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30歳から始まる魔法生活  作者: 霧野ミコト
第三章 広がりゆく神話
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第三話 夜のお誘い

「ふぅ」


軽く息を吐く。


久しぶりに降りたヴァナヘイムの街中は、以前と変わらず暗い夜の世界だった。


「やっぱり体がこるな」


首根っこを抑えて、軽く回すと鈍い音がする。


服が仕立てあがるとすぐに僕はニダヴェリールを後にすることにした。


アイシャはもう少しぐらいゆっくりしたらどうかと言ってくれたが、あそこの暮らしも快適だったが、やはり自分のホームが恋しくなった。


もう少しはっきりというならば、一人きりの堕落しきった生活が恋しくなったとも言うべきだろう。


快適なのは間違いないが、如何せんあそこの暮らしはかなり健康的過ぎて、少々辛いのもあった。


もともとの性格が自堕落的――本来の僕は昼ぐらいまでぐずぐずとして、昼から活動し、日が暮れるころに帰って、ぐずぐずと夜遅くまで遊びほうける人間だ――それがずっと続くというのも、正直多少ストレスにもなっていた。


もちろん、それが贅沢な悩みだというのもわかっていたが、それでもやはりその生活が非常に恋しかった。


そういうわけで、かわいい女の子のお願いに後ろ髪をひかれる思いになりながらも、帰途に就くことにしたのだ。


子供たちもひねたことを言いながらも、アイシャ達が言ったように、なんだかんだで懐いてくれていたみたいで、寂しそうにしていた。


ミィーナの言うとおり、忘れられないうちに、しばらくしたらまた遊びに来ないといけない。


「うっ」


首をぐるぐると回すとぐきっと音が鳴った。


少々力を入れすぎたようだ。


ただ、どうしても長い時間同じ姿勢でいたせいで、体の凝りがひどい。


アイシャ達からは、資金に余裕があるようなら特別車両で言った方がいいと言われたが、貧乏性のせいかケチった結果がこのざまだ。


こんなことになるなら、アイシャ達の言われたとおりにすればよかった。


出来ることなら、ホームまでの道のりは特別車両で帰りたいところだが、即日で取れるほど余っているものでもない。


一応、出るときに確認はするつもりだが、期待はできないだろう。


ほんの少しだけ記憶の底にある街並みを歩く。


時間も割と遅いため、やっている店は少ない。


食事はあきらめたほうがいいかもしれない。


そう思うと思いっきりおなかがなかった。


意識するとやはり駄目だったみたいだ。


やはり、人間の体は欲求に対して素直だ。


仕方ないが、割高ではあるが、ホテルのルームサービスでも頼もう。


幸い今日のホテルも前回と同じくいわゆる高級ホテルというやつだ。


おんぼろモーテルではないので、なんとかなるだろう。


そっと心の中で嘆息する。


だが、不思議と嫌な思いはしなかった。


そういえば、前回ここに来たときは、かなり迷っていた時だった。


日数的にはそんなに経ってはいないだろうが、随分と前のような気がする。


まあ、それだけ向こうでの生活が充実していたのと、結果として自分の悩みが取るに足らないことだったということなのだろう。


いい年したおっさんがしょうもないことをぐずぐずと悩んでいたわけに過ぎなかったわけだし。


でも、そのおかげでいろいろと自分のことがわかった気がする。


這い蹲ってでも何が何でも生き延びたいと思う自分と破滅思考というわけではないが、諦観にも似たさっさと死んでしまいたいと思う自分、この二つの自分がいることがよくわかった。


諦めは悪い方ではあるし、小賢しいこともよくやる人間でもある。


ただ、それと同時に諦め癖もあるのは分かっていたし、どうにもならなかったら、あとは野となれ山となれと言わんばかりにおざなりになる癖もあった。


けれど、心の根底に、すべてに対する諦めがあるとは思わなかった。


程度の差というものであるが、その差にしてもこれほどあるとは思わなかった。


そういう意味では、今回は非常に自分という人間を理解するには十分な時間だった。


もちろん、まだまだ理解していない部分はいくらでもあるだろう。


割と自分自身で見るより人から客観的に見るほうがわかりやすい時もあるぐらいだから、すぐにすべてというわけにはいかないだろう。


けれど、せめてもう少し自分がどういう人間なのかということは知っておきたい。


それを知ってい置けばこれからの生き方の指針にもなるだろう。


自分を知れば自分のできることもわかるし、それがわかればどういう歩み方が自分に合っているのかもよくわかる。


いつまでも、誰かにおんぶにだっこというわけにはいかない以上、それはきっちりとしておきたい。


「ん?」


豪奢なホテルの入り口を見えたところで、見たことのある顔を見かける。


しかも、視線が合うと穏やかな笑みを浮かべる。


「ようこそ、ヴァナヘイムへ」


そして、僕のところまですっと近づいてくると彼はそういった。


「お久しぶりです」


「ええ、本当に。ただ、どうやらその間に何かいいことがあったようですね」


そう指摘した彼の顔はいっそう穏やかなものとなる。


「そうですかね?」


以前会った時はかなり悩んでいた時だったが、今は違う。


その違いがありありと出ているんだろうけど、わざわざ言うことでもない。


「ええ、以前お会いした時よりもずっと表情がいい。いったい何があったのか、それをお聞きしたい気もしますが、それはちょっと野暮ですかね」


「まあ、特別にこれと言って何もなかったので、聞かれてもお答えできませんよ」


「そうですか」


一々説明するのも面倒だし、何より個人的な話だ、わざわざ語る必要もない


「それよりも、どうしてここへ?」


「いえ、今日こちらに来られると言うのを知りましたので、お迎えに来させて頂きました」


「え?」


相手は国家権力だ、ある程度の情報が筒抜けなのは想定していた。


だからこそ僕は逃げるつもりもなく、今日ゆっくり休んだら明日にでも行く予定にしていた。


「ああ、すみません。言葉足らずですね。今日はこちらに泊まられるというのを知ったのですが、出来ればこちらで歓待をさせていただきたいと思いましてね」


「かんたい?」


「はい。おそらくお食事もまだでしょう?ですが、この辺りでは食事を取れるところもないでしょうし、ホテルでの食事も限られている。ならばと思いましてね」


「ああ、そういうことですか」


一瞬何のことか分からなかったが、歓待ということか。


出会い頭に逃げられないように首根っこを捕まえておこうということだろう。


こちらはその気はないが、向こうはそれを知らないわけだし仕方ないか。


「幸い近くに懇意にしているところがありますので、そちらへとご案内させていただければと思いまして」


「お気遣いありがとうございます。せっかくなので甘えさせていただいてもよろしいでしょうか?」


ここは向こうの気持ちに乗ってあげる方がいいだろう。


「はい、畏まりました。あ、せっかくでした、そちらで宿泊も可能ですので、ついでに、宿を写されてはどうでしょうか?今回のホテルに負けず劣らず素晴らしいホテルですので」


思わずドキッとした。


まさか、宿まで押さえられるとは思わなかった。


「こちらのホテルの方には私どもで話を通しておきますし、キャンセル料に付きましてもご負担いたしますので、料金の負担に関してはお気になさらなくても構いませんよ」


これはどう取るべきなのだろうか。


逃がさない、という意思表示なのだろうか。


それとも、僕が何かに狙われている可能性がある、ということなのだろうか。


どこかで女王の友人であると言うのがばれてしまってる可能性だってあるわけだし


「どうされます?」


「ご迷惑でなければ、そちらもよろしくお願いいたします」


情報がない以上答えは出ない。


だが、逃げるつもりはない以上、これは受けても悪くはない話だろう。


もちろん、それ以外の理由の可能性だってある。


単純に僕を監禁しようとしているのかもしれない。


僕としてはそんな価値が自分にあるとは思わないが、自分が分からないだけで、他にある可能性だってないわけじゃない。


だけど、考えても逃げてもどうにもなる相手じゃない以上、懐に飛び込むしかないだろう。


彼女との友人関係を続けると決めた以上こうなる事も必至であり、覚悟したことでもある。


なら、ここは頷くほかない。


「分かりました、それではご案内させていただきます。あとの処理の方もお任せください」


彼がそういった瞬間、気が付いたら彼のそばに騎士と思しき人が出てきた。


その騎士は一言二言言葉を交わすとホテルの方に向かっていく。


さっきまでそこには誰もいなかったはずだし、気配も何もしなかった。


思わず冷や汗をかいた。


やはり自分なんかが調子に乗るのなんて言う事は出来ない。


上にはやはり上がいるということだ。


「それでは行きましょうか?」


「はい」


やはり逃げ出すなんていう選択肢を取らなくて正解だ。


こんな人たち相手に自分が裏を取れるわけがない。


いまだ消えない背中の冷や汗を冷たく感じながら、僕は彼の後ろを付いていく。




一年以上ぶりの更新。

大変お待たせしました。

というか、覚えてくれている人がどれだけいてくれているだろうか。

今度は忘れられないぐらい程度の感覚で頑張ります。

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