閑話 中村修平
大学にある、年季の入った喫煙所。
そこは中村にとって、ある種のオアシスのような場所だった。
「マジで単位やばい。中村、代わりに出席票だしてくんね?」
「無理だって。あの教授、出席の時だけやたら口うるさいから」
「チッ、使えねぇな」
「お前が来ないのが悪いだろ笑」
中村は笑いながらタバコを差し出す。
友人は「サンキュー」と受け取り、ライターの火を借りた。
一本のタバコ。ひとつの火。
それだけで、場の空気が少し柔らぐ。
中村はリーダーではない。
けれど、彼がいないと場がどこか噛み合わない。
逆に、彼がいるだけで人と人が自然に繋がる。
大学の真面目な連中とも、体育会の騒がしい連中とも。
さらには一人で座っている見知らぬ学生とさえ、気づけば会話が始まっている。
「お前さ、どこにでも馴染むよな。才能だわ、それ」
友人が煙を吐きながら言う。
中村は、自分の短くなったタバコを見て、小さく笑った。
「馴染んでるっていうか……」
一度、煙を吐く。
「ただ、そこにいるだけだよ」
「なんだよそれ。でもまあ、お前がいると安心するのはマジ」
軽く肩をすくめる。
その言葉を、深く考えることはなかった。
そのとき、不意に風が止んだ。
煙が、少しだけその場に滞留する。
いつもより、視界が白くなる。
「……あれ」
ほんの一瞬、息苦しさを感じた。
気のせいレベルの違和感。
すぐに風が抜けて、煙は散る。
「なんでもない」
誰も気にしていない。
会話はそのまま続いていく。
最後の一服を吸い込む。
いつもと同じ味。
同じはずなのに、少しだけ重い気がした。
「じゃ、俺、次の講義あるから行くわ。また後でな」
「おう、またな!」
背後から聞こえる、いつもの声。
いつもの温度。
中村修平は振り返らない。
呼ばれれば、また戻る。
そんな当たり前が、この先も続くと思っていた。
----------------------------------------------------------------------------------
ご覧いただきありがとうございます!
そういえば主人公の名前をまだ出していなかったなと思い、順番は前後しますが、閑話として簡単に紹介させていただきました。
※この作品には喫煙に関する描写が含まれます。
喫煙は20歳になってから。




