8.「大好きだよ」いただきました
「あの、おうかがいしたいんですが……」
「なに?」
「わたし、魔法に疎くてですね。あの、複写や転写の魔法ってありますか? 探してみたんですが、魔法書が多くて途方に暮れまして……あれば教えていただきたいなと……」
コピー機の有り難さを思い知る異世界です。コンピューターという我儘は言わないので、せめて手書きを回避する方法が欲しい。いや、覚えるには書くのが一番なんだけど、本当に量が多くて終わりが見えないのよ。
「複写や転写?」
「はい。辞書の1ページを、そのままノートに書き写せればと思いまして。薬草って、言葉だけだと分かりにくいんですよね。自分で絵を描いてはいるんですが、やっぱり辞書のような繊細な絵が欲しいなと思うんですよ。そういう魔法はないでしょうか?」
目を丸くしていた2人は、考え込むように視線を下げてしまった。
「その魔法があれば便利だけど、機密文書とか複製されたら困るものは、どうすればいいのかな?」
「それなら、魔法で複写する方には、複写だと分かる模様を付けるのはどうでしょうか? あ、でも、それだと持ち出されたら困る文章には対応できませんね。だとすると、原本に複写できない魔法をかけるとかですかね。もしくは、そもそも特定の魔力を流さないと読めないようにしとくとか。後は……」
途中から考えながら話していて、わたしも斜め下を見ていた。だけど、無視できないほど視線が突き刺さってきたので顔を上げると、イキシア殿下もローダンセもわたしに注目したまま石のように固まっていた。
わたし、変なこと言った? 今、普通にお喋りしてただけだよね? 「複写や転写の魔法はあるのかい、ボーイたち」って問いかけたら、「その魔法があれば便利だけど」……あれば便利……あれば便利! ってことは、無いってことか!
そっかー。手書きで頑張るしかないのね。
わたしは苦笑いが出ないほど落ち込んでいるというのに、時を動かしたイキシア殿下とローダンセの輝いている顔よ。一体、どうしたの?
「君、面白いね。そういう話、大好きだよ」
へ? 聞き間違い? ううん、わたしの耳が、イキシア殿下の声を聞き間違えるなんてしないはず。
「殿下。実現できれば、役立つ魔法ですよ。アセビに話してみましょう」
「そうだね。アセビもきっと乗り気になるだろうね」
あー、絶対に言ったよ。イキシア殿下の「大好きだよ」いただきましたー。
あんなにも楽しそうな声で、「大好きだよ」を聞ける日がくるとは。神様ありがとうございます。
「ええ。最近『楽しくない』が口癖でしたから、嬉々として開発しようとするんじゃないでしょうか」
「そうだ。アセビも君と話したがるとおも……」
「殿下、どうされました?」
イキシア殿下が生きている世界に来ることができて、学園に入学できて、本当に幸せです。何度もリピートできる。――「大好きだよ」「大好きだよ」「大好きだよ」――
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「え?」
「今日は良い夢が見られそうです」
ボロボロと溢れる涙を止めるために大きく深呼吸して、満面の笑みで頷いた。顔を崩してしまうのは仕方がない。だって幸せなんだもん。
「そ、そう。それはよかったよ」
あれ? イキシア殿下もローダンセも戸惑っているように見えるけど、どうしたんだろう? ローダンセから借りたハンカチが絞れそうなほど泣いたから、ビックリさせちゃったのかな?
でも、それは許してほしい。あんなに素敵な声で「大好きだよ」が聞けたんだもん。胸がいっぱいで涙が止まらなくなるのは、自然の摂理なのよ。
「でね、アセビに君のことを話したいんだ。いいかな?」
もしかして、わたしが脳内リピしている間に、そんな話をしてたのかな?
うーん……今、何も気にせず楽しくお喋りしてしまったけど、何してるんだ状態なんだよね。攻略対象者と関わって、アマリリスとの関係が拗れてしまったら、もうヒロインじゃないわたしは乗り越えられないと思うからね。
でも、この国の王太子が「友達に今の話をしていいか」という単純な確認をしてきただけなのに、平民のわたしが「嫌だ」なんて言えるわけがない。「君から話してほしい」なら断れたけどね。ただイキシア殿下は、面白いと思ったことを友達に話すだけなんだよね。
「もちろんです」
「ありがとう。きっと喜ぶよ」
しょうがないよね。「大好き」ボイスをいただいたお礼というには安い気もするけど、その分の対価は払うべきだもんね。ボイス解放の課金だと思えばいいんだよ、うんうん。
今のわたしに差し出せるのなんて、この体しかないんだから。これはWIN−WINな正当な取引で、アマリリスと対立するような泥沼に足を突っ込む出来事じゃないよね。
わたしは、心の中でため息を吐き出した。誰に対しての言い訳なんだろうと、クラスメート相手にそんな風に思わないといけないなんてと、やりきれない気持ちになる。
転生先の人物がヒロインじゃなくて、全く関係ないモブだったらよかったのにな。
「他に何かあればいいなと思う魔法はありますか?」
「んー、そうですねぇ……あればいいなというより、魔法の呪文って短くならないのかなって思います」
先日、第1回目の魔法学の授業があった。その時に、「なっが! こんなの絶対に噛むよ」と戦々恐々していた。覚えられる自信すらない。光を灯すだけなのに「ククイエホーマラマラマアナイカプーラ」という呪文に、「何文字あるの?」と文字数を数えたくらいだ。
「長いかな?」
「長いですよ。緊急の時に思い出せないかもしれないですし、焦っている時に噛んじゃう危険性があるんですよ。短かったら間違えずに言えると思うんですよね」
力説してしまい、イキシア殿下とローダンセに小さく笑われた。わたしには死活問題なのに、2人は余裕なんだろうな。
そういえば神殿に通っている時、魔法はカッコいい呪文が多いって神官達が言っていた気がする。
2人も、あの長ったらしい呪文をカッコいいと思っているのか。だから、短くしたいわたしの気持ちを、理解してもらえないんだ。
「熟練度がマスターになれば、無詠唱できますよ」
「そうなんですか! いや、でも、マスターになるまでが……うっ」
苦しそうに胸を押さえる下手な演技をすると、また2人に静かに笑われた。さすが乙女ゲームの攻略者達だ。馬鹿にする素振りが一切ない。スマートである。
「神殿では、魔法の勉強をしなかったの?」
「はい。神官様達には勧められましたが、わたしが先に魔力操作を完璧にしたいとお願いしたんです」
「魔力操作とは、どういうことでしょうか?」
「えっと、わたしって魔力量が多いんですけど、その魔力で魔法を使うのは怖いじゃないですか。必要以上の威力になっても困るし、そのせいで被害が出たら嫌ですし。それに、魔力量の調整ができたら魔力の温存にもなるんじゃないかなぁって、勝手に思っているんです」
イキシア殿下とローダンセの瞳が輝いて、口角が上がっている。またもや、男子学生の心をくすぐることを言ってしまったようだ。
「どうやって練習したの?」
「魔力測定器です。出したい数値になるように練習しました。まずは魔力を出さないゼロを目指して、そこから数字を刻んでって感じです」
「あれって、体内の魔力量を計るんだよね?」
「そうです。だから、全てを遮断して、体内に魔力を閉じ込めるイメージです」
「閉じ込めるですか……この話もアセビは喜びそうですね」
「うん。でも、短縮詠唱の話に1番飛びつきそうな気がするよ」
「未知の領域ですものね」
将来天才魔導師になるアセビなら、叶えてくれるかも。よろしくお願いします。
というか、アセビルートは魔法が鍵だったような気がする。攻略順がイキシア→ローダンセ→アセビ→クフェア→イキシアだったからなぁ。よく覚えていないんだよね。
隠しルートは4人攻略後に解放されるけど、攻略する前にイキシアを挟んだせいで満足しちゃったんだよね。だから、誰かというのだけは覚えているけど、内容は全く知らない。変な地雷だけは踏まないように気をつけよう。
「そろそろ迎えが来る時間だから失礼するよ」と、2人は笑顔で手を振って去っていった。見えなくなるまで後ろ姿を見送ってからペンを手に取るが、勉強を再開する気になれなくて学生寮に戻ることにした。
部屋に帰ってからというもの、図書館での会話というより、イキシア殿下の声を反芻して悶えていたのだった。




