第六話 覚悟の証
駅の外に出ると、そこはひどく賑わっていた。
落ち着いた雰囲気のあるアースガルズや荘厳なヴァナヘイムとは違って、ひどく活気に満ちあふれている。
これが、ニダヴェリールなのだろう。
正直言うと、田舎者で静かな場所が好きな僕にしてみれば、長居するにはかなりしんどい場所かもしれない。
「あ、柊君発見。お疲れ様」
「え?」
不意にかけられた声に振り返ると、そこには少しだけ懐かしい顔の二人の少女がいた。
「二人とも、どうして、ここに?」
「ヒューエルさんから、今日こっちに来るって、聞いてたんです」
「それで、道案内をお願いされたんです」
「道案内って、一応、ちゃんと地図はもらっているんだけど、そんなに信用ないのかな?」
そう言って頬をかくが、本当のところはたぶん違うんだろう。
おそらく気でも利かせてくれたんだろう。
知っている人が誰もいない場所にいきなり放り込むようなことがないように、手をまわしてくれたんだろう。
「そうかもしれないね。意外と柊さんて、天然なところがありますから」
「ミィーナ。それは失礼たよ」
「そう言って、アイシャちゃんも半分笑ってるよ」
確かに、ミィーナの言うとおり、今にも笑いだしそうな顔をしている。
二人して本当に失礼だ。
いい年した大人が地図をもらっているのに迷子になるわけがない。
だけど、その姿を見るとほっとする。
ぎりぎりまで時間がかかってしまったが、それでもなんとか答えを出すことが出来て、こうして穏やかに過ごせていると思うと、本当に嬉しい。
もし答えが出ていなければ、対応に困って、かなりおかしな雰囲気になってしまっていただろう。
「あのさ、そろそろ、案内してほしいんだけど、いいかな」
とはいえ、いつまでもここで呑気に時間を過ごしているわけにもいかない。
あくまでもここに来たのは、コアクリスタルの修復をするためである。
昨日の一件で、コアクリスタルが万全でないことの怖さが身にしみてわかった以上、一刻も早く万全な状態にしてもらわないと、どうにも落ち着かない。
「あ、そうだね。そろそろ行こっか」
「お願いするよ」
彼女たちの案内に従って、駅を出る。
駅前だけでなく、そこから広がる大通りもまた人はたくさんいた。
正直、ちょっとだけ、人に酔って気持ち悪いのだが、そんなことには慣れっこなのだろう前を歩く二人は、そんなそぶりは全くない。
アイシャさんを見る。
颯爽と歩く姿は、ぴんと背筋が立っていて凛々しく、洗練されている。
確かに、その姿を見て、貴族だった過去があると言われても素直に頷ける。
一つ一つの所作もじっくりと見てみれば、どれをとっても流れるような優雅さを持っている。
「柊さん、あそこです」
「え?えっと、どこ?」
不意にミィーナが振り返って、我に返る。
考え事に集中してしまったようだ。
「あそこです。フォルコーナ工房って書いてるでしょ」
彼女が指差した先には、小さな工房が確かにあった。
だが……
「工房にしては、随分とファンシーだと思ったでしょ?」
「うっ」
確かに、そう思ってしまった。
フォルコーナ工房と書かれたお店は、まるで絵本の中から飛び出してきたかのように、全体的に丸みを帯びた、真っ白な壁と赤い屋根をしていて、窓も星型だったり、ハート型だったり、少女趣味もいいところ、と思ってしまいそうなほどファンシーな作りになっている。
「まあ、変わってはいるけれど、腕は確かだから安心して」
「私たちのコアクリスタルのメンテナンスとかもお願いしていますので、技術は保証できます」
「いや、ヒューエルさんのお師匠さんっていうことだから、心配はしていないよ」
「それもそっか。じゃあ、中に入りましょう」
ドアを開けて中に入る。
内装も外装と同じく人形やぬいぐるみがあちらこちらに置いてあり、置いてある机や椅子などの調度も随分と可愛らしいものでまとめられている。
「あら、ミィーナちゃんに、アイシャちゃん、もう来てたのね」
「あ、ヴィゼッタさん、こんにちは」
「おじゃましています」
だけど、奥から出てきたのは、予想に反して、クリーム色の作務衣を着た女性だった。
こんな建物だから、店主もふりふりやリボンがたくさんついた服を着ているだろうと思っていたのだが、さすがに作業着までそんなまねはしないみたいだ。
まあ、そんな格好では仕事にならないから、当然なんだろうけど、少しだけ肩透かしを食らったような気分もある。
「で、君が、アキラ・ヒイラギ君だっけ?」
「あ、はい、柊です。これが、その、紹介状です」
「うん、どれどれ」
紹介状を手渡すと、彼女はさっそく読み始める。
中に何を書かれているかは見てないから知らないけど、これでようやく、一安心だ。
ランククラスも、Bマイナスまで上がっているし、今は随分と攻撃重視のエンチャントにし過ぎている分、今回は、もう少しバランスを整えるためにも、他の部分も強化してみるほうがいいかもしれない。
「いいわ。修理とエンチャントをしてあげる。コアクリスタルを出してちょうだい」
「あ、はい。これです」
懐からコアクリスタルを出す。
「確かに預かったわ。さっそく、修理するわね」
そう言った彼女は、作務衣のポケットに僕のコアクリスタルを入れた。
「ただし、条件付きだけど」
「え?」
そして続けてそう言うと、彼女は静かに笑っているが、予想外の言葉に僕は困惑だ。
「ヴィゼッタさん、どういうこと?」
「条件付きって、おかしくないですか?」
ミィーナとアイシャも困惑している。
と言うことは二人も聞いていなかったのだろう。
「私はね、仕事を選ぶタイプの人間でね。誰彼構わずに仕事をしてやるような、安売りなんてしないわ。だから、試させてもらうわね。貴方に私がエンチャントしたコアクリスタルを使うに値する人物かどうかを。ちょうど、今、ギルドには一つ大きな仕事があるわ。それをクリアしたら、認めてあげる」
そう言った彼女は、まるで僕を見下ろすかのように見ている。
身長は僕よりもずっと小さい彼女だが、なぜかその威圧感と言ったら、アレックス隊長と相対するよりもずっと怖く感じる。
「でも、ヴィゼッタさん、今、柊君のコアクリスタルは壊れてて、使えないでしょ。それじゃあ、戦えないよ。だいたい、Aマイナスランククラスになっていないヒイラギ君じゃ、この国じゃ、クエストを受けることは出来ないじゃない」
あくまでも、今の僕のランククラスであるBマイナスランククラスは、外国にいけるだけで、クエストを受けられるわけじゃない。
Aマイナスランククラスになって初めて、ようやく受けられるようになるのだ。
「そうね。だから、クエスト自体を受けるのは、柊君ではなくて、旦那のチームに受けさせるわ。一応、よその国でクエストは確かに受けることは出来ないけど、参加することは出来るわ。そして、武器はこれを使いなさい。コアクリスタルのスペアよ」
手渡されたコアクリスタルは、僕のとは違って青く澄んでいる。
僕のコアクリスタルは、白と黒のマーブル模様な色合いをしている。
「ちなみに、そのコアクリスタルは、Eランクマイナス用で何にも特化してない汎用的なコアクリスタルで、属性もニュートラルだから君の属性の魔法も使えるわ」
そう言った彼女は、僕のそのコアクリスタルを差し出す。
「分かりました。頑張ってみます」
それを僕は受け取る。
与えられた試験をパスしない限り、直してもらえないんだったら、受けるしかない。
逃げることは出来ない。
「意気は十分ってところかしら。でも、意気だけじゃうまくいかないから、気をつけなさい。私が目を付けた仕事は、Sランククラスのクエストで、内容ドラゴン討伐よ。気を抜いたら、あっさりと殺されちゃうわよ」
「なっ」
「そ、そんなの無茶苦茶よ」
ミィーナが思わず悲鳴を上げるように叫んだが、僕とて同じ気持ちだ。
あまりにも無謀すぎる。
今まで、何度か、Sランククラスの魔物を倒してきたことはあるが、それは全て、ミィーナとアイシャにフォローしてもらっていたからで、それがなくなれば、勝てるとは到底思えない。
「そうね。確かに、普通に考えれば、難しいわね。でも、これは、彼は絶対に受けなくちゃいけないの。それだけの覚悟を示さないといけない」
「覚悟?」
なぜ、そんな言葉がいきなり出てくるのかなんてわからない。
なぜ、修理とエンチャントをしてもらうだけで、そんな覚悟を見せないといけないというのだろうか。
「ええ、そうよ。アイシャちゃんと一緒にいることを決めた覚悟を見せてもらわないとね」
「なっ」
思わずのけぞってしまった。
彼女は、そっと僕に近づくと、僕だけが聞こえるようにそう囁いたのだ。
「この手紙に書いてたわよ。貴方が悩んでるってね。だけど、悩みながらも、ここに来たってことは、覚悟を決めたってことでしょう。だったら、その覚悟のほどを見せてもらいたいと思ったの」
どうやらヒューエルさんにはばれてしまっていたらしい。
ヒューエルさんとアイシャは長い付き合いだから、過去を知っていてもおかしくないし、僕が悩んでいる姿を見せてしまってはいたが、まさかアイシャとのことで、悩んでいることがばれるとは思ってもみなかった。
あの場所での会話は誰にも言っていないから、ばれようがないはずだ。
どうやってつながってしまったのだろう、ひどく気になる。
「どうするかしら?」
そんなことを聞かれても、答えは一つしかない。
一つしか答えられない。
「行きます」
その答えしか、出せないのだ。
どうして、ばれてしまったのかは、すごく気になるが、今はそんなことに意識を割いている余裕はない。
無謀とも言っていい挑戦をしなくてはいけないんだから、そっちに集中するべきだ。
そうでなければ、死んでしまいかねない。
手渡されたコアクリスタルをぎゅっと握りしめると雑念を振り払う。
さあ、試練開始だ。




