30.控え室での一幕
わたしは体と心を強張らせながら、王城の応接室でアサギとお茶をいただいている。
学園に迎えに来てくれた空飛ぶ馬車が、予定よりも早く王宮に着いたそうで、時間までゆっくりしていてほしいと通されていた。
砂埃1つ、髪の毛1本さえも落とせないと思える部屋で、唯一わたしの緊張を解してくれているアサギは、わたしの膝の上に座ってクッキーを食べている。
1枚目を渡した時は、お茶を用意してくれた侍女の人は目を見開いていた。2枚目からは、クッキーを食べているアサギの可愛さに目を垂らしている。
わたしは慎重に喉を潤しながら、頬が落ちそうなほど美味しいケーキに舌鼓を打っていた。
『小娘よ。それは、そんなに美味しいのか?』
「美味しいよ。生クリームがないところ食べてみる?」
『うむ。食べてみよう』
行儀が悪いと分かっているがケーキを横に倒し、フォークで生クリームを避けながら、スポンジだけをアサギにあげた。もちろん避けた残骸は、責任をもって美味しくいただいている。
『おお、甘く魅惑的な味よ。もっと寄越せ』
「もう少しだけでいい? そんなに生クリームだけ食べられないよ」
『残せばよかろう』
「作ってもらっているのに、残すなんてしちゃダメなの。このケーキ1つできるまでに、たくさんの人が関わっているのよ。その人達の努力の結晶なの。食べ物は絶対に残してはいけません」
『力説せずともよかろう』
「するよ。衣食住って本当に大切なんだよ。世の中にはままならない人もいる中で、わたしは今お呼ばれして美味しいものをいただいているの。幸運に恵まれているの。手をつけたものを残すなんて、絶対にしちゃいけないの」
『手をつけていない物は、よいのか?』
「うん。綺麗なままなら誰か食べられるでしょ」
『自然界では手をつけておっても、食べられる物は食べるぞ』
「そっかー、自然界は厳しいね」
平民の貧困層は食べかけでも貰えたら食べると思うけど、とは言わなかった。
ここは王宮だ。部屋に控えている侍女も、たぶん貴族だろう。卑しすぎることは言えないし、食い散らかして平民の印象を悪くしたくない。
それに、わたしだって綺麗に食べてもらえた方が嬉しい。自分がされて嫌なことは他人にしてはいけない。
「あ、あの……」
静かに壁の花になっていた侍女の人に声をかけられた。桃色の瞳で、落ち着いた赤色の髪をおさげにしている。
「何でしょう?」
「失礼だと存じておりますが、白竜様を触らせていただくことは可能でしょうか?」
物凄く勇気を振り絞って尋ねてきたようで、震えている両手を祈るように握りしめている。
『否だ』
「ちょっとくらいダメなの? アサギが可愛くてカッコよくて強いから、みんな憧れちゃうんだよ」
『うむ……我は、可愛くてカッコよくて強いのか?』
「当たり前じゃない。わたし以上にアサギを好きな人はいないだろうけど、みんなアサギを大好きなんだよ。アサギに会えるだけで嬉しいし、触らせてもらえたら幸せなんだよ」
アサギは短い腕を腕組みして、満更でもなさそうに頷いている。誇っている表情が可愛らしい。
『よかろう。特別だぞ』
アサギの頭を撫でてから、侍女に向かって微笑んだ。
「特別にいいそうです」
「あ、ありがとうございます!」
瞳を潤ませている侍女がわたし達の前でしゃがみ、アサギに目線を合わせてから頭を下げている。
「触らせていただきます」
侍女の震える指が、アサギの頭を撫でた。
感動で口を半開きにしている侍女の気持ちは、よく分かる。
気安く会話をしているが、白竜は全ての魔物の頂点に君臨する魔物だと、まことしやかに語り継がれている生き物になる。存在するのかどうかも定かではない、と伝えられている。
だからこそ、触れている部分が夢や妄想ではなく現実だと教えてくれ、胸を打たれるのだ。
「とても気持ちいい肌触りです。本当にありがとうございます」
『我は今朝も身を清めたからな。当然の感想であろう』
ズレている返答に小さく吹き出すと、侍女は不思議そうにわたしを見上げてきた。
「朝、体を洗ったから、手触りがいいそうですよ」
侍女も小さく笑い出し、アサギだけが眉根を寄せて、笑っているわたしと侍女を交互に見ていた。




