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9.アセビは女神のように美しい

「やっと見つけたよ」


図書館事件から一夜明け、今日も昼食は庭園でのんびりと食べていた。そこに、浮き足だった様子でアセビが現れたのだ。攻略対象だからなのかは分からないが、よだれを垂らしそうなほど顔が緩んでいても、アセビは女神のように美しい。


「私も座りたいから、どっちか寄ってくれる?」


ガゼボの机は丸だが、椅子は馬の蹄のように一箇所欠けている部分がある。開いている部分から机と椅子の間に入り、座りたい場所で腰を下ろす仕様だ。いつも等間隔で座っていて、切れ目部分の両端にガーベラとツワブキが腰を掛けている。


ツワブキが横に移動してきたので、わたしも間隔が4等分になるようにガーベラ側に寄った。


「フリージア、昨日の話を聞いたよ。どうしてもっと早く教えてくれなかったんだい?」


「話す機会がなかったですので。すみません」


「ああ、そうじゃないよ。責めているわけじゃないよ。ただ、あんなに楽しい話を、2週間近くお預けをくらっていたと思うと悔しくてね。いや、殿下が視察に行った時についていけばよかったのか……ああ、長い時間を無駄にしている。悔しいな」


アセビって、クールキャラじゃなかった? 天才すぎて1回で習得してしまうから、世の中が面白くないという設定だった気がする。


でも、目の前にいるアセビは、この世の頂点に立てそうなほどの美人ではあるが、年相応の少年にしか感じられない。表情もコロコロ変わり、雰囲気は穏やかだ。


「あのー、サンスベリア伯爵令息様。フリージアに、どのような要件でしょう?」


ガーベラが普通に尋ねている。貴族相手に怯えず話せているのは、大商人の血が流れているお陰なのだろう。といっても、ツワブキも何ら変わりない。わたしも特に気にせず、お弁当を食べ続けている。今年貴族部に入学した3人は、強い心臓の持ち主のようだ。


「ああ、私のことはアセビでいいよ。長いと嫌でしょ」


茶目っ気たっぷりにウインクされながら言われて、食べていたスクランブルエッグを喉に詰まらせて咳き込んでしまった。


アセビはクスクス笑っていて、ガーベラはわたしとアセビを交互に見ている。ツワブキは、水筒をわたしの目の前に置いてくれた。心を配ってくれるツワブキの優しさが有り難い。


水を数口飲んで喉と胸を落ち着けた後、わたしは図書館での出来事を掻い摘んで話した。静かに頷くツワブキに比べて、ガーベラは机を叩きながら笑っている。


「めっちゃ面白いこと考えるやん」


「だよね! 私も楽しくて大笑いしたよ」


「そんなに変なことかな? 騎士の人達も、絶対長い詠唱嫌だと思ってるよ……ううん、思っていますよ」


会話の流れからつい軽く話してしまい、すぐに言い正すと、アセビは柔らかく微笑んできた。本当に美しい。後光がさしていても違和感ないと思う。


「クラスメートじゃないか。敬語じゃなくていいよ」


「本当によろしいんですか?」


「もちろん。堅苦しいことは好きじゃないんだよね」


わたしとガーベラとツワブキは、お互いの気持ちを確認するように、横目で視線を合わせて頷き合った。


「んじゃ、お言葉に甘えるわ」


「そうして。私も気が楽になる」


笑い合っているガーベラとアセビ、無言で頷いているツワブキを見て、無意識に張っていたらしい肩肘が緩まり、小さな息が漏れた。


学園の外では気軽に話すなんて絶対にできないが、学生の間だけ本当の友達のように接せられたら素敵だ。お互いの見識は広がり、感受性を豊かにできるんじゃないかなと思う。


アセビが攻略対象という点が気になるし、近寄らないと決めていたけど、それはわたしの問題であって、ガーベラもツワブキもアセビにも関係がないことだ。3人が仲良くなるのをわたしの都合で邪魔するなんて、それこそ配役変更でわたしが悪役令嬢みたいじゃないか。


断罪されたくないので、そんなことはしないよ。わたしが目指すのは、両親や友達と楽しく過ごすモブ令嬢なんだから。


それに、ゲームとは色々違っているし、友達になる分には問題ないはず。だって、攻略対象4人がクラスメートなんだから、そもそも避けることは不可能だったんだよ。関わらないなんて無理無理。わたし、浅はかだったわ。


3年しかない学生生活なんだから、思いっきり青春しないとだよね。いっぱい頑張って、たっくさん笑ってる思い出を作りたいもんね。恋じゃなくて友情でアオハルするんだ。


「フリージアが言った騎士のことだが、俺の知識では騎士は魔法を使わない」


「え? そうなの!?」


「私の知識でもそうだよ。ただ副隊長以上になると、1つくらい無詠唱で魔法を使ったりするね」


「じゃ、じゃあ、攻撃や防御の魔法は?」


「後方支援の魔導師達の仕事だね」


ほへー、そうなんだ。わたしの夢は治癒師だから、治癒師以外の仕事って、実は詳しく知らないんだよね。


ただ治癒師については、どうすればなれるかまで調べ済み。学園を卒業後、国家試験に通れば治癒師になれる。試験に落ちたとしても、見習いを続けながら次の年に再度試験を受けることができる。


資格を取るだけなのだが、治癒師になれる人は限られている。人数制限ではなく、治癒魔法には魔力が多く必要になるから必然的に絞られるのだ。また魔力が多くても治癒魔法が下手であれば、もちろん試験に受かることはできない。


治癒師よりも効果が高い治癒魔法を扱える者が聖者(聖女)であり、ゲームのフリージアが就いた職業になる。


王立ブルーム魔法学園は、義務教育と専門学校が合体した授業内容と思ってもらえば分かりやすいだろう。1年生では得意不得意を把握するため、一般教養・基礎魔法・体幹の基礎訓練という風に全ての基礎を習う。2年生と3年生では、どの道に進みたいかによって受ける授業が異なってくる。選択科目は、途中で受ける授業を変更することも可能だ。治癒師になりたいなら魔法薬学中心になるし、騎士になりたいなら剣や弓などの格闘術学中心になる。一般教養や基礎魔法などについては継続してあり、クラス全員が受ける授業になる。


「なんかもったいないね」


「何が? 効率よく戦うための役割分担ちゃうの?」


「だって、騎士のほとんど人が魔法使えるはずなんだよ。短縮詠唱があれば、動きながら使えそうでしょ。防御しなくてよくなる魔導師の人達は、協力して大きな魔法の詠唱に時間をかけられるじゃない。絶対に短縮詠唱あった方がいいよ」


途端にお腹を抱えて笑い出したアセビに、一驚してしまう。ガーベラやツワブキも、アセビの笑いのツボが分からないのだろう。唖然とした面持ちをアセビに向けている。


「いいね。本当にいいよ。もったいない。まさにその通りだよ」


「ああ。俺は騎士を目指していたから、魔法の授業は適当にしようと思っていたが、フリージアの意見を聞いて変わった。真面目に受けようと思う」


「でも授業で習うのは、なっがーい呪文だよ」


「しかし、いつか短縮詠唱が完成した時に、魔法の使い方が下手だと意味がないだろう」


「うんうん。ツワブキ、君にも光るものを感じるよ」


「魔法の天才に言われると、嬉しいものだな」


言葉は硬い印象を伴っているが、ツワブキはどこか照れているように見える。


ガーベラが、わたしの腕を突ついてから身を寄せてきた。


「うちら女子とおって嫌とかはないやろうけど、ツワブキは男子の友達欲しかったんかもな」


「そうかもね。それにあの2人、仲良くなれそうだから嬉しいね」


ガーベラと小さく微笑み合って、いつもとは少し違うが変わらず楽しい昼休憩は過ぎていった。






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