後編
さあ、待ちに待った夜会の日ですよ。
今日なのに何の準備もしてない!と思ったらそこは流石フィン、ドレスから化粧まで準備万端だった。自分はもうフォーマルな服に着替えてるし。いつもと違うフィンはよりいっそう格好良く見えた。
フィンによって着々と顔面詐欺が進められていく。
私ただ座ってるだけ。
というか化粧の仕方なんてどこで覚えたの?私出来ないよ?
髪型まで完璧にセットできちゃうフィンの女子力に私は戦くことしかできない。
鏡を見たら物語に出てきそうな美人さんが居た。
「これ誰!?」
「セレン」
「知ってる」
別人みたいに綺麗って意味だよ、も~。
私の体を包んでいるのは、深紅のドレスだ。動く度に柔らかいスカート部分がふわりと動く。是非高い所から飛び降りてみたい。
私はその場でくるりと回りフィンに向き直る。
「どう?似合う?」
「ああ、可愛いよ。まるでお人形さんみたいだ。今すぐガラスケースの中に入れて飾りたいよ」
「猟奇的」
最後の一文は要らなかったな。
さあ、夜会会場に着きました。……王城だったんだね。知らなかったよ。
ここで問題が一つ。私は今まで高いヒールの靴を履いて歩いたことがなかった。つまりちゃんと歩けない。生まれたての小鹿もビックリな有り様だ。
「フィン、抱っこ抱っこ」
「う~ん、ここまで歩けないとは……仕方ない。浮かすか」
結局、私に重量軽減の魔法をかけてフィンがエスコートに見せかけ持ち上げ続けることになった。
私、歩きません。
適度に歩いてるっぽく足を動かすだけ。ドレスの裾が長いのでバレない。
「スカートってこういう時のためにあったんだねぇ」
「絶対違う」
「だよね」
知ってた。
私達はそのまま会場に入った。
大きな扉を潜ると、そこには物語に描かれていた通りの光景が広がっていた。
広い会場の天井を飾る豪華なシャンデリア。ふかふかの絨毯の中心でクルクルと回る色とりどりの男女。
中でもいっそう興味を奪われたのが……。
「ねぇフィン、あそこの食べ物って全部タダで食べられるの?」
「ん?ああ、そうだよ」
周りの人に聞こえないようにコッソリ話す。
私の目はお食事コーナーに釘付けだ。
「セレン食べに行きたい?」
「うーん、コルセット苦しいし、フィンのごはんの方がおいしいからいいや」
「!明日はもっと美味しいもの作ってあげるからね」
「ありがとう」
少し言葉を交わし、私達は王に挨拶をしに向かった。
フィンから離れて王に腰を折り礼をする。流石にここでは自分の足で立たなければならない。この格好がまたキツイのだ。フィンも私の横で跪いている。
プルプルしそうになるのを必死に堪えていると王が面を上げよ、と言ったので顔を上げ、楽な姿勢をとる。
王は相変わらずダンディーなおじ様だった。
「楽にしてよい。久し振りだな、セレン。大きくなった」
「はい叔父様、セレンもお会いできて嬉しゅうございます。初の夜会なので多少の不作法は許して下さいましね?」
「はは、そなたは勇者がしっかりと教育しているであろう。なあ、勇者」
「はい」
叔父様の質問にフィンは短く返事をしただけだった。あとは何かアイコンタクトをとっている。
いつの間に仲良くなったの?
会場に戻ると、一際目立つ人が居た。
良い意味じゃない。悪い意味で、だ。
何故か辺りをキョロキョロと落ち着かなく見回すピンク色の塊が多くの視線を集めている。
クルンクルンに巻かれた肩に付くくらいのピンクの髪に誰が作ったの?と思わず尋ねたくなるフリルとリボンだらけのピンクのドレス。
ヤバイやつがいる。
私は動揺してフィンの服をちょいちょいっと摘まむ。
「フィン、フィン!」
「セレン、あれが前に話した『ヒロイン』だよ」
「え?あのとち狂ったブタが?」
「お口が悪いよセレン」
「ごめんなさい。怒んないで」
「怒らないよ。どうしてそう思ったか教えてくれるか?彼女は別に太ってる訳じゃないだろ?」
フィンの質問に頷く。確かにあのピンクの塊の体型は悪くない。気を遣っているのだろう。
でも……。
「中身がブタなの。欲望で肥え太ってる。絶対性格悪い」
「ふむ……一理あるな」
フィンは彼女を見るのは初めてではないようだ。その時に迷惑でもかけられたのかな……。
どちらにせよ彼女とは関わりたくない。
不意に、フィンの手が差し出された。
「?」
「セレン、踊ろうか」
フィンは私に向けて優しく微笑んでいる。不安になってたのがバレてたか。
私の手がフィンの手と重なる。
「エスコートするよ、お姫様」
「うん。フィン、ちゃんと踊れるから下ろしていいよ」
「いいの?」
「夜会でのフィンとの初ダンスだもん頑張る」
「そう……」
フィンが嬉しそうに笑ってくれたので安心する。
というか浮かせたまま踊る気だったのか。
曲が始まったのでフィンのリードに合わせて動く。フィンによる長年の教育の成果か、体が勝手にリズムに合わせてくれる。
楽しい。
夢中で踊っていると、周囲の視線を感じた。踊ってる男女も雑談を楽しんでいた人々もこちらを見ている気がする。
「気のせいじゃないよ。セレンの可憐さにみんな夢中なんだ」
密着しているフィンの囁きがそっと耳元に落とされた。そんなこと言われたら照れてしまう。
周りで踊っているペアは、自然と中心までの道を開いた。
誘導され、気付けば私達は会場のド真ん中で踊っていた。
くるりとターンすると、曲が終わるので私とフィンは礼をする。そして会場の端まで戻ってきた。
「フィン、私上手に出来た?」
「ああ、セレンはこの会場にいる誰よりも素晴らしいレディだったよ」
「えへへ」
私は褒められてご機嫌である。
そんなご機嫌な私の気分を打ち破る出来事はすぐに起こった。
「あ、あのぉ~お話ししてもいいですかぁ」
耳障りな作った声が私達の耳に飛び込んできた。だがそれは私達に向けて、ではない。
すぐ側ではピンクの塊が美形に話し掛けている。社交界のマナーとしては色々な意味であり得ない行いだ。
この『ヒロイン』の実家はかろうじて貴族というくらいの家だった筈だ。基本的に身分の低い者が高い者に自分から話し掛けるのはタブーだ。それに女性が積極的に男性に話し掛けるというのも忌避されている行いの筈。
ピンクに話し掛けられた青年はどうやら外国の方だったらしい。この国のではない言語で切り返していた。
「Schön dich kennenzulernen.」
「え?あぁえっとぉ」
ピンクもしどろもどろになっている。
そして何故かその光景を横目で見ていた私に飛び火してきた。
青年はくるりと私の方を向くと、笑顔で同じ言葉を放ってくる。
「Schön dich kennenzulernen.」
隣にいるフィンは助けてくれる気はなさそうだ。ニコニコしながら事の成り行きを傍観している。
ただ、意味は分からない謎言語だけど、どこかで聞いたことがある。
「Ich fühle mich geehrt, Sie kennenzulernen.」
自然と口から言葉が飛び出した。
そうだ、これ、寝る前にフィンが散々読み聴かせてくれた……。
チラリと見ると、フィンは満足そうに目を閉じて応えてくれた。良かった、合ってたんだ。
青年に向き直ると、綺麗な顔が近付いてきた。
「え?」
耳元で小さな低い声がする。
「よく僕の国の言葉を勉強してましたね。大抵の令嬢は聞いたこともないのに」
私が驚いた顔をすると、青年はクスリと笑った。
「誰も喋れないとは言ってないでしょう?」
フィンが私と青年の間に割って入る。
「セレンから離れろ」
青年は私と青年を睨み付けているフィンを順に見てクスリと笑うと、どこかに行ってしまった。
……結局何がしたかったんだあいつ。
ゾクッ
一瞬、ヒロインからの鋭い視線を感じた。
ヒロインは私を睨んだ後、すぐに表情を戻しフィンに向き直る。
「あのっ、お久しぶりです!勇者さん!」
ピンクがフィンに話し掛けた。私は無視ですか。
「ああ。セレン、行こうか」
フィンは冷たく対応しこの場を離れようとしたが、ヒロインがすがり付いてそれを止めた。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよぉ」
「触るな。穢れる」
フィンがすぐに手を振り払ったのが彼女の気に触ったようだ。みるみる内に顔が真っ赤に染まっていった。
「ヒロインであるこの私がわざわざ話しかけてあげてるのにっ!どうして冷たくするのよっ!!そこの女のせいねっ」
そういう態度が癪に触るんじゃないかな。あとそこの女って私?初対面なのにめっちゃ失礼じゃない?
「黙れ豚。セレン、行こう」
フィンの手が腰に添えられる。
だが歩き出す前に反応したのがヒロインだった。うっわ、あなためちゃめちゃ下水……間違えた、ゲスい顔してるけど女子として大丈夫?人間としての尊厳も割と微妙だよ?
「セレン?……ああ、あの『悪者』ね。いい?あなたの側に勇者さんがいるのはあくまで監視の為なのよ。好きで側にいる訳じゃないのに思い上がらないことね」
「おいっ!!」
「フィン」
キレそうになったフィンを止める。今怒っても意味はない。
私はヒロインに静かに問い掛ける。
「じゃあ貴女、フィンは仕方なく私と一緒にいるのだと言いたいの?」
彼女の顔はパァと明るくなった。
「そうよっ!!よく分かってるじゃない。じゃあさっさとその場所を私に譲ってくれる?」
「そう……、毎朝(おでこへの)キスで起こしてくれて私の為に三食手作りで作ってくれるのも?夜私が寝るまで側を離れないでいてくれるのも仕方なくだったのかな?」
「なっ!」
「そんな訳ないだろう。俺が好きでやってるんだよ」
フィンにムギュウと抱き締められる。疑ってた訳じゃないけど嬉しい。
自然と微笑みが溢れ出る。
だがその私達の行動はさらにヒロインを煽った。
ヒロインが怒鳴るように捲し立てる。
「何よっ!!あんたなんか悪者なんてハズレくじ引いた負け組のクセに!!ただの当て馬でいればいいのにっ!どうしてヒロインである私よりも幸せそうにしてるのよっっ!悪者なら悪者らしくヒロインの幸せの為にどっかに消えなさいよっ!!!」
ヒロインの言った内容に私はゆっくりと息を吸い、瞼を閉じる。
かかった。
「衛兵!!!」
私の大きく張った声が成り行きを見守っていた会場中に響き渡る。
すぐに端に控えていた兵が何人か走って向かって来ている。
私は兵達に命じた。
「この無礼者を捕らえなさい!」
「え?何?なにっ!?」
兵達はあっという間にヒロインを取り囲んだ。
状況が飲み込めていないヒロインに私は告げる。
「王国法第24条、何人たりとも他人の神より告げられた職を蔑んではならない。貴女、たった今それを破ったでしょう?それに、今の一連の言動で王の縁戚たる私への不敬罪も加わるからそう軽い罪じゃないよ」
普段はあってないような法律でも、流石に王の前で犯したら罰される。当たり前だ。
ヒロインは凄い形相でこちらを睨んでくる。だけど怯んだりはしない。
「ヒロインはよく物語の中で『私のことはいいから』みたいなこと言ってるけど、私はそんな考え方はしない」
「私は、叔父様が、私の家族が、そしてフィンが愛してくれた私を貶めることは許さない」
私はおこなのだ。具体的に言うと、勝手にフィンに触った辺りから怒っている。
フィンは私のだもん。
「セレンっ!!」
「ぐえっ!」
フィンがガバッと抱き付いてきた。フィンさん、力の加減して、絞まってるから。
「セレン、大好きだっ!」
「ひょわっ!?」
ギュウウウ、とさらに抱き締める手に力が込められた。フィンさん、そろそろ内臓が口からこんにちはしそうだよ。
苦しいと伝えると、フィンは抱き締める代わりに私をお子様抱っこの形で抱き上げた。そのままスタスタ出口へと歩いていく。
「セレン、こんな所もう居る必要はないよ。さあ帰ろう。今すぐ帰ろう。あのヒロイン擬きを消すという今日の目的を達成した訳だし、もうセレンはおねむの時間だろ?」
「え?何その目的、私聞いてない。それに私にはマオさんにこの晴れ姿を見せに行くというミッションが……」
「じゃあもう今日はマオさん家に泊まろう。転移するよ」
「ぅえ?」
フィンはこんな所にはもう居たくないとばかりに、私の意見も聞かず転移した。
一瞬で景色が変わり、目に前には満面の笑みで両手を広げるマオさん。
あっという間に私の体は宙に浮かされる。
「セレン~っっ!可愛いぞ~。世界一、いや、宇宙一可愛い。パパが何でも買ってやろう。何が良い?バカンスにピッタリの島か?それとも国が良いか?」
「まず高い高いしたまま回転するのを止めて欲しい」
私がそう言うとマオさんはピタリと動きを止め、片腕の上に座らせてくれた。
珍しくはしゃいでいるマオさんにフィンが呆れを含んだ視線を向けている。
「マオさん、可愛いのは分かるけどセレンはもう寝かせるよ」
「うむ、セレンの部屋は整ってるぞ」
マオさん家―――つまり魔王城には私の部屋とお泊まりセットが常に用意されている。勿論フィンのも。
マオさんは住んでもいいぞと言っていた。
すまないけど住まないよ。
パパっと入浴と着替えを済ませると早々に寝かしつけられた。
こんな時間まで起きていた経験があまりないので、目を閉じた瞬間に眠りに落ちてしまう。
フィンたちはこれからお酒飲むんだろうなぁ。うらやましい……。
セレンの穏やかな寝息が聞こえてくるとそっと額にキスを落とし、俺は足音を立てぬように部屋を後にした。
マオさんの部屋に行くと、彼はもう酒を注いだグラスを傾けていた。
「セレンは寝たか?」
「ああ、すぐに寝ちゃったよ。うちの子は本当、いくつになっても可愛い」
「全面的に同意するが、まあ座れ。我が酌をしてやる、今日の話を聞かせろ」
「そうだな。よし、飲むか」
注いでもらった酒は旨いがなかなかに度数の強いものだ。俺はほろ酔いになりながら夜会での出来事を話していった。
あのクソヒロインとの一件を話終わったところでマオさんも眉をひそめた。
「ふむ、その女は我が手を下してもよいか?」
「だめだよ。何のために俺がここまで舞台を整えたと思ってるの」
「それもそうか。にしても、そこで法律だけでなく不敬罪まで持ち出すところがセレンらしいな。お前の教育がしっかりと行き届いている」
「ああ、あの子はアホっぽいけどただのバカじゃないし、自分が愛されてることを分かってるからね」
「その愛を散々刷り込んだのもお前であろう。セレンの為に化粧まで覚えたのか?」
「俺の可愛いセレンをさらに可愛く出来ると思えば大した努力でもなかったさ」
「他にも、その愛しいセレンとお前の障害になりそうなヒロインとやらを陥れたり、か?」
マオさんは俺を見てニヤニヤしている。分かっているくせに聞いてくる辺り性格が悪い。
「あの女の飲み物に判断が鈍くなる薬を盛ってもらっただけだよ」
そうすれば必ずあの女はセレンに失言をすることは分かっていた。今までは人の居る所では上手く隠していたが自分至上主義な性格の悪さが滲み出ていたからな。そして、セレンがちゃんと失言を咎めることも予定通りだ。なぜなら俺がそう育てたから。
マオさんはまたもや意地の悪そうなにやけ笑いを続けている。
「我がその話をお前の国の王に伝えたらどうする?」
「俺ローストビーフ作ってきたんだけど」
「頂こう。ん?何の話をしていたのだったか」
「つまみも作ってきた」
「我の秘蔵の酒を出そう」
マオさんが指を鳴らすと机の上には高そうな酒ビンが置かれていた。
「だが、ただ薬を盛っただけということはなかろう。いつもは我にセレンを預けてもセレンにバレぬように何度も様子を見に来ては癒されていたが、最近はそれもしていなかった。それなりに忙しくしていたのではないか?」
「まあね、あの女の本性を見抜いてるやつは城の中でも半分くらいしかいなかったから、悪い噂を流したり、諸々の裏工作に勤しんでた。罰した後に周りが同情しないようにね。同じ理由で私刑も避けた」
昼間にセレンの姿を見れない日々はつらかった。
「だが、たかが『ヒロイン』というだけの頭の足りない女にお前がそこまでする必要があったのか?」
「まあ、神託で『ヒロイン』って告げられただけなら放っておいてもよかったんだけど……。あの女何かと理由をつけては王城に来て絡んできて鬱陶しかったし、俺と結ばれるのが当然って感じの口ぶりに苛ついた。何より、会ったこともないくせにセレンの酷い悪口を方々で言ってやがった。それには陛下もセレンの家族も激怒してたな。立証できるか分からない少人数の場での悪口くらいじゃ大した罰にできない可能性もあるから、今回の王城での夜会で嵌めようってことになったんだ」
「成る程、王もグルであったか。それでは我の告げ口も握り潰されて終わりであろうな」
マオさんは残念そうに言った。本気でもないくせに。
少し乾いた唇を高級な酒で濡らす。酒は上質な味がした。
「それにしても、お前の国の神は当てにならないものなのか?セレンが悪者などなるわけがないではないか」
「いや?十分素質はあるぞ」
「そうか?」
「そうだよ、まず人の内面を見抜く目を持っているし、その上基本的な身体能力が高い。セレンから刃物禁止になった件と朝からずっと走ってたって話は聞いたんだろ?」
「聞いたな。特に運動をしていた訳でもないのに体力と集中力が常人のそれではない」
「ああ、それにセレンが狙った虫は小指の爪の先程の大きさしかなかったのに包丁がきれいにその虫を貫いてたんだ。ただの偶然かもしれないけど、俺はセレンに身体能力を鍛えるようなことは止めさせた」
「まあ我がお前と同じ立場でも同じ判断をするだろう」
マオさんの答えに少し安堵する。
俺の判断でセレンの可能性を潰してしまったかと悩んだこともあったのだ。
そんな俺の内心は隠し、そのまま語り続ける。
「セレンの素質はまだある。やたら権力者に好かれやすいところとかな」
身に覚えがあるだろ?と無言で語りかける。
「我やお前の国の王などか」
「それに今日セレンに絡んできた異国の青年、後で思い出したが彼も西の国々の裏社会を纏めている一族の後継者だった筈だ。あいつは確実にセレンを気に入った」
「それでまた絡まれる前に慌ただしく帰ってきたのか」
「そうだよ」
すると、マオさんは少し考え込むような素振りを見せた。心なしか少し機嫌が悪そうだ。
「ふむ、これ以上新しい父親候補は要らぬな」
「……はい?」
「ただでさえ第一候補がうるさいのにこれ以上セレンの父親候補は要らぬ」
「いや、第一候補もなにもあの人はれっきとしたセレンの父親でしょ」
何を言っているんだこの人は。
「いや、この間会ったのだ。そこで魔王城でのセレンの写真集と交換で我が出会う前のセレンのアルバムを貰った」
「何ちょっと親睦深めてんだよ」
「まあ、そのついでに貿易の話もしてきた」
「普通逆じゃね?」
セレン大好き過ぎか。その点では俺も負けないけど。
「安心しろ、条約でセレンに関する品々と引き換えに貿易交渉することは禁止されている。そんなことされたら幾らでも融通してしまうからな」
「条約ナイス」
その条約がなかったら多分貿易はめちゃくちゃになっているだろう。
親バカ恐ろしや。
「ヤツめ、自分が告げられた職は『セレンの父親』だとか抜かしおって。羨ましい」
「いやそれはないだろ。あの人セレンの兄いるし」
「なんだと?我は騙されたのか?」
「普通そんな神託ないし。冗談で言ってたんでしょ」
……いや、セレンのお父さんなら九割方本気で言ってそうだな。
「にしても、お前達の神託は何だったのだろうな。結局『悪者』であるセレンと『ヒロイン』の立場が逆転してないか?」
「……いや、今改めて考えると神託は割と正しかったと思うんだよ」
「どういうことだ?」
「まず、『勇者』である俺は一般的に考えると悪者を倒すか更生させるのが役割だろ?」
「ん?……ああ、それはセレンが本物の悪人にならぬようお前がセレンの人格形成に大きく関わったことで役割は果たしているな」
「そうだな、それにセレンは形だけ見れば『勇者』をたぶらかして手に入れ、結果的に『ヒロイン』を陥れたってことになるだろ?」
「ふむ、言われてみればそうだな。だが、『ヒロイン』はどう説明するのだ?」
まあ、そこは疑問に思うよな。今回ヒロインは少しの救いもなく不幸になっただけだ。
俺は静かにグラスを口元に運び、一気にあおる。
流石に酔いが回り、自然と口が弧を描く。
今俺は胡散臭い笑みを浮かべているのだろう。
「マオさん、『悲劇のヒロイン』って聞いたことない?」
マオさんと飲んでは語り、気付いたら朝になっていた。
セレンが扉を開けてよたよたと歩いてくる。
「あ、セレン、おは……」
「フィン~!!ヒールで踊ったせいで足が筋肉痛だよぉ~!もう絶対夜会なんて行かないっ!!」
痛みで半泣きになっているセレンを抱き締めて、この腕の中の愛しい子が本物の『悪者』になることはないな、と俺は思った。
作中で話してるのは適当に調べたドイツ語です。「初めまして」「お会いできて光栄です」みたいな会話をしてます。間違ってたらごめんなさいm(_ _)m
どこか異国の言葉だと思って下さい。
一旦完結済みにしますが、思い付いたら番外編も書こうと思ってます。
評価お願いします!!