第二話 定まらない心
いったい、どれくらい見つめていたのだろうか、気がつくと僕は泣いていた。
まず、目に入ったのは、次の淡い光を受けて輝くステンドグラスだった。
三人の女神、ウルズ、ヴェルザンディ、スクルズが描かれていたものだが、それはみごとな意匠だった。
見た瞬間に心を奪われてしまった。
すっと心が洗われて行くのを感じたのだ。
心の中の膿が流れていっているのがよくわかった。
そして、何よりも懐かしさを感じだ。
そこに写る女神の姿に懐かしさを覚えたのだ。
辺りを見回す。
僕以外に人はいない。
壁にポツポツと唯一の灯りである蝋燭と教卓に長椅子があるほかには調度品の類はない。
「ん?あれは」
近づいてみると、それは木製のドアだった。
おそらく、その先は物置か、何かだろう。
別段気にするものでもない。
「開いてる」
だけど、ドアノブを回していた。
なぜかひどく気になってしまってまわしたのだが、本当に開いているとは思っていなかった。
理由は特にない。
本当になんとなく空けたいと思ったのだ。
そのまま覗き込んで見るが、中には何もない。
調度品もなければ、いすや机もないし、窓も何もない。
ただの空間。
中に入ってみても、それは変わらない。
やはりただの物置なのだろう。
そう思って、そのまま身をひるがえし、部屋を出ようとする。
その瞬間、足元に魔法陣が浮かび上がった。
ぎょっとして、慌てて魔法陣から飛び出そうとするが、時すでに遅し、目の前が真っ白に光る。
あまりのまぶしさに思わず目を閉じる。
途端に身体が軽くなり、まるで地に足付いていないような感じを受けたが、それも一瞬のことですぐに収まった。
それと同時にまぶしさもなくなった。
そっと目をあけると、全く見覚えのない場所だった。
「あら、お客様だなんて初めて。いらっしゃい」
女の声が聞こえた。
まだ、成人していないのだろう、少女特有のやわらかさが混じった声だ。
「貴方のお名前はなんて言うのかしら?」
振り向いた先にいた少女は、そう続けた。
「アキラ・ヒイラギです」
すらりと自分の名前が出た。
初めて見たはずの顔なのだが、なぜか彼女には親しみを感じて、違和感なく素直に言葉になった。
「ヒイラギ様ですね。私の名前は、サミュー=ヴェルザンディ=ヴィリと申します」
「え?」
再び固まる。
だが、先ほどのように見惚れて時が止まったものとは違う。
確かに彼女は綺麗だ。
紫に限りなく近い群青色の腿にまで達する長い髪と琥珀色の瞳が埋め込まれた白磁器のように真っ白な顔には、すっと鼻筋の通った鼻と桜色の薄い唇がちょことんと置かれている。
すらりと伸びた手足に均整の取れたプロポーション。
鑑賞に値する美少女であることには違いない。
だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
彼女の言った名前、それは、この世界ではあまりにも有名な名前。
「申し訳ありません」
僕はその場で跪き、首を垂れた。
サミュー=ヴェルザンディ=ヴィリとは、この国の女王の名前だ。
どうしてこんなところにいるのかなんていうのは分からないが、同姓同名なんていないだろうし、詐称もないだろう。
もし、そんなことをしようものなら命はない。
「どうか、頭を上げてください。貴方がここに来たということは、彼女に入ることを許されたということです。ですから、私が貴方を罰することはありません」
だけど、彼女が投げかけた言葉はひどく優しいものだった。
恐る恐る頭をあげると、彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。
「よろしければ、私の話し相手になってくださいませんか?一人で退屈をしていたんです」
「え、えっと、僕なんかでよろしければ」
「ありがとうございます」
そう言った彼女は穏やかに笑う。
その姿はカノン殿下と通じるものがあるが、だが彼女と違って幼さはない。
見て分かるほどの芯の強さがある。
穏やかで優しい雰囲気の中に、女王としての風格を漂わせている。
だが、その雰囲気が変わる。
魔法陣の発動を感じる。
つい先ほどまで自分が居た場所に先ほど見た魔法陣が浮き上がり、光り輝く。
そして、人の気配が二つ。
「ここが礼拝堂か」
「お、あれは、確か、サミュー殿下じゃないか」
「なら、ここであっているな」
振り向いた先には、先ほどまではいなかった男が二人。
一人は大振りの剣を持ち、もう一人はこれもまた大振りの鎌を持っており、両名とも仮面をつけている。
「とはいえ、これは困った。いないときを狙ってと思ったんだが、これは仕方ない、どうする?」
「発動状態を維持して、発動条件を探るつもりだったが、こちらではどうにも出来ないらしいな。失敗したが、まあ、足がつかないようにすれば大丈夫だろう。そのためのこの仮面だ」
嫌な予感がする、というよりも、それ以外感じられない。
「悪いけれど、ここの祈りの彫像を頂いて行かせてもらう。抵抗さえしなければ、危害は加えない」
「抵抗するようだったら、痛い目にあってもらう」
そう言った二人は武器を構える。
女王に向かって随分な言い種だ。
そもそも、見つかった時点で退散、という選択肢はないのだろうか。
下手しなくても衛兵を呼ばれて捕まる可能性とてあるのに、強硬手段に出るのは無謀もいいところだ。
「祈りの彫像、これのことですね」
だが、彼女はそれを意に介さないかのように背を向けると、一体の彫刻に触れる。
真っ白な女神の彫刻だ。
「申し訳ありませんが、それは出来かねます。この彫像は、この国のシンボル。それを奪われるわけにはまいりませんので」
そう言った彼女は穏やかに笑う。
「そうか、それは残念」
「不本意ではあるが、でやぁぁあ!!」
鎌を構えていた男が彼女に向かって思い切り振りかぶる。
こんなことをして、どうするつもりなのだろうか。
不敬罪どころではすまない大罪だ。
『ナインズソード』
だが、今はそんなことを呑気に考えている場合ではない。
そんなことはさせない。
狙った魔法が当たることはなかったが、それでも彼らはいったん引いた。
それを見計らって、僕は彼女の前に立つ。
完全に人のことを蚊帳の外にしてくれたが、この状況で無視はあまりして欲しくない。
コアクリスタルを解放する。
まさか、こんなことになるとは思っていなかったが、応急処置だけだが、してもらっておいてよかった。
とはいえ、正直言ってまずいと言えばまずい。
相手は二人で、こっちはサミュー殿下を守りながらの行動になる。
しかも、見た感じ僕よりも明らかにランククラスは上だ。
状況と言えば最悪。
だがここで逃げるわけにもいかないし、第一逃げ方も分からない。
ならば、勝てる気はしないが戦うしかないだろう。
それにしても、こっちに来てから、本当に運がなさすぎる。
どうして、こんなことばかりに巻き込まれないといけないのだろうか。
「邪魔をするつもりか?」
「目の前で女性が襲われているのを見て助けない、そんな情けない男にはなりたくないですから」
と言ってみるが、正直言えば、怖いし、今すぐにでも逃げたい。
もし逃げられる状況だったら逃げたかもしれない。
「邪魔をしなければ、命だけは助けてやる」
「その言葉が本当かどうか、その確証がないじゃないですか」
出来るなら、その言葉に飛びつきたいところだが、相手のことを信じられない以上、どうしようもない。
「何があっても邪魔をする、ということだな?」
『ブレイブバスター』
とりあえず、話は中断。
向こうのタイミングで攻撃されては勝ち目はない。
隙を縫っての攻撃のつもりだが、あっさりとかわされる。
まあ、この程度の攻撃ならよけられても仕方ないし、特別驚くようなことでもない。
「はあああ!!」
左からの大振りの剣を抱えた男が袈裟切りの斬撃を放つ。
それを、剣ではなく、
『アークライトシールド』
魔法結界で防ぎ、鎌を構えて、向かってくる方には、ナインズソードで牽制する。
『ディバインオーラ』
そして、アイシャ直伝の身体能力強化魔法を発動させる。
これなしでは、これ以上は抑えられない。
とはいっても、この状態でも分は悪い。
せめて、自由に動ければいいのだが、後ろにいる彼女のことがある以上どうしようもない。
後、唯一の勝機があるとするならば、リミットを解除してモードカタストロフィにすること。
だけど、あくまでも修理は応急処置程度だから、その状態になれば、長くは持たないし、そもそもこうして解放すること自体、負荷をかけるから、完全に壊れる可能性だってある。
そうなっては、もう二度と戦えなくなってしまう。
『アークライトジャッジメント!!』
とはいえ、だからと言って弱い魔法では抑えられない。
僕が使える中で一番範囲指定が広く攻撃力の高い魔法を放つ。
「意外と強力な魔法じゃないか」
「動き自体は素人だと思っていたが、手持ちの魔法はなかなかのようだな」
とはいえ、当たってはくれないみたいだ。
まあ、相手は人間だ。
始祖竜は別として、普通の魔物なんか知性なんてものはないから、強い魔法をばんばんと使っていれば、倒せるが、さすがにこの相手ではそうもいかないらしい。
まあ、最初からわかっていたこととはいえ、やりづらい。
「ヒイラギ様、私も戦います」
「いえ、陛下は、後ろでお待ちください」
せっかくの言葉だけど、さすがに彼女に戦わせるわけにはいかない。
女王である彼女が戦えるとは到底思えないし、何より狙われている本人に戦わせてしまっては、こうして間に僕が入った意味がない。
『エンジェルウィング』
翼を背負う。
もしものための保険だ。
最悪、彼女の後ろにある祈りの彫像から離れることになってしまうが、彼女とともにこの場を飛び退くことになるかもしれない。
『竜牙滅氷斬』
『紅刃炎覇斬』
というか、あっさりとそうなってしまう。
せっかくの結界は、二つの攻撃を同時に受けて砕けてしまった。
彼女を抱きあげると、その場を飛び退く。
『烈波雹弾』
だが、後退する僕を追いかけるようにして氷の礫が放たれる。
『ナインズソード』
それを光の剣ではじき返すと、向きなおす。
「祈りの彫像のところに戻してください」
「すみませんが、今は難しいです。ですが、何としても陛下も彫像もお守りいたします」
そう返すと再び構え直す。
なんだか、変な感じだ。
つい先ほどまでは面倒事はごめんだと、鬱々と考え込んでいたのに、今こうして面倒事に巻き込まれている。
しかも、守るだの何だのと、僕には不釣り合いな言葉を言っているあたり、余計におかしい。
もし、これで余裕があったら笑っていただろう。




