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7.わたしの夢

放課後になり、ガーベラとツワブキと別れて、日課になりつつある図書館に向かった。


王立ブルーム魔法学園の図書館は、国内で2番目の所蔵数を誇っている。国内一の図書館は、魔導機関の建物内にあるらしい。国内で2番目は伊達ではなく、お目当ての本がどこにあるか分からないと途方にくれるほど、横にも縦にも広い。わたしも初めて訪れた時、館内を歩き回るだけで閉館時間になっていた。


図書館内の薬草学コーナーの一角が、通い始めてからの定位置になっている。


今日も数冊の本を選び、大きな共同机の端っこを陣取った。腰を落ち着けて勉強する場所に丁度よく、端に居るので目立たないし、大きな窓から差し込む光で手元は明るい。文字の見すぎで目が痛くなったら、外の景色を眺めて気分転換できるのも高ポイントだ。


今日も黙々と、薬草の辞書と製薬の教本を見比べながら、数冊のノートに書き込んでいく。


そろそろ一旦目を休ませようかなと思った時、広げている薬草の辞書の横を、人差し指でトントンと叩かれた。綺麗な指と手の甲に見惚れていると、もう一度机を突かれる。


意識が戻ってきて、叩いていた人物の手から腕を辿り顔を見やると、イキシア殿下が微笑んでいた。イキシア殿下の隣には、ローダンセが座っている。


「……で、殿下?」


攻略対象者で生真面目キャラのローダンセが、図書館で勉強していることには気付いていた。イキシアルート以外うろ覚えなので明確ではないが、ローダンセルートでは図書館での勉強会イベントがあったはず。


だとしても、お互い違う机で勉強しているし、いまだに言葉を交わしたことはない。クラスメートだけど、わたしの顔すら覚えられていないかもしれない。


そんな状態で、話しかけられるとは思っていなかった。しかも、イキシア殿下付きだなんて信じられない。


「久しぶりだね。挨拶さえできなくてごめんね。学園には、もう慣れた?」


教室に居る間はいつも耳を澄ませて拾っていた声が、他の雑音なくはっきりと聞こえる。体に酸素が行き渡るような感覚に、甘い喜びが胸を跳ねさせた。絶対に泣かないと決めていたのに、そんな決意を思い出す前に涙は頬を伝っていた。


イキシア殿下は困ったように、でもどこか可笑しそうに微笑み、ハンカチを差し出してきた。


「どうして君は泣くのかな?」


「殿下の声が素晴らしすぎるんです」


数回瞬きをしたイキシア殿下は、左手で口元を隠し、俯いて肩を揺らしている。


声を出して笑いたいのだろうが、ここは図書館だ。近くに人は居ないので小声で話す分には問題ないが、それでも楽しそうに笑うなんて以ての外な建物。イキシア殿下のとった行動は、模範解答になる。


笑いを堪えているイキシア殿下に代わり、ローダンセが自身のハンカチを、わたしのノートの上に置いてきた。イキシア殿下のハンカチを受け取るな、ということらしい。


大丈夫だよ。はじめから自分のハンカチを使う予定だったから。でも、ノートの上に置かれてしまったハンカチって、どうやって断ればいいの? 「あるんでお返しします」って、逆に失礼にならない? 使っていいのかな? ええい! 使ってしまえ!


わたしは2人に頭を下げてから、ローダンセのハンカチで涙を拭いた。笑いが収まったイキシア殿下は、手に持っていたハンカチをジャケットの内ポケットに戻している。


「そんなに真剣に、何を勉強しているんですか?」


ローダンセの質問に、わたしは辞書やノートに視線を巡らせてから顔を上げた。平民相手でも会話してくれるらしい。わたしを見る瞳に嫌悪感は窺えない。さすがは攻略対象、優しい。


「勉強というよりも、薬草を纏めています」


「辞書があるのにですか?」


「はい。辞書は順不同で載っていて、調べる時に時間がかかってしまいます。ですので、名前順ノート、薬効順ノート、毒だけ纏めたノートを作っています」


2人に覗き込むようにノートを見られたので、ノートを2人の前に移動させた。


「必要ですか?」


「新しい薬を開発したいとかになると、薬草の知識は絶対に必要ですから。わたしに莫大な量の薬草を覚える知能があればいいんですけど、悲しいことにないんです」


イキシア殿下とローダンセが、顔を見合わせている。珍妙だと言わんばかりの声色で、イキシア殿下に問われた。


「新しい薬?」


学園に入学したばかりの小娘が、新しい薬の開発とか言ったのだ。そりゃ気になるはずだ。


「そうです。新しい薬です。わたし、平民でも常備できる薬を作りたいんです。解熱剤や痛みが和らぐ飲み薬や塗り薬、赤切れしている手を治す塗り薬などです。他にも色々ありますが、平民でも買える薬があれば、辛い思いをしながら働かなくてよくなりますから」


開発に成功したら、きっと喜んでくれる両親を思い浮かべるだけで、ほんわかと胸が温かくなる。頑張ろうってやる気が溢れる。


イキシア殿下とローダンセの朗らかな笑みに、穏やかな空気が流れているのを感じた。


「素敵な夢だね。しかし、薬でさえ平民には買えないのか……」


イキシア殿下は次代の王様だもんね。平民のことを気にしてくれる王子様で嬉しいよ。この話なら答えられるからね。現状は、こんな感じだと思うよ。


「買えない人達はいるでしょうが、大勢が買えないわけではないと思います」


「どういうことですか?」


「高い薬を買うくらいなら、そのお金で美味しい物を食べさせてあげようとか、そろそろ新しい洋服を買ってあげようとか、何かあった時のために貯金しておこうとかになるんです。それこそ、誰かのためには薬を買うけど自分は我慢するとか。生活に余裕はありませんから、お金をどう使うかで変わってくるということです」


「でも、病気は怖いよ」


「はい。だからこそ、誰もが気軽に買える薬を開発したいんです」


将来の理想のお店はドラックストア。プチプラな化粧品も開発したい。


「それで、薬草に詳しくなろうとしているんだね」


「はい。まずは既存の薬を作れるようになってからだとは分かっているんですが、今は製薬練習できませんから。できることを考えたら、知識を得ろうだったんです」


「君はスゴいね」


嫌味なく褒められると恥ずかしくて、頬が熱くなちゃうよ。イキシア殿下の感嘆にも似た言葉に、ローダンセも頷いているしで、本当にむず痒い。


挙動不審になって変な子認定されたら嫌だから、もう話題を変えよう。2人共英才教育で育っていると思うから、魔法に詳しいかもしれないもんね。






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