新入生歓迎会
その場に突っ立っていても、部屋が広くなる訳ではない。
二人は頷くと、意を決したように扉を開けた。
――カチャ
扉を開けると、まるで巣穴かと思うような細長い部屋があった。
幅五十センチ、奥行き一メートル程度の廊下があり、その奥に幅わずか一・五メートル、奥行き三メートルほどの細長い空間があった。
見間違いかと思い、扉を閉めてもう一度開いてみるが、やはり部屋の広さは変わらなかった。
部屋の幅は、ベッドとほとんど同じで、まるでベッドに合わせて部屋が作られたかのようだ。
部屋に踏み入れると、すぐ左側に靴置きのスペースがあり、廊下を抜けると左側にはクローゼットが備え付けられていて、どうやらそれが廊下を圧迫しているようだった。
クローゼットの幅はクノール寮とそれほど変わらないが、奥行きがあるため多少はこちらの方が荷物を入れられそうだ。
狭い部屋だが、それでも奥に三メートルあるため、クローゼットとベッドの間に多少は荷物を置けそうだ。
プライバシーのほとんどない、四人や六人でルームシェアするような部屋よりはましだが、これでは本当に巣穴の中にいるような気分になってくる。
エミーリアの部屋にあったような、トイレやシャワールームはなく、クノール寮にあったような机もなく、単に寝るためだけの部屋のようだった。
この分だと先ほどエミーリアが言ったように、勉強は談話室でおこなうしかなさそうだ。
荷物の少ないディアナは、それでも何とかなりそうだが、問題はクラリッサだ。
彼女は相変わらず、大型の旅行鞄がパンパンに膨らむほど、荷物を詰め込んでいた。
この分だと今頃部屋の中で、途方に暮れているかも知れない。
ディアナは、とりあえず荷物を部屋の端っこに置いて部屋を出る。
鍵を閉めると、すぐ隣のクラリッサの部屋を恐る恐るノックした。
「クレア、大丈夫?」
すぐに扉が開き、案の定、呆然としたクラリッサが姿を現した。
心なしか顔色も悪いような気がする。
「大丈夫?」
「え、ええ……」
ディアナがもう一度聞くと、絞り出すように返事を返し、部屋の中を振り返って大きな溜息を零した。
「まさか王立の魔法学校の寮が、このようなものだとは思いませんでしたわ」
口調にはいつものような元気がなく、相当ショックを受けている様子が見て取れる。
エミーリアの部屋を見せてもらった直後なだけに尚更だろう。
だが、しばらく呆然としていたクラリッサは、顔を上げると奮い立った表情で両手を握った。
「わたくし決めましたわ!」
そう言って身体を乗り出すようにして、ディアナに迫った。
「王都に来て、ここまで尊厳を踏みにじられるとは思っていませんでしたわ。わたくし、卒業するまでに絶対にハウスリーダーになって、皆様を見返してやりますわ!」
「う、うん。クレアならなれる。あたしは応援する」
クラリッサの迫力にたじたじとなりながらも、ディアナは何とか言葉を絞り出した。
別に尊厳が踏みにじられた訳でもなければ、クラリッサ一人だけが劣悪な環境に放り込まれた訳でもない。新入生全員が等しく同じ環境なのだ。
しかしディアナは、やる気を漲らせているクラリッサに、あえて訂正する必要はないと判断した。
「では、ディアナさん。行きますわよ!」
ディアナが手伝って荷物を片付けたクラリッサは、先に立って談話室に向かった。
その背中を見ながら、ディアナは「一年生の部屋は学生を発奮させるためにあるのかも知れない」と密かに考えていた。
「遅かったな」
談話室に戻ると、ブルーノが所在無げに待っていた。
彼もディアナと同じで、それほど口数が多い方ではないため、ひと通り学生たちから話しかけられた後は、ポツンと取り残されたように一人で座っていた。
意外と似た者同士なのかも知れない。ディアナは、初めてブルーノに親近感を抱いた。
クラリッサはすでに社交性を発揮し、ルーカスやエミーリアと談笑していた。
身振りを交えて話している様子から、もしかしたら寮の部屋の改善を訴えているのかも知れない。
「部屋、大丈夫だった?」
ディアナが尋ねると、彼は小さく首を振って大きな溜息を吐いた。
クラリッサと違い、彼にとっては初めてとなる寮生活になる。想像以上の部屋の狭さに、クラリッサと違って打ちのめされた様子だった。
「大丈夫じゃねぇよ。あれは人の住む部屋じゃねぇだろ!?」
「ヴィンデルシュタットの寮もあんなものだった」
「マジか!? あんな部屋でクラリッサ様は暮らしてたのか?」
「クレアも最初は使用人の部屋だと思っていた」
「いやいやあれは使用人どころの部屋じゃねぇよ、ただの巣穴じゃねぇか!」
やはり寮生活が初めてとなるブルーノは、すぐに切り替えることができない様子だ。すっかり意気消沈した様子で、部屋の愚痴を零し続けていた。
ブルーノとは最終試験の後から、話すようになったもののまだそれほど長い付き合いではない。
延々と愚痴を零し続けることから、ブルーノは意外と引きずる性格なのかも知れないと感じた。このまま彼の愚痴を聞かされたくないディアナは、話題を強引に変えることにした。
「それよりハウスリーダーの部屋は見た?」
「あ、ああ見たさ。だからその落差に……」
「クレア、あの部屋を見てハウスリーダーを目指すって」
後ろ向きな性格だとしても、ブルーノならこれで触発されるはずだ。
案の定、ディアナの思惑通りにその言葉は、彼の負けん気を大いに刺激したようだ。
「何、クラリッサ様がハウスリーダーを目指すだと!?」
驚いたように大きく目を見開いたブルーノの瞳には、すでに力が戻っている。
もう大丈夫そうだったが、ディアナは念のため最後にもう一押しすることにした。
「ブルーノは目指さないの? あたしはてっきりあなたも目指すものだと思ってた」
「馬鹿にするな。俺もハウスリーダーを目指すに決まってるだろう!」
ディアナの挑発するような言葉に、ブルーノは目を吊り上げて応えるのだった。
そんなことを話してる間に、歓迎会の準備が整ったようだ。
各自に飲み物が配られ、ルーカスとエミーリアが談話室の中央に立った。
「今年もこのアインホルン寮に、二十人の新しい仲間を迎えることができたことを嬉しく思う。新入生の諸君、王立魔法学院アルケミア、そしてアインホルン寮へようこそ。
キミ達は各地の魔法学校で優秀な成績を収めた者がほとんどだろう。しかし、自惚れないで欲しい。
なぜなら、ここには王国中から優秀な学生が集まってきている。競争率の高い一般入試を突破して入学した学生もいる。おそらく皆が想像している以上にレベルの高い学校だ!」
ルーカスはそう言うとゆっくりと全員を見渡した。
その言葉を受け、次にエミーリアが口を開いた。
「今の話は誇張でもなんでもなく本当よ。
慢心を持ったままでいると、あっという間に取り残されてしまうわ。
優秀な成績を収めている間は問題ないけれど、取り残された学生には非常に厳しい学校でもあるの。
現に毎年、何名かが授業についていけずに脱落してしまうわ。アインホルン寮だけでも、去年三名の仲間がこの学校を去っていったの。だからあなた達は、気を引き締めてこれからの三年間を乗り越えてほしいと願っています」
エミーリアの言葉で、新入生は緊張感のある表情に変わる。
誰かが飲み込んだ生唾の音が、妙に響いた。
「もちろん、わたし達もあなた達のサポートは惜しまないわ。悩みごとや相談ごとはいつでも相談してね。一緒に乗り越えていきましょう」
エミーリアがそう言って笑顔を浮かべると、張り詰めた空気が若干和んだ気がした。
続いてルーカスが再び口を開く。
「入寮の折に説明した通り、この学校は寮が三つに分かれている。
授業は合同で行う授業もあるため、おいおい他寮の者とも顔なじみになることだろう。仲良くするのは構わないが、他の寮の奴らは競争相手だということは忘れないで欲しい。現に授業では各寮ごとで成績が比べられることが多く、なにより学年末には寮対抗戦がある。
対抗戦とは、その名の通りどの寮が優秀かを決める戦いだ。一年間の授業の成果の発表会や、成績優秀者を選ぶ表彰式がある。何より魔法士の優劣をつける対抗試合がある。
これは、学年ごとに選抜した者同士で戦う個人戦と、レヴィアカンプフェと呼ばれる団体戦がある。これは寮の威信をかけた戦いとなり、対抗戦でもっとも盛り上がる競技だ」
「残念だけどここ数年、対抗試合ではわたし達は毎年悔しい思いをしているの。だから今年こそは他の寮を見返したいと思ってるわ。そうでしょ皆!」
『そうだそうだ!』
エミーリアの言葉に、三年生と二年生から歓声が上がる。
物静かな学生が多いのかと考えていたが、どうやらそうではないらしい。
「もちろん、我々も努力を惜しむつもりはないが、ぜひキミ達にも協力してほしいと思っている。
ボクがハウスリーダーになったからには、今年は学年に関係なく優秀な者は対抗試合に抜擢するつもりだ。
諸君の奮闘に期待している!」
盛り上がる在校生に対し、新入生達は皆一様に戸惑った表情を浮かべていた。
「ちょっとルーカス。やっぱりこのスピーチは失敗よ。皆ひいちゃってるじゃない。
ごめんなさいね。ルーカスは念願だったハウスリーダーになって張り切ってるのよ」
「ちょっとエミーリア、裏切るのかい? キミだってノリノリだったじゃないか!」
危機感を煽るようなスピーチは、どうやらわざとだったらしい。
暴露したエミーリアに対し、慌てたルーカスの様子に談話室の空気が和んだ。
緊張した歓迎会が終わり、ディアナは自室のベッドに横になって一息吐いていた。
最初は気付かなかったが、ベッドから見上げる小さな窓の外に星詠みの白塔が見えていた。先端の青い光は、優しくそして等しくアルブレヒトブルクの夜を照らしていた。
暗く静かな部屋の中で、ディアナはうとうとしながら、今日あった出来事を思い返していた。
初めての王都に新しい学校、新しい寮の部屋、そして新しい仲間達。
正直まだまだ不安の方が大きかったが、少しずつ期待感も膨らんでいるのを感じていた。




