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第3話

「郁乃、郁乃〜!!ちょっと聞いてる……?ってか聞こえてる?」



郁乃!!と叫ぶ大きな声で私は目が覚めた。

あ、でもさっきのベランダから転落した件で死んだと思うから目が覚めたって言うのか?


寝起き直後の私を栗色の大きな瞳が見つめている。

誰?


何だか見覚えはあるんだけど、上手く思い出せない。


ていうか私郁乃じゃなくて千鶴なんだけど。

郁乃って誰?


ていうかあなたも誰?


「もーっ、話聞いてた?」


「ごめん!聞いてなかった……」


聞いてなかったっていうか、今まで意識ありませんでした。

それにここどこですか?

私には今、何が起こっているのか理解出来ません。


「今日の放課後、映画行かない?目黒健主演の新作!!」


映画?何を言ってるの?

今日はもう夜遅いし明日はいつも通り出勤だ。

社会人に放課後は無いんですけど。


それに、目黒健って誰?


名字が「さ」から始まる、健っていう俳優なら知ってる。

名字が「目黒」のイケメン・アイドル俳優も知ってる。


「目黒……健……」


うん、誰だ。

そんな俳優聞いた事な……いや、ちょっと待って。


これってもしかして……


「め、目黒健が出てる新作?」


「えぇ。あれ、アンタ目黒健好きじゃなかったっけ?知らなかったの?」


「ああ好き好き!超好き!知ってる!」


いや知らんけど。

知ってる可能性もあるけど、とりあえず“どの”目黒であって“どの“健なのか知らないといけない。


「もー、それいつも聞いてるよ。ていうかアンタ、そんなキャラだったっけ?」


「え?」


正直、やっぱり?と思わずにはいられなかった。

だってここはもしかするとっていうか……ほぼ確実に“あの世界”なんだもん。


目黒健っていうビッグ俳優と「郁乃」という私の名前、そして「郁乃」の友達と思われる栗目の女の子。


そう、ここは生前私がやり残した大好きなゲーム“僕の超常日記 〜超人たちの超常日記〜”の世界だ。


“僕の超常日記”。

それは人気漫画雑誌で連載されている大人気コミック“僕の超常日記”のストーリーを追体験する、ファンにとっては最高にたまらないゲームだ。


今年4月から放送されているアニメの方は社会現象を巻き起こした。

第1期最終回のエンディング後には第2期の放送決定が発表され、SNSのトレンドは1週間ほど“僕の超常日記”関連のワードで埋め尽くされニュースで取り上げられる程だった。


もちろん私は連載初期からずっと応援してきた“古参”である。

打ち切り回避のために「読んで!面白いから!」と光穂を含む友人たちにおススメしていたのが懐かしく感じられる。


それに、あれのおかげで今も続いているんだなと思うと自然と涙が込み上げてくるのだ。


そんな私が“超常日記”の世界に、いわゆる転生をしたと?

マジで?マジで言ってる?


嬉しすぎて泣きそう。

あのデスクワークから解放されると思うと、死んで良かったと思ってしまう。


私は“千鶴ちゃん”に笑顔でこう言い放った。


「ごめんね。今日は家で勉強するってお母さんと約束してるの」


“僕たちの超常日記”に登場する、千鶴……御舟千鶴と今の私、長尾郁乃は仲が良い。

郁乃の方は読書の方が好きだけど、千鶴はそれに気付いていない感じだ。


そのため千鶴からの誘いを郁乃は大体断ってきた。

稀に受け入れる事があるが、それは1ヶ月に1回程度。

千鶴はそれを気にしない性格なので「そっかー、また誘うね!」と毎度健気に頑張っている。


ちなみに、この漫画は“超能力を持つ歴史人物たち”がメインキャラだ。

前世の私の名前と同じ千鶴こと御舟千鶴は、御舟千鶴子さんという方がモデルで超能力は《千里眼》。

《千里眼》とは、遠く離れた場所や出来事を見る事ができる。


千鶴のモデルとなった御舟千鶴子さんは日本で一番有名な千里眼の持ち主と言っても過言では無いそうだ。

キャラをきっかけに歴史人物を調べる、という勉強にも繋がるこの作品は色々な世代に人気だ。


そしてこの世界の私、長尾郁乃。

モデルとなったのは長尾郁子さんという方で、超能力は《アポート》。

《アポート》は別の場所にある物体を取り寄せる事ができる、便利なものだ。


長尾郁子さんは《アポート》とあまり関係が無いが、作者が“千里眼事件に関わった方なんだし、せっかくだから”という理由で《アポート》という超能力を与えられたらしい。


“千里眼事件”については詳しく調べてみてね。


ここで少し話を戻そう。

今、私は御舟千鶴から映画の誘いを受けて断った。


そして帰ろうとしている。


が、それを千鶴に阻止された。


「えー?またー?郁乃、アンタ勉強し過ぎじゃない?」


「ちょっとずつ復習しないとテストで良い点取れないから……」


そう、長尾郁乃は読書家で勉強も得意。

なんて優秀なんだ。


「もー。今度こそ絶対行こうね〜!!」


そう言う千鶴には申し訳ないが、それは無いだろう。

なぜなら私の記憶が正しいと、この後はもう……放課後に遊ぶどころじゃない展開が訪れるからだ。


1階まで降りて下駄箱まで歩く。

通り過ぎる教室や廊下、階段が漫画・アニメとそっくりそのままで私は一種のイベントに来てるような気分だった。

ちなみに、コミック3周はしている私は、この広い校舎で迷子になる自信は無い。

案内図が頭の中に入っているからね。


「ふふっ!私《アポート》使えちゃうんだ」


《アポート》は別の場所にある物体を引き寄せる事ができる能力だ。

郁乃は大体、本棚に入っている本を引き寄せていた。

彼女らしい使い方だ。


下駄箱から見える大木を見つめる。

桜はほぼ散ってしまったが、鮮やかな緑が増えていた。


……待って、という事は……


「私は今、中学3年生って事?」


これからの展開を想像して、青ざめかけていたその時


「あれ、長尾さん?」


茶髪で眼鏡をかけた、優しそうな雰囲気の男の子が声をかけてきた。

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