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52.私と婚約しませんか?

放課後に昼食場所になっているガゼボに到着すると、ローダンセはすでに来ていた。


図書館で合流する時もだが、教室を出るタイミングが違うので一緒に向かわない。わたしはガーベラやツワブキと挨拶をしてからアセビと向かうし、ローダンセはたぶんイキシア殿下達を馬車止めまで見送ってから来ていると思う。


「どうしていつも、コムラサキ侯爵令息様の方が早いんでしょうね」


「私は1人だと歩くのが、とても速いんですよ」


思ってもいなかった言葉を返されて、頭にハテナを浮かべた後に、盛大に吹き出してしまった。THE真面目のローダンセがそんな冗談を言うなんて、おかしくて仕方ない。


「今度、どっかで見かけてみたいですね」


「速すぎて気付いていないだけだと思いますよ。話しかけられたくなくて、ついつい早足になってしまうんです」


冗談じゃなくて、本当のことだったの?


「では、学園の中でだけ早足なんですか?」


「はい、そうです。父にバレたら『交流を疎かにしてどうする』と怒られるので、秘密にしていてください」


茶目っ気たっぷりに言われて、笑顔で頷いた。


アセビがいると、アセビとローダンセが話しているところに加わっているだけという感じなので、実はローダンセとしっかりと話したことはない。2人っきりで大丈夫かな? と少しだけ不安だったが、要らぬ心配だったようだ。ただのクラスメートというより、友達のように接しられて嬉しい。


「フリージアさん、勉強の前にお話したいことがあります」


「あ、はい。相談事ですよね。何でしょうか?」


「私と婚約しませんか?」


至極真面目な顔で、一切の甘い雰囲気はなく、平坦な声で告げられた。


言われた内容もだが、自分に好意なんてないと分かる男性にそんなことを伝えられたら、視覚からと聴覚からの情報が異なりすぎて脳がバグってしまう。おかげで本当に馬鹿っぽい、「へ?」という単語しか出てこなかった。


「私には婚約者はいなく、父にそろそろ決めるようにと口を酸っぱくして言われています。最近では母も、姉の心配が減ったからか、縁談に乗り気になってしまいまして……」


「えっと……侯爵夫人を参戦させたのは、わたしのせいだから責任を取れ、ということでしょうか?」


「違います! そんな理不尽なことを言いませんし、姉のことに関しては感謝しかありません。フリージアさんに困ったことがありましたら、何でも協力するつもりです」


「えっと、はい、ありがとうございます……いや、え? でしたら、どうしてでしょうか? わたし、平民ですよ?」


『おい。小娘の恋愛などどうでもいいから、クッキーを出せ』


どうでもよくないからね。それに、恋愛じゃないよ。恋でも愛でもなく、ローダンセは肩書きの話をしているんだよ。契約の婚約者とかそっちの話に……って、何かの乙女ゲームか小説が混じろうとしている?


って、ないない。アサギが尻尾で手を叩いてくれたおかげで、正気が戻ってきたよ。ありがとう。


鞄の中からクッキーを出すと、アサギは机に座ってボリボリ食べはじめた。


アサギの名誉のために伝えておくと、アサギは図書館では眠っている。図書館は飲食禁止だと分かっているようで、クッキーやシフォンケーキを要求されたことはない。今は外だから音を気にせず食べているのある。


「フリージアさんは平民だからと仰いますが、その考えは消した方がいいと思いますよ。緑色の瞳で白竜様がいらっしゃるというだけで、取りこみたいと考えている家は多いですからね。縁談の話がないのは、陛下と父が『申し込みたいのなら、まずは王家を通すこと』と貴族達に通達したからです」


「え? そんなことしてくれていたんですか?」


「はい。白竜様がいらっしゃるので、力付くでどうこうという心配はありませんが、縁談の申し込みとなると、家格の差でフリージアさん側は断れないだろうからとの配慮からだそうです」


もう二度と会うことないと思うけど、もし陛下とコムラサキ侯爵に会うことがあったら、めちゃくちゃお礼を言おう。イキシア殿下の側室って陛下の悪戯だって話だったけど、もしかしたら暴走するかもしれない貴族を牽制するためだったのかも。


「わたしの状況は分かりました。でも、どうコムラサキ侯爵令息様と繋がるんでしょうか?」


「今の話と私とは繋がりませんよ。フリージアさんへの縁談は、王家が認めないといけないというのをお伝えしただけですので」


あ、そっか。そうなるのか。わたしの結婚って結構大事になるのね。というか、この世界でも恋愛できる気がしないから、結婚しないと思うんだよねぇ。


「私はただ、フリージアさんに婚約を申し込んだだけです」


「コムラサキ侯爵令息様なら、より取り見取りですよね? どうしてわたしなんでしょうか? わたしを好きじゃないですよね?」


小さく吹き出したローダンセが不思議で、首を傾げる。


「人しての好感は高いですよ。話していて楽しいですし、目標を掲げて共に歩むことができると思いますしね」


「でも、結婚ですよ。これから好きな人ができるかもですよ」


初めて寂しそうに微笑むローダンセを見た。その面持ちが儚くて、胸が締め付けられる。


「好きな人、できたらいいですね。もし私と婚約をした後で、フリージアさんに好きな方ができましたら婚約を解消していいです」


それ、『花束をあなたに』のゲームと違う話になっちゃうし、そのポジは悪役令嬢のものだから。


ん? だから、ヒロインから外れたあたしに回ってきたとかなの?


「いえ、コムラサキ侯爵令息様とではなく、もしも誰かと誓いを結んだのなら裏切るようなことは決してしません。そういうのは好きじゃないんです」


「私も同じ考えです。恋じゃなくても愛情を育んでいければと思っています」


「えっと、その育む相手に、どうしてわたしを選ばれたんですか?」


本当に、ここ重要。緑の瞳だからとか、アサギを取り込みたいとかなら、ローダンセ相手でも一昨日きやがれってになるからね。


「適材適所なのかなと思ったんです」


「適材適所ですか?」


「はい。今日の朝の悪意ある噂が立ってしまったのは、フリージアさんとアマリリス嬢の接点が無さすぎたからだと思うんです。私とフリージアさんが婚約をすれば、自ずと一緒に過ごす時間は増えるでしょうから、あんな噂をされることも無くなるはずです。後、相手がフリージアさんだと家族が喜びます」


あの噂って、放っておいてもいいくらいなものじゃない? わたしが違うって言えばいいし、イキシア殿下だって誤解だって分かっているんだから問題ないよね? 周りの目なんて気にする必要ないと思うんだけど。


「どうしてコムラサキ侯爵令息様は、自分の人生を使ってまで、噂を立てられないようにしたいんですか?」


「殿下とアマリリス嬢の仲を壊そうとする人が多いんですよ。私の姉みたいに、真正面からアマリリス嬢と対決するという令嬢なら微笑ましいくらいで終わりますが、実際はアマリリス嬢を蹴落とそうと裏での画策が多いんですよね。殿下に色目を使う令嬢も後を絶ちません。私は、あの2人が治める世が穏やかであってほしいですし、あの2人にも仲睦まじく過ごしていてほしいんです」


んー、イキシア殿下達を支えたいからという理由で、婚約者って決めるものなのかな? 高位貴族だから、そう教育されているとかなのかもしれないけどさぁ。せめて、ローダンセのことを好きな令嬢を迎えた方がいいと思うんだよね。わたしは本当に、面倒くさそうな貴族社会に足を突っ込みたくないんだよ。


「コムラサキこうしゃ——


「前から思っていましたが、ローダンセと呼んでください。それと、返事は今じゃなくていいです。私を婚約者候補として、男として見てみてください。選んでもらえましたら、必ず幸せにすると誓います」


わたしが断ろうとしたのを感じ取ったのか、ローダンセはわたしの言葉を遮って柔らかく微笑んできた。


さすがは攻略対象者。ここぞという時の顔と声が、反則なほど素晴らしい。


「勉強しましょうか」


「そうですね」


今断っても、たぶん諦めてくれないだろう。もう一度さっきと同じ言葉を言われる気がする。だから、少し経ってから、きちんと断りを入れよう。


ローダンセは優良物件だと分かるが、やっぱりわたしは誰かを好きになってから、その人と結ばれたい。贅沢な悩みだけど、ローダンセが相手では貴族社会で生きていこうと決意できないのだから仕方がない。






リアクション・読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。

本当にゆっくりにはなりますが、更新は続けていきます。

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