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11 受け止め方次第

 ――正直言って、舐めていた。


 それなりに共に過ごした時間、普段から過剰なくらいに受けるスキンシップ、そしてどんどん近くなる距離感。

 そうした諸々の積み重ねが、ラフニカを油断させていたのだ。もうとっくに慣れたものだと思い込まされていた。


 何にかって?

 ……フェリスの見目の良さに、である。



「そんなに見られちゃ、穴が空きますって」


 フェリスのからかう声が耳を素通りしていく。それでもラフニカは視線を外すことができず、フェリスを前にただ呆然と立ち尽くしていた。

 本気でラフニカが見惚れていることに気づいたのだろう。照れと困惑の混ざる表情で、フェリスがそっと頬をかく。

 パタパタ、と左右に揺れる尻尾が、彼の落ち着かない内心をあらわにする。


「すみません、ご挨拶が遅れて。その……今日の装いお似合いだと思います。……とっても」


 そんな彼を前に、やっとのことでラフニカが声を絞り出したのは。

 ――それからまばたきを十回ほどしてからのことあった。




 小さく息を吐き出しつつ、ラフニカはもう一度チラリとフェリスを盗み見る。

 とうとう来てしまった、ラフニカの実家へ挨拶に行く日。だがその憂鬱な感情も、この時ばかりは吹き飛んでしまった。


 だって、なにしろ。

 儀礼服に身を包んだフェリスは、本当に。

 普段から彼のイケメンぶりを間近で見ているラフニカが声を失うほど。


 端的に言って、『格好良い』以外の言葉が見つからなかったのだ。


 黒い飾り気のないマントは、却って彼の素材を引き立てる格好のキャンバスとなっていて。

 普段よりもきっちりと着込まれた軍服は、彼の意外に筋肉質な身体を剥き出しにして色香を放つ。


 そこからわずかに覗く首筋の色の白さと、喉仏の陰影。そこに金色の髪がひと筋だけ張り付いていて――そのすべてがドキッとするほどセクシーで、危うい魅力を孕んでいる。

 今まで自分はどうやってこんな見目麗しい彼と会話をしていたのだろう――考えれば考えるほど思考が空回りしていくようで、もはやフェリスの顔を見上げることすら困難になっていた。



「ラフニカちゃんに褒めてもらえるなら、儀礼服を引っ張りだしてきた甲斐もあるってもんですねぇ」


 珍しいラフニカのまっすぐな賛辞に一瞬だけ目を見開いたものの、フェリスはすぐにいつもの調子で飄々と返す。

 そしてすっと膝をつくと、ラフニカに大仰な仕草で手を差し延べた。


「お手をどーぞ、おじょーさん。今日一日、麗しい貴女のパートナーを務めさせてもらうことを心から光栄に思いますよ」


 一朝一夕で身につけたとは思えない、洗練された動作。そのタイミングで見計らったかのように、二人の前に乗合馬車が到着する。



「貴方という人は、本当に……いつもそうなんですから」


 その余裕綽々な態度と、そんな彼に見惚れてしまった自分。そのどちらもが面白くなくて、ラフニカはわざとつっけんどんに返した。

 素直ではないラフニカの返しは、いつものもの。……それなのに。


「そう。俺はいつだって変わりません。貴女の、受け止め方次第なんですよ」


 そう答えるフェリスの眼差しは、いつになく真剣で。


「え?」


 でも馬車に乗りこむタイミングだったために、その言葉の真意を聞くことは叶わなかった。


○   ○   ○   ○   ○   ○   ○


「ということで……彼とは結婚を前提にお付き合いをしています」


 大きな窓があるというのに、何故か陰鬱とした空気。

 冬の刺すような寒さは、屋敷に入ってさらに冷たさを増したようで。

 足音をできるだけ殺しているはずの使用人たちの気配が、却って神経を刺激する。


 息詰まるような空気の立ち込める中、ラフニカは落ち着いた声で挨拶を締めくくった。


 久々に戻ってきた実家の屋敷。ここで生まれ育ったはずなのに、居心地の悪さは相変わらずだ。

 この空気が嫌で、王都から馬車で数時間の距離でしかない実家に今まで帰省をしてこなかった。その判断は、どうやら間違ってなかったらしい。



 不機嫌な顔で黙り込んだきりの父親にちらりと視線を投げかけた。

 フェリスの挨拶と紹介は、済ませた。次は向こうの番だろう。


 そう思ってじっと待つが、父は無言のまま葉巻に火をつけはじめる。

 そしてこちらに目を合わせることもなく、苛立ちを表すように乱暴に煙を吐き出した。


「結婚相手なぞ自分で見つけると息巻いて出て行っておきながら……」


 痺れが切れそうなほどの時間経ってから、彼はようやく吐き捨てるように低い声を洩らす。


「年増になるまでお仕事ごっこで周囲に迷惑をかけた挙句、連れてきた相手は傭兵崩れの平民の穢らわしい獣……こんな女が我が家の名を引いているとは、情けない」


「お言葉ですが、彼は傭兵崩れではなく国民を守る立派な騎士様です。補佐官に任命されるほどの実力をお持ちですし、そして――今の時代に身分で値踏みすること自体ナンセンスですが――彼は自らの功績で叙爵を約束されています。平民ではありません」


「所詮一代限りの騎士爵だろう、そんなのは平民と同じだ」


 予想通りの否定と侮蔑に満ちた反応。いくら言葉を重ねようと、父親の(あざけ)る表情は変わらない。

 そのあまりに不愉快な態度に、フェリスに対して申し訳ない気持ちが募る。横でじっと静かに沈黙を守っている彼は今、何を思っているだろう。



「まぁまぁアナタ、その辺にしておきましょうよ」


 二人のやりとりを聞いていた母が、おっとりと口を開いた。

 彼女の人柄を知らなければ、それは救いの声に聞こえたかもしれない。だが、彼女の言葉が毒に満ちたものであることをラフニカはよくわかっていた。


「この子にマトモな嫁入り先が見つかるわけないじゃない。なにせ商家の後妻の話すら断られたぐらいですもの。むしろ、我が家のお荷物が片付くことを喜ばなくちゃ。この子を嫁に出さないと、ジャックの婚約の話だって進められないんだから」


 実の娘に向けるとは到底思えない蔑みの目線を向け、ラフニカの母は優しい口調で平然と言い放つ。


「むしろ私は、恋人の話が嘘でなかったことに驚いたわ。嫁ぎ先をどうやって見つけようか頭が痛かったけれど、これで一段落。まさか、我が家の持参金をアテにしている訳ではないんでしょう?」


「もちろんです」


 すかさずフェリスが頷く。

 その答えに満足したように母は口角を吊り上げた。


「それなら我が家も懐が痛まないし、良いじゃないの。――そうでしょう、アナタ?」



「だが結婚となると、どうしたって繋がりはできる。後から金を無心されても困るし……そうだ」


 わざとらしく言葉を切り、父はラフニカに視線を戻す。


「そこまで覚悟があるというのなら、私だって鬼じゃない。お前たちの付き合いを認めよう」


「ありがとうございます」


 内心で警戒しながらも頭を下げるラフニカに、彼は「ただし」とここからが本題だとばかりに続けた。


「今日これより、お前は我が家の娘ではないものとするのが条件だ。今後、うちの家名を名乗ることは許さん。たとえお前が困窮したとしてもうちが手を貸すことはない。……それだけの覚悟が、あるか」


「構いません」


 出された条件に迷うことなく、ラフニカは頷く。

 きっとラフニカが傷つくものと思って、その提案をしたのであろう。父親がわずかに目を見開いたのがわかった。


 ――貴族籍を抜くというのは、実のところかなり厳しい処分である。

 社交界での居場所はなくなるし、悪意ある噂にも晒されることだろう。社会的信用も失い、生きづらくなることは間違いない。

 そして、血を分けた家族とも今後一切の縁が切れることになってしまう。


 でも、ラフニカはそれでも構わなかった。もとより勘当されたも同然の関係。親子の縁がなくなったところで、何も変わらない。

 そして貴族として生きていくつもりもない彼女にとって、貴族でなくなるということはむしろ人生の枷がなくなったとも考えられた。


 ラフニカの反応に面白くなさそうに鼻を鳴らすと、父は執事に目配せをする。


「口約束では信用できないからな。ここで正式に文書に残していけ」


 手際よく出された書面に、彼らが最初からそのつもりで話を進めていたのだと気がついた。

 突き出された紙面に、思わず怯む。

 今更傷つくことなんてないと思っていた。覚悟を決めたはずだったのに、お前は不要だと告げるその文面に己の無価値さを思い知らされるようで……。


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