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夜の校舎

その日の夕食後、珍しく寮監のフリーダが、アインホルン寮の談話室にやってきた。

彼女は誰かを探しているかのように室内を見渡すと、近くにいたエミーリアに問いかけた。


「ディアナさんはどこですか?」


「あら? さっきまでそのあたりにいましたけど……」


そう言って談話室の中央にある、白い大きなソファの辺りを示した。

ソファでは、クラリッサとブルーノの二人が、疲れたような表情で座っていた。

本日おこなわれた魔力測定で、ヴィンデルシュタットから来た三人が揃って好成績を収めた。そのためホールから戻っても、三人は次々に質問攻めに遭っていたのだ。


「ディアナさんは……お手洗いかしら?」


フリーダがキョロキョロしながら、ソファを中心に辺りを見渡すが、ディアナの姿はどこにもない。


「先生、ディアナさんでしたら、もう自室で休んでいますわ」


クラリッサが立ち上がり、ディアナはもう休んでいると告げた。

昨日の入学式から本日の魔力測定まで、ディアナは思いがけず注目を浴びることとなった。

特に今日の魔力測定後は、多くの学生や講師から賞賛や質問を雨あられのように浴びて、彼女の処理能力の限界を超えてしまっていた。


『もう寝る』


途中から船を漕ぎ出したディアナは、そう言うと皆が引き止めるのも聞かずに部屋に戻っていったのだという。

それを聞いたフリーダは、談話室入口に設置されている石版へと向かう。

石版は、談話室に入ってすぐ右手にあり、高さ一メートル程度の台の上に斜めに設置されている。大きさは縦横三十センチメートル程度の黒い石で、中央に魔方陣が、その周囲に植物のような文様が描かれていた。

フリーダは台の前に立つと、右手を石版の上にそっと添えた。

すると、石版が淡く黄色い光を放った。


「ディアナさん、フリーダです。

疲れてるところ悪いんだけど、談話室まで下りてきてください」


フリーダは石版に向かって告げると顔を上げた。

だが、右手は石版に置いたままで、魔法陣も淡い光を放ったままだ。


どれほどそうしていただろうか?


寝ぼけ眼のディアナが両耳を押さえながら下りてくると、フリーダはようやく手を離し、石版は元の黒い状態へと戻った。

するとディアナは、不思議そうな顔を浮かべ、周りを見渡している。

フリーダが使った石版は、石版に手を翳して魔力を流せば、任意の相手にだけ声を届けることができるという魔法具で、通称『伝言板』と呼ばれていた。

設置している場所でしか効果はないが、石版に手を乗せている間は、伝言が任意の相手にだけ繰り返し流れる仕組みだ。

便利ではあるが、フリーダがおこなったように一方的に言葉を届けるため、悪戯や迷惑行為防止の観点から、寮監とハウスリーダーの許可がなければ使うことができない。

完全に寝ていたのだろう。

起こされたディアナは、明らかに覚醒していない様子で、ぼんやりとしたままで、目が開いていない。

一応ローブは身につけているものの、寝間着の上からローブを羽織っただけというだらしない格好だ。

クラリッサが「んもう」と言いながらも、甲斐甲斐しく身だしなみを整え、最後にローブの前を閉じることで、格好だけは見られるようになったが、頭はまだボサボサのままだ。

彼女が上に行ってからそれほど経っていないはずだが、この短時間でどのような寝方をすれば、ここまで寝癖が付くのだろう。


「……」


「寝ていたところ悪いわね。早速だけど一緒に来てくれるかしら?

アレクシス様が呼んでるの」


「おじい、せ、先生が!」


アレクシスの名を聞いた瞬間、ようやく覚醒したディアナが、慌てたように洗面所に駆け込んで、身だしなみを整え始めた。


「ちょっと待ってディアナさん、やってあげますわ」


「ん、ありがと」


一緒に付いてきたクラリッサに、髪を梳かしてもらったディアナは、最後に顔を洗って人心地付くと、すっきりした表情で談話室へと戻った。


「あなた、アレクシス様とお知り合いでしたのね?」


中央棟へと繫がる回廊を進みながら、フリーダは若干羨ましそうな表情をうかべた。


「魔力測定の後、先生の間でもあなたのことが噂になっていましたよ」


アルケミア史上、初となる「規格外」判定だ。しかもそれが、成人前の少女が出したとなればなおさらだろう。

ディアナは寮に戻ってからと同じことを、フリーダに聞かれるのかと身構えた。

しかしその後フリーダの口から吐いて出たのは、アレクシスには失礼なことを言わないように、もう少し愛想よくしなさいなど、ディアナがよりげんなりとするようなことばかりだった。

二人は中央棟のエントランスへ出ると、そのまま右に曲がる。

大階段を左手に見ながら進むと階段の下に小部屋があり、その前でフーゴが立っていた。ここがどうやら彼の仕事場らしい。

フーゴの他にもう一人、雑務担当の職員がいるらしく、部屋の中に小さな人影が見えた。

顔は成人の男性に見えるが、背はフーゴの半分もないのではないだろうか?

もしかしたら小人族なのかも知れない。

通り過ぎる際にフーゴと目が合うと、彼はにこやかに微笑みを返してくれた。

廊下の突き当たり、両開きの扉をくぐる。

そこは右側に窓の並んだ廊下が、真っ直ぐに続いていた。

この先は教室や先生の部屋が並んでると言ってたエリアだ。

左側には、さらに奥へとつながる廊下や、上下階へと繫がる階段があり、その間に教室への扉が並んでいた。

夜のためか灯りは点っておらず、窓から差す光しかないため薄暗く、二人の足音が妙に響く。

窓枠や壁には凝った装飾で飾られていて、窓際には等間隔に重装鎧を着けた兵士の銅像が並んでいた。

銅像は妙な存在感を放っていて、暗さも相まって今にも動き出しそうなほど。

その雰囲気にディアナは思わずゴクリと唾を飲んでいた。

ディアナは、銅像が暗闇の中でこちらを見ているように感じ、フリーダの背中に隠れるようにする。

ちらりとフリーダの様子を窺うが、彼女は平然とした様子で歩き続けていた。


「こちらです」


廊下の中ほどにある階段を、足音を響かせながら二人が上っていく。

二階は一階と同じように左右に廊下が広がり、窓際に整然と並んだ銅像も同じだ。


「ディアナさん、こちらですよ」


左右をキョロキョロと見渡しているディアナに声をかけたフリーダは、さらに階段を上っていった。

ディアナは若干慌てたように、フリーダを追いかけるようにそのまま三階へと向かう。

三階はそれまでと違って廊下の幅が狭くなり、窓際に並んでいた銅像もこの階にはなく、装飾もどことなく落ち着いたものになっていた。


「ここは先生の部屋のあるエリアなの」


そう言ってしばらく進むと、やがて奥まった一角にある扉の前で足を止めた。


「さて、ここがアレクシス様の部屋よ。

わたしは招待されてないから入れないけど、さっきも言ったように言動には気を付けて。

じゃあね、お休み」


フリーダはそう言うと、欠伸をしながらそそくさと立ち去っていった。

一人残されたディアナは、扉を前に躊躇していた。

扉は重厚な木製で華美な装飾などはない。しかし、扉全体を棘の生えた蔓がびっしりと絡みついていた。特にドアノブ付近は、ドアノブが見えないくらい覆われてしまっている。

扉の中央にフクロウを模したドアノッカーだけが、唯一植物の侵食を免れているかのようだった。

いやよく見れば植物は、このフクロウから伸びているように見える。

ディアナは意を決したようにドアノッカーに手を伸ばした。


――カンカン、カンカン


フクロウが咥えてるノッカーを、台座に軽く打ち付ける。

植物に覆われていたことから、もう少しくぐもった音が響くのかと思いきや、意外にも甲高い金属の音が響いた。

すると、扉全体に絡みついていた植物が、音もなく動き始める。

植物成長の逆再生を見るかのようにドアノッカーへと戻っていく。気付いたときには、あれほど覆っていた植物はなく、ただの木製の扉となっていた。

どうやらドアノッカーが、人除けの魔法具か何かとなっていたのだろう。

何であれ、ようやく現れたドアノブをディアナはしっかり掴むと、ゆっくりと押し開いた。

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