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第6奏 パート2:雷鳴の中で、ふたりがみたもの(第4話)

翼くんとの“野鳥狩り”――もとい、ハンティング合戦の結果は、3勝2敗。


今回は、僕の勝ち越しだった。



「くそぉぉぉ〜! あそこで照準のブレがなければ、俺の勝ちだったのにぃ〜〜〜!」



翼くんが、床に崩れ落ちそうな勢いで悔しがる。



「そうだね。僕も前回、あいつらには苦戦したから。愛弓の照準を、100m〜200m帯でプラス3.5に補正しておいたんだ」



「ってかさぁ、前々から思ってたんだけど!」



翼くんが、びしっと僕を指差した。



「湊くんって“ノゾミちゃん”もいるから、実質2対1じゃね!? それズルいっしょ〜!」



「翼さん、それは誤解です!」



すかさずノゾミが割って入る。



「私はデータ解析とパターン予測、それから照準補正の助言をしているだけです。直接手を貸して、2人の真剣勝負に水を差したりはしていません」



「あー、出た。優等生AIの正論パンチ」



「正論ではなく、事実です」



「ぐぬぬ……」


駄々をこねる翼くんと、少しだけむきになって説明するノゾミ。


気づけば、ノゾミと翼くんも、この施設の中では自然に会話するようになっていた。


“新宿メルトダウン”以降、ノゾミはマーウィン・ジャパンの象徴みたいな存在になっていた。


認知度が上がったぶん、好奇の目も増えた。


だから僕たち――特にノゾミに対して、直接踏み込んでくる人は少なかった。


でも、翼くんは違った。


その整った見た目とは裏腹に、どこか人懐っこくて、遠慮がなくて、気づけば僕たちの輪の中にするりと入り込んでいた。


その光景が、僕には少しだけ嬉しかった。


マーウィンの中でできた数少ない友達が、ノゾミのことも自然に受け入れてくれている。


それが、ただ嬉しかった。



「って! 聞いてる? 湊くん!?」



「うわっ」



気づけば、翼くんの顔が僕の目の前まで近づいていた。


その目は、いたずらを思いついた子どもみたいにきらきらしている。


まるで、ご褒美をもらいたくて主人にまとわりつく忠犬みたいな――この“かまってちゃん”な性格にも、少しずつ慣れてきた。


「聞いてるよ。でも……翼くんのクラスって“神兵”だよね? マーウィンの中ならともかく、こっちでも弓が得意なのは意外だったよ」



「まぁ〜、特技みたいなもんかな」



翼くんは軽く肩をすくめる。



「俺さ、昔から興味持ったものとか、欲しいって思ったものは、わりと何でもできちゃうんだよね。それがゲームにも反映されてるのか、神兵なんてクラスだけど……」


そこで彼は、槍を投げるような

ポーズを取った。


「やっぱ槍が一番しっくりくるかな」



「槍なんだ」



「うん。俺、好きが大事なんだと思う」



翼くんは、何気ない調子で続けた。



「これだ――って思ったら、一途なわけよ。気づけば時間も忘れるくらい熱中しちゃう。だからさぁ……初めて湊くんを見た時も、ピーンときたんだよね」



「ピーン?」



「友達になりたいな、って」


その言い方があまりにも軽くて、でも不思議なくらい真っ直ぐで。


僕は一瞬、返す言葉を探してしまった。



「もちろん、ノゾミちゃんとも」


翼くんは手でピストルの形を作り、ノゾミに向けてウィンクと一緒に撃つ真似をした。


「ばきゅーん」



「はいはい。撃たれません」



「うわ、軽くあしらわれた」



そのやり取りに、僕は思わず笑ってしまう。


落ち込んでいたかと思えば、すぐに立ち直る。


その切り替えの早さも、翼くんらしかった。


そんな彼が、ふいに言った。



「湊くん、このあとヒマヒマ?」



「え?」



「実はさぁ、一緒に行きたいとこがあるんだよね♪」



「まあ、明日は土曜日で学校も休みだし……いいよね、ノゾミ?」



僕がそう尋ねると、ノゾミは一瞬だけ予定を確認するように視線を泳がせた。



「そうだね。美波さんは富山へ出張中で、帰ってくるのも明日の14時だから大丈夫」



「よかった」



「ただし!」



ノゾミが、ぴしっと人差し指を立てる。


「もう20時過ぎだから、門限は24時まで。まだ夏休みの癖が抜けてないんだから、この前みたいに――」



「はいはい、分かってるって」



最近、母さんより口うるさくなってきたノゾミの説教を聞かないふりして、僕は軽く耳を塞いだ。


そのやり取りがよほどおかしかったのか、翼くんがお腹を抱えて笑い出す。



「あはははっ、マジウケる! 相変わらず2人、仲良いね♪ もう彼女とかじゃなくて、奥様っていうか、お母さんみたいだよ」



「はい! 私は美波さん公認の嫁ですっ♪」



ノゾミが笑顔で敬礼する。


僕は呆れて、返す言葉をなくした。



「やっぱり俺の目に狂いはなかったよ。2人とも、マジ最高」



翼くんは楽しそうに笑った。



「羨ましいよ、湊くん。俺もそんな可愛いノゾミちゃんが欲しい……なぁ……」



一瞬だった。


二の腕から肩へ、背中へ。


何か冷たいものが、ぞわりと走った。


言葉は軽い。


笑顔もいつも通り。


なのに、その笑顔の奥に、ほんのわずかだけ違うものが見えた気がした。


飢えにも似た、危うい熱。


僕がそれを言葉にするより先に、ノゾミがいつもの声で笑った。



「またまた、翼さんはお上手ですね♪ そんなことを言っていると、いつも“品川”でご一緒している“お友達や女の子たち”に怒られちゃいますよ?」



にこにことした笑顔。


いつもと同じ声のトーン。


けれど、その言葉には、明らかな含みがあった。


僕はノゾミの顔を見て、それから翼くんの顔を覗き込む。



「あっ……いたたたぁ……」



翼くんは、降参するみたいに両手を上げた。



「ノゾミちゃんって、何でも知ってるんだね」



「はい」



ノゾミは、笑顔のまま答える。



「湊や、湊の大切な人たちに“害をなす”人は……絶対に許しませんので。必要な範囲で、きちんと確認しています」



そこで、ノゾミは少しだけ首を傾げた。



「だから翼さんも……“火遊び”は、ほどほどにお願いします。ね?」



その言葉には、圧があった。


でも翼くんは、怯えるでも怒るでもなく、すぐにいつもの軽い表情へ戻る。



「あはは……こっわ。いや、マジで湊くん、愛されてるねぇ」



それを見て、僕はさっき感じた違和感が、ただの気のせいだったのかもしれないと思った。


すると翼くんが、僕の後ろへ回り込み、こっそり耳元で囁いてくる。



「害だなんて怖いこと言うね〜。ってか、ノゾミちゃんの情報網ぱない。湊くん、浮気できないよ?」



「しない! しないし! そもそも、そんな相手もいないから!」



思わず声が裏返る。


すると、ノゾミがここぞとばかりに身を乗り出した。



「そうなんですよ、聞いてください翼さん! この前なんて、私がオフの時に渋谷で知らない女性と――」



「ちょ、ノゾミ! それは違うから!」



「ほほう」



翼くんがにやりと笑う。



「まったく湊くんも、隅に置けないね〜。まぁ、あんな“じゃじゃ馬娘”の相手なんて……俺には一生無理だけどね」



「だから違うって!」



僕が慌てて訂正するたびに、2人はまた一斉に笑い出す。


まったく。


人の気も知らないで。


そう思ってため息をついたのに、不思議と僕まで笑っていた。


出会って、まだそれほど時間は経っていない。


それなのに、このやり取りはどこか、昔から続いていたみたいに自然だった。


幼馴染の3人組みたいな、少し騒がしくて、少しくだらなくて、でも嫌じゃない空気。


きっと、それは翼くんも同じだったのだと思う。


僕たちは、お互いに持っていないものを持っている。


だから、惹かれ合ったのかもしれない。


翼くんは、舌の上で弾けるお菓子みたいな人だった。


甘くて、明るくて。


でも、その奥に少しだけ危うい刺激がある。


それでも、放っておけない。


あの人懐っこい笑顔に、僕はもう、少しずつ惹き込まれていた。


けれど。


その笑顔の奥にある傷を……


僕はこのあと、初めて見ることになる。

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