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第1話

「嫌よ!!別れたくない!!」


そう言って私は周囲の目を気にせずギャン泣きした。

顔は涙と鼻水でグチャグチャ、化粧は崩れて凄いことになっているのだろう。

でも私はそんなこと気にしていなかった。


いや、気にする余裕なんて無かった。


「いや、落ち着けって……てかそこまで泣かなくても良いだろ」


本当にそのとおりだ。

もうすぐで私は27歳になる。

いい年した女がこんな路上で何してんだって話だ。



事の発端は、仕事終わりに3年付き合っている彼氏・大智に呼び出されたこと。

しばらく会えていなかったから嬉しくてたまらなかったけど、そんな私が浴びせられた彼の第一声。


それは


「別れよう。好きな子ができた」


だった。


「え、なんで……」


私は呆然とした。

信じられなかった。

聞き間違いだと願っていた。


大智がそんな男だとは思っていなかったから。

デート中、私より100倍可愛い女の子とすれ違っても「お前の方が可愛いよ」といつも言ってくれた。

私と些細な事で喧嘩した時も、その日のうちに必ず謝ってくれた。


そして「俺にはお前しかいないんだ」と、私を離すまいと力強く抱きしめてくれた。


その温もりが、何よりも嬉しくて幸せだった。


「同じ会社の後輩。優しくて穏やかな子なんだ。前話したんだけど、意外と気が合ってさ。相手も俺の事を好きだって言ってたし」


あの子といると、落ち着くんだ。正直、お前といるより楽しいし……あの子の方が大事だって思った。


誰よりも信頼していた彼からの言葉が、尖ったナイフのように私を突き刺していく。

3年間、どんな事があっても「あなたがいるなら」「あなたがいるから」と2人で一緒に乗り越えてきたのに。

悲しみも苦しみも喜びも、何もかもを彼と一緒に味わってきたのに。


ずっと一緒にいた私は、あなたがそこまで知らない“あの子”に負けてしまったの?


「……ど、どうしてそんな事……ねぇ、私は?私の事は」」


大智、お願い。

好きだって言って。

あの子よりも私の方が、何倍も好きだって言って。


今日がエイプリルフールでありますように、とこれほど願った事は今まで一度も無い。


「……ごめん。これ以上俺と一緒にいても、傷つくのはお前だ。だから……」


「どうして」


「え?」


「どうしてその子なの!?」


私の方が長い間大智と一緒にいた。

一緒にいた時間は私の方が長かったはずなのに、与えられた幸せは私の方が少ない。


その事が何よりも悔しかった。

知らない女と比べられる事が、悔しくて悲しかった。


「お願い。それでもいい。あなたがその子をずっと好きでいて良い。私よりも好きでいて良い。だから私と」


別れないで。


その言葉が大智に届くはずもなく。

彼は背を向けて歩き出した。


「どうして……」


悔しい。

悔しくて仕方がない。


あなたとずっと一緒にいたい。

何番目でも良いから、あなたのそばにいさせて。


「嫌よ!!別れたくない!!」


こうして冒頭に戻るわけである。


夜の冷えたコンクリートに座り込む。

目の奥が途端に熱くなって視界がジワッと滲んだ。


彼はギョッとして振り返り、私を見ている。

知らない人たちが、私たちを遠巻きに見ている。


「な、泣くなよ。お前だって新しい人を見つければいいじゃん。俺より良い人なんてこの世にたくさんいるだろ?」


そうだよ。

その通りだよ。

大智なんかより良い人なんてたくさんいる。

食事に誘われた事だって何度もある。


でも、それでも。

私の中では大智が一番だったから、大智といる時間が一番好きだったから、

彼が本当に好きだったから泣いてるのだ。


「いやぁーーー別れたくないぃぃぃ!!!」


彼への想いが詰まった涙が滝のように頬を伝う。


嫌だ、別れたくない。

もっとずっと、一緒にいたい。


そう思うのはわがままなのだろうか。


「やだ喧嘩?」


「カップルって大変ねぇ」


「よそでやってくれ」


すれ違う人々が私と彼を見て迷惑そうな視線を向けている。


私だって道のど真ん中に座り込んでこんな事をしたかった訳じゃない。

でもある日突然、最愛の人から別れ話を切り出されたら、誰だって世界が終わったかのような感覚がするんじゃないの?


「いやぁ〜ヒグッ大智〜っ何でそんなヒグッこど言うの〜?ヒグッ」


こんなに泣くのは小学生ぶりだ。

泣きすぎてまともに喋れないなんて、何してんだ私。

でもそう思えば思うほど、私の涙は止まらなかった。


「いやお前泣きすぎだろ」


誰のせいで泣いてると思ってんだ馬鹿野郎。


でもその通りだ。


私はだんだん呼吸も怪しくなってきている。

深呼吸しようとしても、上手くできない。


「……どう、してっ突然ヒグッそんなこど言う、のっ?」


一向に泣き止む気配の無い私を見て、大智は早口でこう言った。


「はっ?お、お前……いや、だって言ったろ?好きな女ができたって」


分かってる。

分かってるよ。

話聞いてたもん。


「そんなこどわがってるっヒグッ」


好きな女。

付き合っているのに。

付き合っているのに好きな女ができるの?


私じゃダメなの?

私じゃダメだったの?


何が足りない。

何が足りなかった。


空は晴れているのに、私の心に溜まるのは重たい雨水だった。


大智が好きだった。

ずっと好きだった。

大智以上の人は現れないと思ってたし、何なら結婚も視野に入れていた。


いつプロポーズしてくれるのかなって想像しては期待に胸を膨らませた。


そんな相手に好きな人ができたと告げられたら。

溜まったもんじゃない。

私は暗くて深い“ソコ”でこんな事を考えた。


世界の終わりだ。

もうどうでもいい。

大智も大智の好きな人も、私の今までの期待や妄想も全部どうだっていい。


どこか遠くに放り投げちゃえ。

大智なんてどうにでもなってしまえ。


“私”から大智という存在を消したその瞬間、

プツッと赤い糸が切れた。


雨は止んで空に虹がかかった。


「……あれ?」


「な、何だよ」


大智は急に泣き止んだ私を見て、逆に困惑し始めた。

私は思った。


どうして私、こんな人を好きになったんだろう。

付き合ってる時に他の女に目移りする人を、どうして世界で一番愛していたのだろう。


そう思えば思うほど、泣き崩れていた時の私が、大智のサプライズで喜んでいた私が、大智の笑顔を見て幸せだった私が、全て不思議に思えてくる。


あれ、こんな人どうでもいいや。


もう知らない。


そう思って立ち上がり、ズボンについた汚れを払い落として身なりを整えた。

大智のことは忘れよう。


だって、私の人生にはもう必要のない人だもん。


私は彼を見ずに言った。


「お騒がせしました。ご迷惑をおかけしました。もう今後一切関わる気は無いので安心してください。では」


それまでずっと見ていた人たちがざわつき出す。

大智も意味が分からない、と顔をしている。


「え、ウソ。女の人フラれてなかった?」


「さっきまで泣いてたのに、なんかめっちゃあっさりしてない?」


「むしろ男の人がフラれてそうな感じしたけど」


私は颯爽と駅に向かった。


誰の目も気にならなかった。


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