アレクシスとの再会
入学式が終わり、解散となった新入生達。
ホールは片付けられていたテーブルが再び運び入れられ、茶話会が開かれてお茶やお菓子が出るため、そのままホールに残って、友人や知人と談笑する学生や講師の姿が見られた。
ホールが談笑する学生達でざわざわと騒がしい中、教師が座っていた席から一人の老魔法師が、ゆっくりと立ち上がった。
頭からすっぽりとフードをかぶっているため表情は窺い知れないが、フードの奥から放たれる眼光は鋭く、見る者を威圧する力があった。ゆったりとした動作で立ち上がり、髭を揺らして歩くその姿は、長年王宮魔法師として活躍してきた貫禄を感じさせる。現在では導師とも呼ばれ、学生のみならず講師にも指導をおこなうことのあるアレクシスその人だ。
彼はホールの中を、アインホルン寮のテーブルへ向かって歩き始めた。
アレクシスはかなりの高齢に見えるが、背筋が真っ直ぐ伸びて足取りもしっかりしている。彼に気付いた学生が憧れの目を向けるが、頭からすっぽりとフードをかぶっているせいか、なんとなく近寄りがたい雰囲気のため、誰も話しかけることができない。
学生達は畏怖の念を抱きながら、遠巻きにアレクシスを見つめていた。それどころか彼が進む先は、人垣が割れて自然と道ができるようだった。
「おじいさん!」
そんな中、おじいさんと呼ぶディアナの声がホールに響いた。
アルブレヒト王国のみならず、周辺国にも名を知られるアレクシスは、この国ではもはや生ける伝説だ。そんな人物を気さくに「おじいさん」と呼んだディアナは、周りにいた学生や講師から一斉に注目を浴びることとなった。
「え? ディアナさん、今なんと?」
「アレクシス様を、おじいさんって……?」
クラリッサやブルーノはもちろん、周囲の学生達も信じられないといった表情でディアナを見つめた。中には、ディアナの無礼な態度に眉を顰める者もいて、さすがのディアナも周囲の反応に少し恥ずかしさを感じるのだった。
そんな周囲の反応を気にした様子もなく近づいてきたアレクシスは、柔和な笑顔をディアナに向けた。
「久しぶりじゃのディアナ。息災そうでなによりじゃ」
アレクシスの気安い言葉遣いに、周囲の者が驚いた顔を浮かべている。
周りの注目を浴びる中、ディアナはアレクシスとの再会を果たした。
「おじいさんこそ。お元気そうで嬉しいです」
ディアナがはにかんだ笑顔を浮かべる。
彼女が意識しているかどうかわからないが、口調がかつて村にいたときの口調に近くなっていて、クラリッサとブルーノもその変化に目を丸くしていた。
またクラリッサは、彼女の口調以上に尊敬するアレクシスと友人であるディアナが、親しそうに話していることに感動した様子だった。
「其方の話はここアルケミアでもよく聞いておる。二度の魔獣災害を治め、その歳で二等級探索士になったとか?
それに今年から始まる身体強化魔法も、そなたがきっかけを作ったのじゃろ?」
アレクシスは相好を崩して、ディアナの活躍を喜んだ。
ディアナは照れくさそうに頬を赤く染める。
「いえ、周りの友人にいっぱい助けてもらいましたから」
そう言うとクラリッサとブルーノをアレクシスに紹介した。
二人は緊張した面持ちで、アレクシスに挨拶をおこなう。
その後、お茶とマフィンを手に、四人はテーブルに腰を下ろした。
「謙遜せんでもええ。周囲が助けてくれるのは、頑張る其方を助けたいと思わせたからじゃ。ディアナを周りが放っておけないのも其方の力じゃよ」
アレクシスの言葉に、クラリッサとブルーノはこくこくと頷いた。
その様子にアレクシスは、柔らかい笑みを浮かべる。
「きっとおじいさんがくれたこのペンダントのお陰です。
この間の魔獣災害で少し壊れちゃったけど、迷いそうになるたびにあたしの進路を照らしてくれました」
ディアナはそう言うと、服の中から首に下げたペンダントを取り出した。
それは、中央に青い宝石が埋め込まれ、その周りに複雑な文様が刻まれたペンダントだった。
青い宝石は、今も変わらず美しい輝きを放っていたが、台座部分は一部欠けてしまい、文様も一部潰れてしまっていた。
それは村での別れ際に、『ディアナが迷わないように』と言って、アレクシスから渡されたものだ。ディアナが言うようにオオカミの魔獣に蹴られた際、台座や文様が損傷してしまっていた。
それを見た途端、クラリッサが大きく目を見開くと、血相を変えてディアナに詰め寄る。
「ちょ、ちょっとディアナさん!
まさか、まさか、そのペンダントって……」
「うん。おじいさんから貰った」
そう言うと、クラリッサのみならず、ブルーノすら驚愕の表情を浮かべて固まった。
クラリッサはディアナがペンダントを持っているのを知っていたし、何度も目にする機会があった。しかし、まさかアレクシスから貰ったとは思いもしなかった。
ディアナ自身は、貰ったときに言われたとおり、アレクシスとの再会を約束するペンダントだと認識していた。だがそれは王宮魔法師が各地を訪問した際に、魔法士として見込みのありそうな子供をスカウトするためのペンダントだ。これがあれば、魔法学校への推薦状代わりとなるだけでなく、学費が全額免除となるのだ。
長い歴史を刻む王国といえど、中央と地方では貧富の差が激しく、せっかくの魔法の才能があっても、学費を払えないために魔法士を断念せざるを得ない子供を救済する目的で作られたものだ。
ディアナの他にもアルマが持っていたように、地方出身の者にとっては魔法学校に通うきっかけとして機能している。
しかし、クラリッサやブルーノが驚いたように、アレクシスが直接手渡したペンダントはほとんどないことでも知られていた。
そのため、アレクシスから直接貰ったペンダントをディアナが所持していたことで、彼女に対する周囲の目が眉を顰めるものから、羨むものへと変わった。
「おじぃ……、先生から預かってたこのペンダント、お返しします」
ディアナは、ペンダントを差し出した。
彼女にとっては、やっと約束を果たせたという安堵感があった。
しかし、アレクシスは静かに首を振った。
「儂との約束を覚えていてくれたんじゃな。じゃが、あの約束は其方に渡すただの口実じゃよ。
それに、このペンダントはお前さんにとって、もはや大切なものになっておるだろう?」
「……はい」
きっかけはアレクシスとの小さな約束。
でもひとりぼっちのときや苦しいときには、このペンダントに無意識に触れていた。そうすることで、不安な気持ちを落ち着かせることができた。
今ではディアナにとって、なくてならないものとなっていた。
「大切に持っておくがよい。だが、このままではちと具合が悪いのう」
そう言いながら、ペンダントを持ったディアナの手を両手で包み込むと、静かに魔力を流した。
すると、次の瞬間には変形していたペンダントが、生きているかのようにゆっくりと本来の形に戻っていく。
「ふむ、欠けてるところは、……これでいけるじゃろう」
そう言ってポケットから、爪の先ほどの小さな金属片を取り出し、それをディアナの手の平に載せるともう一度魔力を流した。
金属片がぐにゃりと形を変え、欠損部分に吸い込まれるように結合していく。
あっという間に、ペンダントは新品のような輝きを取り戻した。
「すごい、直った……」
ディアナが目を丸くして感嘆の声を上げた。
まじまじとペンダントを見つめるが、くすみもなくなり、まるで貰ったばかりのようだ。
「驚くことはない。簡単な錬金魔法じゃ。
其方らもこの学校で学ぶことになる魔法じゃよ」
アレクシスはそう言って片目を瞑る。
その表情はどこか悪戯っぽく、少年であるかのように見えた。
だが、ここまで精密な操作をおこなうには、高度な魔力操作が必要となる。
学んだからといってここまで再現できるようになるには、長い年月が必要だった。
ディアナがペンダントを服の中に仕舞うと、アレクシスは彼女の頭の上に手を置いた。
驚いて見上げる彼女に、一転して悲しげな表情を向ける。
「とても言いにくいことなんじゃが、お前さんの家族は残念じゃったの。
あの子が亡くなったことは、儂もいまだに信じられん」
「いえ、……先生にそう言っていただけると、お母さんも喜んでいると思います」
「お前さんの歳で両親を失うことは、あってはならんことじゃよ。
じゃが、そんな状況でよくここまで来たのう?」
「……あたし一人の力ではありません。
村でもユンカーでも、応援してくれる人がいたから、あたしはここまで来ることができたんです」
そう言ってクラリッサを見る。
彼女の目には、ここにはいないタネリやアルマの姿が見えているかのようだった。
「ほほほ、どうやらよい出会いがあったようじゃの?」
「はい」
ディアナは誇らしげに頷き、それを見たアレクシスは柔らかい表情を浮かべるのだった。