので。
いつからか信じなくなってしまった今の私にも、実在性を感じさせるもので…
「なら、会ってくるとしようかな〜?」
十字架を使って祈りを捧げる。
自分自身なんかじゃ無い。
初めて祈りを捧げたときの様に…天にいるだろう神様へと。
どうか、私以外の信者達へは慈悲深き処遇を…
キラリと、十字架が満月の光を反射したのは届いた証拠なのだろうか?
それを満足げに眺めた私……その意識は、一瞬の痛みと共に途絶えた。




