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第十三話 羽化

 


 結局のところ、『形』なんてどうでもよかった。



 当初の予定通り聖女として人々に崇められてきたアンジェを異形と変えて、手のひらを返した人々に悪感情をぶつけられていく末に魂を磨耗、魔に堕とすという『形』にこだわりはない。


 ゆえに、より良い方法があればそちらにシフトするのは当然だ。


 ティナ。

 天才の冠をいただく少女。その才能はたった数年でギルドマスターやエルフの精鋭さえも凌駕し、精霊の試練の先にある『世界の深層』にさえも届くほど。


 そんな彼女がアンジェを強く想っているのは好都合であった。呪縛を知れば『助けるために』浄化魔法を求めるだろう。アンジェが瘴気に立ち向かっていると知れば『助けるために』手に入れた浄化魔法を使うだろう。その心の動きを後押しするだけでアンジェを追い詰める構図は簡単に出来上がる。それも当初の予定よりもより強く、凶悪なものが、だ。


 ほんの少しの誘導で十分だった。

 ティナが呪縛やその浄化方法について事前にアンジェに教えないようにするだけ。後は第一王子を筆頭とした普通の感性を持つ人間が自家生産の悪意を曝け出して後押しをしてくれる。異形。『魔物のような』存在を恐れているからと、恐怖を迫害に繋げてもいいと、そう思える者たちが、だ。


 ギルドマスターをはじめとした一部の冒険者はアンジェが異形と化してもなお彼女の力になるために尽力していた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そう思えるのは根幹に恐怖以上の感情があったからだ。


 レベル1なんてそんなもの。

 薄く、広く。目に見えないがゆえに回避することができない微弱な瘴気によって世界中の生物は呪縛・心を刻まれているが、レベル1にできることは()()()()()程度。それも大した強制力はない。


 そんなものでも、これまで人間は恐怖のままに行動してきた。()()()()()()だと定義された『当然』。多くの人間が恐怖のままに振るった迫害の波に呑まれて、自分でそれが正しいかどうか判断をすることなく流れに身を任せたがために。


 そんな人間が多かったからこそ、呪縛の存在を知ったエルフが人間との対話を成す前に殺意をぶつけ、絶滅寸前まで追い込み、共闘という道を閉ざした。


 そんな人間が多かったからこそ、人間よりも遥かに数が少なく、強い力を持ちながらも他者を傷つけることが苦手な獣人たちが本来の力を発揮できないよう奴隷として『封殺』した。


 ほんの少し背中を押されただけ。

 それだけで多くの人間が道を見失い、他者を傷つけることを是としたがために世界はこうなった。


 もしも、だ。

『魔物のようだ』と恐怖することなく、種族に関係なく手と手を取り合っていれば『彼』が蔓延る隙など生まれなかったというのに。



 邪神エルゴサーガ。

 愛や正義、すなわち正の感情を糧とする女神の逆位相。すなわち憎悪や悪、すなわち負の感情を糧とする超常存在である。



 単に滅ぼすだけなら簡単だ。邪神とはレベル99(カンスト)のその先に君臨する超常存在なのだから、生まれながらに上限の定められし生命がどれだけ背伸びをしたって敵わない。


 だから、狙いはそんなところにはない。

 神とは信仰によって左右される。すなわち感情の総量に、だ。


 女神の逆位相。

 邪神とはすなわち憎悪や悪を糧とする。

 ならば邪神にとっては生命には憎悪を抱き、悪感情に支配されてもらったほうが都合がいい。その総量が、邪神の力に直結するのだから。


 そのための介入が呪縛・心(レベル1)。

 そして瘴気や魔物によって誘発した悪感情を、聖女という『支え』を利用することでより強く成長させるのが狙いなのだ。


『形』なんてどうでもよかった。

 聖女を失った人々を魔物や瘴気に晒して恐怖を煽る、なんてものはこれまでもやってきた。それでも総量は規定値に満たなかった。ゆえに今回はその応用。無邪気に信じて、異形と化したら身勝手に掌を返して忌避してきた聖女という『支え』が人々に牙を剥いたらどれだけの恐怖が、後悔が、悪感情が沸き起こるだろうか。


 その総量が──そう、あくまで悪感情とは生きている人間が抱くものであり、死んだり正の感情に塗り潰されては総量に換算されない──女神に届いたその時が最後。邪悪なりし一撃は女神を貫く。そうして守護者を失った世界は邪神の望むがままに蹂躙されることだろう。



 ーーー☆ーーー



 ──今日は貴女に話があるのだよ。こうして祝いの手が揃ったこの場でこそな!!


 ── くっくっ、はーっはっはっはあ!! やはりティナは面白いっ。本当に面白い女だねっ。それでこそ俺が惚れた女だ!!


 ── 皆々様っ。本来であれば先に醜き女を追い払い、然るべき場を整えてから正式に招き入れる予定だったんだけど、見ての通り我が花嫁は型に収まらない魅力に満ち溢れている!! ゆえにこうして派手に登場してくれたのだよ!!


 ── 皆様も知っての通り、ティナは王国南部に発生した瘴気を浄化魔法によって祓ってみせた! そう、異形なりし女よりも優秀だと示してくれたのだよ!!


 ── ティナこそ俺の婚約者にふさわしいのは自明だ! ゆえにこの場でアンジェ=トゥーリアとの婚約を破棄し、真なる聖女にふさわしいティナを俺の婚約者にすることを宣言する!!


 ── ティナよ。これまで俺と何度も逢瀬を重ね、十分に愛は育んできただろう。だから、さあ、ティナよ。今こそ俺の手を取り、生涯を俺のそばに立つことを了承してはくれないか?


『形』なんてどうでもいい。

 第三者から見れば歪で、考えるまでもなく間違った論理だろうとも押し流してやればいい。


 レベル1でさえも当人に気づかれることなく心理的誘導は機能した。すでにレベル69へと至った呪縛・心であれば筋が通っていなくとも()()()()()()だと信じさせることができる。


 これまでだってそうだった。

 これからだってそうなるだけだ。


『可哀想なアンジェ』


 すでにグズグズに弱り、腐った魂に。

 望む悪意を注入することなど簡単だ。


『公爵令嬢として別に好きでもない第一王子の婚約者に選ばれたからにはふさわしくあらねばと頑張ってきたのに。聖女として人々を守らんと尽力してきたというのに。その全てはぽっと出の平民に奪われたのだから』


『……ッッッ!?』


 落差こそが重要だった。

 邪神が単純に絶対的な力で人々を苦しめて負の感情を誘発せずに、一度聖女という希望を根付かせた上でそれを砕こうとしているのもそうだ。感情とは落差に弱い。その落差の大きさがより強い感情の奔流を生み出すのだから。


『第一王子とあの平民は以前から懇意にしていた、そんな噂は聞いていたはずだ。第一王子のほうからよく誘いをかけていて、それをティナは断らずに喜んで受け入れていたらしいしな』


『そ、れは』


 第一王子からの誘いを平民が断れるわけがない、なんて常識がアンジェの頭に浮かぶことはない。そんな当たり前の思考ができるような状態ではない。


 そもそもすでにレベル100に至っている呪縛・体によって邪神の支配下に置かれている触手に目や耳を覆われているアンジェは気づけない。件のティナが第一王子をぶん殴ったことを。第一王子と懇意にして婚約者の座を奪おうとした。そんなくだらない戯言を否定したことを、だ。


『助けにきた、なーんて言ってあの平民は瘴気を祓ったが、さてそれも本音はどうだったのか。自分のほうが優秀だと見せびらかすことで聖女の座を奪うつもりだったのかもしれないな』


『……そんな、わけ……』


 アンジェには表情などから人の心を察する技術がある。公爵令嬢として社交界を生き抜くために身につけるべき最低限の技術。それさえ使えばティナの本音は明らかだっただろうに、やはりそんな当たり前の心の動きは封殺されている。


『可哀想なアンジェ。人生の全てを聖女として人々を救い、公爵令嬢にして次期王妃として民衆の模範となるために費やして、その結果が化け物扱い。しかもお前が追い求めていた平民はお前から第一王子の婚約者にして次期王妃という座も、聖女という称号も根こそぎ奪っていったのだからな』


『……ぅ……あ』


『さて、本当はどうだったのか。異形の姿を美しいと褒め称えたのは? 大好きだとぶつけてきたのは? 決まっている。全てはお前を油断させ、最後にはお前から全てを奪い去るためだ』


『…………、』


 だから、と。

『形』に拘らないその悪意はこう告げた。



『ティナはお前のことを好きでも何でもない、それが現実だ』



 悪意は誰に妨げられることなくアンジェを蝕む。


 落差。異形として人々に蔑まれることまでは耐えられても、一度アンジェに幸せを教えてくれたティナから裏切られたという落差が負の感情を促進する。


 聖女でありながら人々から異形だなんだと忌避されるだけなら耐えられた。だが、これはダメだ。気がつけばアンジェの心の支えとなっていた芯、それを折るようなものだったから。


『形』が理路整然としている必要はない。

 不足は呪縛・心が補うのだから。


 だから。

 だから。

 だから。



 ーーー☆ーーー



 ボッッッ!!!! と。

 アンジェ=トゥーリアを中心として彼女の顔を覆っていた無数の触手や彼女の肌を覆っていた鱗が爆発するように弾けた。


 そう、それこそ羽化でもするように。



 ーーー☆ーーー



【名前】

 アンジェ=トゥーリア


【性別】

 女


【種族】

 人間


【年齢】

 十五歳


【称号】

 女神より祝福されし聖女

 邪神より呪われし悪女


【所有魔法】

 浄化魔法(レベル99)

 炎属性魔法(レベル99)

 水属性魔法(レベル99)

 土属性魔法(レベル99)

 風属性魔法(レベル99)

 雷属性魔法(レベル99)

 身体強化魔法(レベル99)

 転移魔法(レベル99)

 収納魔法(レベル99)

 重力魔法(レベル99)

 ・

 ・

 ・

 ※全所有魔法を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル11)以上を使用してください。

 ※詳細を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル20)以上を使用してください。

 ※レベルは99が上限です。


【状態】

 呪縛・心(レベル100)

 呪縛・体(レベル100)

 呪縛・浄(レベル100)

 憑依・魔(レベル分類不可)

 ※詳細を表示するには能力知覚魔法(ステータスオープン)(レベル20)以上を使用してください。


 エラー発生。上限を超える情報が表示されています。再度能力知覚魔法(ステータスオープン)を使用することを推奨します。

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