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第五話 飢饉時代の亡霊、大食い選手権に出場する その4


 それから一カ月がたったある日のこと。骨皮はテレビ局のカメラアシスタントのバイトに明け暮れていた。目の回るような忙しさに、床の事も宮千代のこともすっかり忘れかけていた。


 その日は大食い選手権の撮影だった。骨皮は途中からヘルプに呼ばれ、狭いスタジオの中を、コードをぐるぐる巻きながら必死に這いずり回っていた。


 だから、参加者の中に床がいることに気がついた時、骨皮は驚きのあまり、せっかく綺麗に束ねていたコードを手から滑り落としてしまった。


 床はあのツイッターでアップしていたものと同じ、水玉の浴衣を身にまとい、髪をお団子にまとめ、うなじにおくれ毛を垂らし、完璧な化粧をして、そこへ座っていた。


 それだけであれば、しっぽりとした、清楚な女性に見えたことだろう。しかし、彼女の横に積み上げられた皿の塔が、彼女の異様さを物語っていた。


 床の飛び抜けた食欲に、スタッフ一同と、他の参加者までもが唖然と見入っていた。もはや床の独断場であった。積み重なった塔の隙間から、床が黙々とハンバーグのかけらを口に運ぶ姿が見え隠れする。


「おい、お前、その皿をどかせ!」カメラマンに囁かれて、骨皮は慌てて皿をのかした。その時、床の血走った目が、骨皮を捉えた。


 骨皮は慌てて目をそらし、カメラの後ろへ引っ込もうとした。しかし骨皮の腕を、床の棒きれのように細い腕がぐっとつかんだ。爪を立てられて、骨皮は悲鳴をあげそうになった。

 

「肉…」床が震える声で呟いた。


「犬肉をくれというたのに!」


 骨皮はハッとした。しかし、何かを言いかけた瞬間に、腕はパッと話されて、骨皮は後ろへ退けぞった。カメラにぶつかって、「チッ!」と舌打ちをされる。


「すみません」と謝りながら、再びコードを拾い始める。骨皮は鼓動がばくばくなるのを感じていた。おかしい。何かがおかしい。


 普通なら、逆だ。と骨皮は夢中でコードを腕に巻きつけながら考えた。この状況なら、乗り移られている床の方が、私に助けを求めるのが普通だ。それなら、わかる。


 しかし、今、私に助けを求めてきたのは、床ではなく、宮千代の方だった。ということはー


「ああ、森野選手、今度は皿にかぶりついた!」アナウンサーの、興奮にうわずった実況がスタジオに響き渡る。「それはハンバーグではない!怪物、まさに怪物です!ああ、やめてください!ああ、それは私のマイク…あ、あ、ああああ!」


 悲鳴が上がった。骨皮はハッと我に帰り、コードから顔を上げた。床がアナウンサーの腕にかぶりついている!


 骨皮は無我夢中で飛び出すと、まだ肉汁の残った皿を思いっきりはねのけて、巻きつけていたコードで床の首を絞めた。


 ガラスの割れる音と、無数の悲鳴、煌々と輝く照明の中、骨皮は必死にやった。

 

 意識を失わせるつもりだった。すると、ものすごい力で、腕を掴まれた。床の細い腕が、骨皮のこれまた細い腕をおらんばかりに締め付けてくる。まるで大蛇のような力に、骨皮は顔を歪めた。


「犬の肉を…!」骨皮は歯をギリギリ食いしばりながら尋ねた。「食べなかったのですか…!」


 途端、床の血走った目が骨皮を睨みつけた。「食べてません…」


「どうしてー」


 ごはん粒のついた床の口元が醜く歪んだ。


「離したくないから」


「なんですって?」


 次の瞬間、スタジオのすべての照明が消えた。カメラのライトも消えた。


 暗闇が、その場にいる人々の心をかき乱した。しかし、骨皮ほどではなかった。骨皮の腕を掴む手から、ヘナヘナと力が抜けて行く。骨皮はコードを緩め、暗闇の中に浮かび上がる霊魂を見た。


 それは宮千代だった。宮千代はシクシク泣いていた。


 「わし、憑く相手を間違えた。頭に栄養の行き渡っておらぬ、肉を食わすのにはぴったりのオナゴと思ったんじゃ。それなのにーそれなのにー」


「それなのに、なんです?」


「このオナゴは、わしを離してはくれんのじゃ!」


 次の瞬間、電気が蘇り、悲鳴は止んだ。眩しすぎるほどの光が、地面に散乱してお陀仏になった食べ物を照らし出した。それはしかし、現代人にとっては、驚くには値しない光景だった。


 骨皮の腕の中で、気を失った床が、口からカニのようにぶくぶく泡を吐いていた。そして床はその日を最後に、姿をくらましたのだった。

 

        *


 骨皮は床の、もう一ヶ月の間更新されていないツイッターを何度も読み返した。


「いつも面白いことのアンテナを張っている。俯瞰で物事見れるその視線。そういう人に出会って、今日はとっても悔しくなった。私もそういう人になりたい。」


「バレンタインとかクリスマスとかがある秋や冬より、夏は毎日が特別な感じがするから好き」


「今日の森野ごはん!小松菜のお味噌汁、ピーナッツとかぼちゃのサラダ、玄米。」


「私の周りの方々が、どんどん素敵なプロダクトを作ってる。みんなカッコよいなあ。」


 骨皮は彼女の言葉を追いかけるたび、イライラして、頭をかきむしりたくなってくるのを、どうしようもできないのだった。


 一見柔らかで心地の良い、オブラートな言葉の下にそっと忍ばせたような森野の悪意というものを、感じずにはいられないのだった。


 嫌なことや、つまらない敵意を書く人ならたくさんいるのに、彼らよりも森野の方が頭にきて心に引っかかるのはなぜだろうと思った。


 骨皮は、森野のツイートを見ていると、なんだかひどく見下されるような気分になるのだった。心地の良い生活。素敵な友人たち。センスの良い旅先と生活。


 骨皮は森野のフォローしている人たちのツイッターも同じように眺めてみた。するとそこには、驚くほど似たような人間たちが虫のように蠢いていた。


 それらを探っているうちに、骨皮は彼らに共通点があるのを発見した。


 その1、自分の顔をアイコンにしていること。しかし、決して真正面からのアップではなく、少し離れた場所から撮っていたり、顔の一部分を髪や手や木で隠していたりする。


 その2、おしゃれな知り合いのカフェで酒を飲みながら起業について語り合う。そして起業する。


 その3、世界を賞賛している。世界は自分にとって心地の良い場所だということをどこまでもアピールしようとする。


 その4、クラウドファンディングが好き。


 その5、おしゃれなカフェばかりではなく中華料理屋とかにも行く。そこで「やっぱり自分はここが落ち着くなあ」とかいう。



 

 骨皮はそこで黒猫にニャアと泣かれて我に返った。月曜日の夕暮れである。


 骨皮は仕事もなくてこんな風に他人の粗探しをして時間を潰している自分が惨めになって、ぽいっとケータイを投げ捨てた。


 するとその時、ポロン♪と音がなった。床のツイッターが更新されたことを示す、通知音だった。


 骨皮はまとわりついてくる黒猫を押し潰しながら、ケータイを拾い上げた。床の最新ツイートは、次のようなものだった。


「ご無沙汰してます。


 この度、わたくし森野は、『人食い山姥』名義で、本を発売します。


 タイトルは、『転生したら飢饉時代だった件〜飢饉ライター始めます!〜』です。


 発売記念サイン会を行います!場所は新宿の〇〇ブックセンターの3階…」


 骨皮は息を飲んだ。そして、震える手でケータイを置いた…


 


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