第十四話 一撃
例えば、それはある牧場でのこと。
牛の暴走を被害なく食い止めてくれたツインテールの少女は壊れた柵を塞いでくれたがそれはあくまで応急処置。専門の業者を呼び、改めて壊れた箇所を修復してもらっているところだった。
「聞いたぜ。薄い赤のツインテールの少女に助けてもらったんだって? それって噂の彼女だったんじゃないか?」
業者の言葉に牧場経営を担う男の一人は『まあな』と頷き、
「あれだけの力を持ち、なおかつ『聖女様のもとに駆けつけねーと』なんて言っていたんだ。しかも噂の彼女は聖女のもとに駆けつけ、聖女の代わりに瘴気を浄化したって話だろ。だったら十中八九、あのツインテールの子は今噂になっている最高峰ランクの冒険者だろうよ」
三人しかいない最高峰ランクの冒険者にして現在世界に二人しかいない浄化魔法の使い手。それも聖女アンジェ=トゥーリアを超える浄化魔法を扱うという噂を彼らは耳にしていた。
おそらくツインテールの少女にとって牛の暴走を食い止めたのは特別なことではない。目についたから助けた。そういうことが当たり前にできる人間なのだろう。
ティナという少女は素晴らしい人格者である。
そういう話であったはずだ。
「それに比べて今の聖女は情けないこと他ならないよな。聖女とは思えない化け物は瘴気を浄化できなかったって話だろ?」
そこでなぜかアンジェ=トゥーリアへと悪感情の矛先が向いていた。
例えば、それは大規模な火事の復旧が続くある街でのこと。
死者0人。
負傷者こそ百を軽く超えていたが、死者が出なかったのはまさしく奇跡としか言えないだろう。
街の治安維持を司る者たちだけではこうも鮮やかには済ませられなかった。薄い赤のツインテールの少女。噂と合わせて考えれば、『現場』に向かう通り道で目についたから助けてくれたと考えるのが自然だ。
「すっごいですよね。あの馬鹿げた炎を瞬時に消して、炎に呑まれた人々を救い出したんですよ!? しかもあの後、瘴気を祓ったという話ではないですかっ。これぞ聖女と言わずになんと言うんですか!?」
「そうだな、本当に凄いよな」
部下の男の言葉に隊長は素直に頷く。
復興作業として火事で炭化した家の残骸を撤去しながらも部下の男の興奮したような言葉は止まらない。
「最高峰ランクの冒険者であるティナさんってば噂ではこれまでも似たようなことをやってきたらしいですよっ。それこそ絵本の英雄が霞むほどに、それでいて自分から手柄を喧伝することなく特に名乗ることもせずに立ち去るのが普通なのだとか! 格好いいにもほどがありませんか!?」
「同感だが、いやしかし。お前、完全にファンじゃないか」
「それはそうですよっ。あんなの見せられてファンにならないわけないですって!」
確実に年下の少女にお熱なのはどうかとも思ったが、確かに憧れるのも無理はないと隊長も考える。
助けたい。だから助ける。
そんな単純な考えが現実として実現できるだけの圧倒的な力。それも絵本の中の英雄が霞むほどの偉業を乱立しておきながらわざわざ自分から喧伝しない、なんていっそ狙っているのではと思うほど格好良さの塊ではないか。自ら希望して治安維持を司る部隊に所属している彼らにとっては理想と言っていい姿である。
……おそらくあの少女は多くの人々からの称賛や金銭、わかりやすい地位や名誉には興味がないだけなのだろう。欲がない、とは言わない。彼女のあの目はもっと別の何かだけを見ていた気がするだけだ。
それが何であるかまでは、隊長にはわからなかったが。
「それに比べて聖女は情けないですね。聖女を名乗りながらあの少女に助けられるがままだなんて恥ずかしくないんですかね?」
これまで目を輝かせていたはずの部下の男がドロドロとした悪意を吐き出していた。
例えば、王都の冒険者ギルドでのこと。
槍を扱うリーダー格の女は若き女商人からの護衛依頼を達せらなかったばかりか、女商人を含む三人の仲間に傷を負わせてしまった。荒くれ者の一人が放った炎の魔法によって火傷を負った彼女たちは今も治療を受けている。
女商人は流石に魔法の使い手に襲われたのならば仕方がないと笑って許してくれたが、リーダー格の女は自分で自分を許せずにいた。
自分は、弱い。
あの時は薄い赤のツインテールの少女に助けてもらった。おそらくは噂のティナなのだろう。噂に聞く外見的特徴や最高峰ランクの冒険者たるあの絶対的な力、何よりあの日あの時聖女のもとに駆けつけようとしていたのだから。
あの時はティナがいたから助かった。
だが、あんなものは例外中の例外だ。もしもティナがあの場に駆けつけていなかったら槍の女を含む全員は荒くれ者たちの欲望のままに嬲られていただろう。
強くなると、女は誓う。
冒険者になるしか道は残されていなかった。そんな彼女だからこそこの世に努力せずとも甘受できる救いはないと知っている。あの時はまさしく奇跡によって助かったが、奇跡は何度も続かない。だからこそ槍の女やその仲間は冒険者という道を選ぶしかなかった。
世界は『そう』だと知っている彼女だからこそ、そしてそんな世界に抗うために冒険者という力を求める者たちから依頼を受ける立場なのだからこそ強くあるのは当然だ。
もう二度と世界の悪意に負けないだけの存在となる。それは、そう、まさしくあの時のティナのような存在に、だ。
「聞いたか? 我らが最高峰ランクの冒険者が聖女を助けたって話」
「流石は最高峰ランクって話だよなっ。これは新たな聖女として君臨するのも時間の問題だろうな!!」
「天才だと言われてはいたが、まさか浄化魔法まで獲得するとはなあ。まだ十四のガキが凄まじいもんだ」
常に金欠の女には仲間の治療費を稼ぐためにも休む暇はなかった。ゆえに王都周辺で、短期で稼げる仕事を探しに冒険者ギルドに足を運んだのだが、ゴロツキにしか見えない冒険者たちの話題は件のティナに関することがほとんどだった。
聞き耳を立てずとも、がやがやと騒がしい声が耳に入ってくる。
「こうなれば今の聖女の立場はねえよな」
「違えねえ。いけ好かない貴族令嬢よりも最高峰ランクの冒険者が聖女として君臨しているほうが相応しいってもんだしな!」
「そもそも異形の女が聖女だなんだと持て囃されていたのが間違いだったんだ! 我らが最高峰ランク様にバンザイってなあ!!」
聞こうとせずとも、その悪感情の奔流は女の耳に突き刺さった。
『きっかけ』は何でもいい。
希望と絶望。光と闇。天秤にかけて片方を捨ててより良きものを得たつもりの人々は近いうちに気づくだろう。非難する『だけ』で自らは何も積み上げていないことに。能天気にも担いでいるものが失われた時、自分たちを守るものは何もないということに。
ーーー☆ーーー
触手だったモノが砕けていた。肌を覆う鱗が飛び散っていた。赤黒い血や肉片がパーティー会場に撒き散らされる。戦場など知るわけもない令息令嬢が悲鳴をあげていたが、もちろんティナはそんな有象無象など視界に入れてすらいない。
アンジェより触手は失われた。鱗は剥がれた。ゆえに異形ではなくなった……わけがない。
黒く長い髪がざわりと揺らぐ。漆黒の瞳がティナをじっと見つめていた。
触手はなくなり、代わりというようにぎゅぢゅり!! と勢いよく両の腕が生えた。肌が晒される。だがそこに浮かぶ色は人間のそれではない。
青き肌。
どこまでも冷たい、死体のようなそれ。
そこで終わらない。ぐっぢゅう!! と背中が裂けて、そこから一対の翼が生える。続くように頭より二本のねじくれたツノが、お尻から禍々しい尻尾が伸びる。
「聖女、様……?」
悪魔、というものを連想させる姿。
光が闇に覆われる。塗り潰される。
「聖女様ぁっっっ!!!!」
ティナの叫びが空虚に響く。
ティナ自身も察していたのかもしれない。もう、聖女なんてものは塗り潰されてしまったのだと。
アンジェ=トゥーリア公爵令嬢。
そう名乗る人間はもうそこにはいないのだと。
もう、言葉すら返してくれなくなったのだと。
「ち、くしょう!!」
ギュオン!! とティナの拳に純白の光が集う。
模倣魔法による浄化魔法の『模倣』。しかして浄化魔法は通常の魔法よりも発動に時間がかかる。一秒。普通の戦闘であれば気にならないくらいではあるが、いくら頭に血が上っていようともティナであれば気づくべきだった。レベル99、その領域にとって一秒とは永劫に等しい隙になるのだと。
ゾッッッン!!!! と。
不可視の一撃がティナの胸を貫いた。
胸部のほとんどが吹き飛び、かろうじて胴体が繋がっているだけだった。風穴。そこにあったものを根こそぎ奪う形で。
最高峰ランクの冒険者にして、今は新たな聖女などと人々は称賛していたか。そんなもの、真なる暴虐の前には何の意味もなさなかった。
呆気なく。
ティナの身体が鮮血を噴き出しながら倒れる。
ーーー☆ーーー
【名前】
アンジェ=トゥーリア
【性別】
女
【種族】
人間
【年齢】
十五歳
【称号】
女神より祝福されし聖女
邪神より呪われし悪女
【所有魔法】
浄化魔法(レベル99)
炎属性魔法(レベル99)
水属性魔法(レベル99)
土属性魔法(レベル99)
風属性魔法(レベル99)
雷属性魔法(レベル99)
身体強化魔法(レベル99)
転移魔法(レベル99)
収納魔法(レベル99)
重力魔法(レベル99)
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※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(レベル11)以上を使用してください。
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
※レベルは99が上限です。
【状態】
呪縛・心(レベル100)
呪縛・体(レベル100)
呪縛・浄(レベル100)
憑依・魔(レベル分類不可)
※詳細を表示するには能力知覚魔法(レベル20)以上を使用してください。
エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法を使用することを推奨します。




