第12話 ベルファストから来た男(後)
「悪いが俺にはアンタを一発ぶん殴らなきゃいけない事情があってな」
男の言葉がどこまでが本気かわからなかった。
「ルールは簡単。どちらかが気を失うか、降参したらお仕舞いだ」
俺はうなずく。ルールに拘ることに意味はない、何せ相手は正体不明の魔術を使うのだ。何が飛び出して来ても文句は言えない。むしろ、文句の一つでもいいたくなるようなとっておきを見てみたいものだ。
「そして、アンタにはハンディをやろう。紳士の国、イギリスの流儀だ。遠慮せずに受け取れ。俺が使う血承具は3つだけだ。2つは防御用で、3つ目は1回しか使わない。一発、ただの一撃でアンタを倒す。もし、その時点でアンタが二本の足で立っていれば俺は白旗を上げる」
「私の方は、どんな理由で君が降参したって気にはしないさ。怪我をさせたくはないから、引き際は心得てくれよ。さて、勝者は何を得る。私を殴ればそれで満足かな」
「ああ、俺はそれでいい。何か賭けたいなら、アンタが決めてくれていいぜ」
「遠慮しておくよ。雉子真 十兵衛だ」
「ハリー・E・リトリートだ」
試合開始の合図はいらなかった。俺はハリーの集中力が微塵も乱れていないことを確かめると、呼吸を置かずに動く。
居合一閃。俺は抜き放った刀でハリーの横腹を薙ぐ。
躱……さないのかっ。
なんと、ハリーはガードを下げ両手でそれをガードしようとする。
刀身はハリーの上着に触れるとぴたりと動きを止めた。それはまるで鋼鉄の鎧に切りかかっているかのような感触。
「竜鱗だ。基本中の基本という奴だな」
なるほど。さて、固いのはあの腕の部分だけかなのか、それとも。
「別に試しにわき腹を切らしてやってもよかったんだぜ。実戦風の方がアンタもやり易いと思ったんでね」
ご丁寧に説明いただいた。武器は全く優位にならないというわけだね。
ハリーは左右の腕をリズミカルに突き出してくる。相手は全く刃をおそれる様子がなく、一方で俺の方は拳をまともに食らうわけにはいかない。
常識が通じない。つまり剣術が役に立たないというわけだ。
だがな、剣術には極め技って奴もあるんだぜ。
ハリーの体に刀を当てるたびに、両手に衝撃が伝わってくる。その感触が俺に教えてくれる。竜鱗で硬化しているのは、衣服や皮膚の表面の僅かな厚みだけだ。衝撃は、肉や骨、血管へと間違いなく伝わっている。いくら刃が通らないとはいえ、無傷でいられるわけではないのだ。
俺は多少の隙を生むことを覚悟した上で強打を振るう。
人の首さえも斬り落としそうな一撃は、やはりハリーの両腕に防がれてしまうが、確かな手ごたえを感じた。
やはり全くの無傷というわけではないようだ。
相手がリスクを負うのであれば、アレが使える。虚の刀、いわゆるフェイントという奴だ。
フェイントで相手の体勢を崩し、間合いを詰めて極め技へ移行する。それが俺にプランだった。
だが、その思考を読んだかのように、俺のフェイントが全く効かなくなっていた。
「これは少しばかり特別製だな。妖精の目だ。ほんの一瞬だけど、未来を視ることができる。」
これもまた丁寧な説明付き。
体感から、おそらく1秒も先は読めていない。その半分でも、フェイントを見分けるには十分というわけだ。未来視とは、もう何でもありの世界だな、こりゃ。その能力、防御において反則級の強さだが、それだけではない。当然に攻撃においても有効に働くわけで。それをわざわざ明かすのはつまり、いよいよハリーの手番がやってきたことを宣言しているわけである。
なるほど、それを避ければ俺の勝ち。
当初はったりかとも思えた有利な条件が、今はひどく妥当なものに感じられていた。
未来予知者の放つ一撃、それもとっておきの魔法がまだ一つ残っているときた。
絶対に躱してみせる。
そして、カウンターでの極め技を俺はまだあきらめていなかった。勝つなら、自分の手で勝利を決める。はなから矜持を捨てるつもりはない。




