31.イキシア殿下の側室?
柔らかな時間が過ぎ去り、ようやく「謁見室にご案内いたします」と呼んでもらえた。
もうお腹がちゃぽんちゃぽんだ。淹れられるまま何杯も飲んでしまった。
「これより先が謁見室でございます」
早く呼ばれて終わらせたいと思っていたけど、目の前にすると心臓が痛いほど早鐘を打っている。
深呼吸したくらいで落ち着かないのは分かっているが、それでも深く深呼吸をして、大きく頷いた。
ドア横に待機している騎士がドアを開けてくれ、気後れしないよう前だけを向いて、赤い縦長の絨毯の上を歩いていく。
段差の上には重厚な椅子が2脚あり、両陛下が腰をかけている。陛下の横にイキシア殿下が立っていて、イキシア殿下の肩には赤い小鳥が留まっている。
絨毯の両脇には、偉いと思われる人達や体格がいい人達が待機している。わたしの顔の横を飛んでついてくるアサギを見て、感嘆の息を漏らしている人やヒソヒソと話している人が多い。
想定内だ。何パターンか予想した内の、とやかく言ってくるパターンだ。
だったら余計に、付け入る隙を与えるわけにはいかない。身を縮めず背筋を伸ばし胸を張って前に進んでいく。
段差の下付近に到着し、重心がしっかりとしたカーテシーをした。
どよめく周りを気にせずに、挨拶の言葉を述べる。
「王国の太陽、並びに月であられます両陛下にお会いでき、恐悦至極でございます。平民であるわたしフリージアに、夢のような幸せを与えていただき感謝しております。王国の星であられる王太子殿下と休日までお会いできることも、心嬉しく思っております。誠にありがとうございます」
王国の太陽等の枕詞は、アセビが教えてくれた。カーテシーも「こうだったはず」とやって見せてくれた。親切に教えてくれたアセビのためにも、失敗は許されない。成功したと笑顔で報告したい。
「そなたに堅苦しい挨拶をさせるつもりはなかったんだが……見事な挨拶だ。面を上げなさい」
陛下の声にゆっくりと頭を上げ、姿勢を伸ばした。
挨拶が終わったからといって、油断してはいけない。王城を出るまでは、「平民が」と言われないように気を張るべきだ。
「フリージアよ。横で飛んでおられるのが、白竜様だな?」
「はい、その通りでございます」
「まだ数日だが、白竜様との生活はどうだ? 不便をしていないか?」
「新しい発見ばかりで、毎日楽しく過ごしております」
「新しい発見とは?」
「白竜はお風呂が大好きでして、必ず入りたがります。魔法に関しては無詠唱で使用ができ、鳳凰には負けますが治癒も可能だそうです」
「なんと素晴らしい」
鳳凰がイキシア殿下の肩から飛び立ち、わたしの肩に留まり直した。
周りのどよめきが大きくなるが、視線を彷徨わせることはしない。今は陛下と会話中だ。周りが五月蝿いからといって、陛下から視線を逸らすのは失礼になる。
『治癒は私の分野ほ。白竜は勝てないほ』
『うるさいぞ。貴様は、我の水魔法には勝てぬだろ』
やっぱりアサギと鳳凰のやり取りは可愛い。頑張ってキリッとさせている顔が、ニヤけそうになる。
「何を話しておるのだ?」
「予想ですが、どちらが優れた魔法を使えるか言い合っているようです」
陛下の問いに答えたイキシア殿下に顔を伸ばしかけたが、どうにか耐えた。
イキシア殿下なら、きっとアサギの声も聞こえているはず。なのに、予想とは? 声が聞こえることを隠さなければいけない何かがあるのだろうか?
「私からすれば、白竜様も鳳凰様も優れすぎているがな。会えることが叶う日が来るとは、夢にも思わなかったぞ」
横暴な人だったらどうしようと心配していたが、陛下の印象は優しい人だ。アサギを寄越せと言われないようでよかった。あげられるものじゃないけど、傲慢な権力者なら奪おうとするイメージがあるから。
「フリージアよ。此度の白竜様の召喚、実に素晴らしい。褒美をとらせようと思うが、希望はあるか?」
「では、お願いがございます」
「申してみよ」
「保存期間が長い薬を、いくつかいただけないでしょうか。両親に送ってあげたいのです」
「そんなことでいいのか? イキシアの側室を望んでもいいんだぞ」
予想もしていなかった言葉に顔を崩しそうになったが、横から飛んできた怒鳴り声に踏みとどまれた。
「陛下! 側室だろうと平民はありえません!」
王妃もイキシア殿下も表情を変えない。動揺しているのは両脇に立っている人ばかり。
声を上げたのは、紫色の無動作ヘアで赤い瞳の男性だった。とても整った顔をしている。
「何を言うか、ディセルファセカ公爵。緑色の瞳を持ち、成績優秀な上、使役している魔物は白竜様。イキシア以外の誰が娶れるというのだ」
そういうことか。アサギは欲しいが寄越せとは言えない。ならば、使役しているわたし事、取り込もうという考えだ。でも、正妃の位置には公爵令嬢のアマリリスがいるし、わたしは平民だ。苦肉の策として側室が出てきたのだろう。
「ノースポール公爵家にクフェアがいます。クフェアの愛妾でいいではありませんか」
「我が家は代々、妻だけを愛する。愛妾を持つことを良しとしない」
渋い声が聞こえた。口髭を携え、ピンク色の髪をアップバンプヘアしている、こちらも赤色の瞳で日に焼けた男性だ。言い返したということは、この人がノースポール公爵なのだろう。
「それは側室を持とうとする殿下を愚弄しているのでは?」
「そういうことは言っていない。王になる者が、後継者を残すために重婚することは大切なことだ」
「我が娘が生めないと仰るのか!」
大きな音が鳴り、争う声も勝手気ままに話していた声も静まった。
クラッカーのような音を魔法で鳴らしたのは、段差の下で陛下達に最も近い場所に立っている男性だった。赤い髪をコームオーバーし、眼鏡の奥に光る青色の瞳を鋭くしている。
「学生であるフリージアが落ち着いているんですよ。大人である貴方方が騒がしいとは、恥ずかしくないのですか」
「状況についていけず、何も言えないだけでしょう。優秀な我が娘とは器が違うんですよ」
鼻で笑うように言うなんて感じ悪いな。あの人がアマリリスの父親なんだよね?
うーん……転生者のようには1ミリも思えないけど、疑うならアマリリスの両親が濃厚なんだよねぇ。
だとすると、母親が転生者? 「転生したら悪役令嬢の母でした」だったのかなぁ?
『あやつを殺してしまうか?』
『賛成ほ。殺そうほ』
「ダメだよ。ダメ」
飛んでいきそうになる一頭と一羽を、両手で押し留める。アサギと鳳凰は、膨れっ面になりながらも言うことを聞いてくれた。
「どうした?」
「鳳凰は怒っていて、白竜様も憤慨しているようです。それを彼女が止めてくれました」
またもや陛下の問いに、イキシア殿下が答えている。
会話を聞いていたディセルファセカ公爵は、顔面蒼白になっていた。さすがにアサギや鳳凰には、高圧的な態度を取れないらしい。
「ディセルファセカ公爵は、フリージアに感謝しないとな」
青い顔をしているくせに、舌打ちをする元気があるとは。あんな大人にはなりたくないものだ。
というか、アマリリスとは全く雰囲気は似てないんだな。反面教師なのかも? それとも、やっぱり父親が転生者で演技しているとか?
本当に分かんないなぁ。
「転生したら悪役令嬢の母でした」あるかもですよね……(´⊙ω⊙`)
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