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プロローグ

ヴィンデルシュタットを出てから一週間、揺れる馬車の中をディアナは、アルブレヒトブルクへと向かっていた。クラリッサとブルーノも馬車に同乗している。というより、馬車自体ビンデバルト家の用意してくれたものだ。

道中、起伏の激しい山道を越えたり、深い森を抜けたりと、ちょっとした冒険気分を味わいながらの、のんびりした旅だった。今は、傍を流れる小川のせせらぎを聞き、窓の外の景色を楽しみながら、午後のティータイムをゆったりと過ごしていた。

辺境伯家が用意してくれた馬車は、座席もふかふかで揺れも少なく、村からヴィンデルシュタットに出てきた時に乗った乗合馬車とは違って非常に快適だった。また道中でも、ビンデバルト家御用達の高級宿に宿泊できたため、長旅だったがそれほど疲れは貯まっていなかった。


「見えてきたぞ。アルブレヒトブルクだ」


快適な旅だったとはいえ、まだ成人していない彼らにとっては、退屈だったことも確かだ。

ブルーノが窓の外に広がる光景に、興奮したように目を輝かせた。

その声に、向かいに座っていたディアナとクラリッサが振り返った。


「本当ですわね」


クラリッサも嬉しそうに笑顔を浮かべた。

視線の先には、距離が離れているためまだ青く霞んでいるが、王都の街並みが見えてきていた。

ヴィンデルシュタットのような街を囲むような高い城壁はなく、建物が山の裾野のようにどこまでも広がっていた。街の中央の小高い丘に建っている、ひときわ大きな白亜の建物が王城なのだろう。また王城に寄り添うように、天を突くような白い尖塔がそびえていた。


「高い……」


今まで見たこともない高層の建築物に、ディアナが思わず絶句する。

街まではまだ距離があるにも関わらず、その塔の高さと形は際立っていた。

まだ距離があるため身体強化魔法を使って視力を強化してみても、細かい造りはわからなかったが、隣に建つ王城や街並みと比べても、建築様式がまったく違って見えた。簡単に言えば、子供が手でこねて作った塔のような歪な形のものが、雲まで届くような高さでそびえ建っている。さらに塔の先端が青い光を放っていて、離れていても塔の存在を感じることができた。


「あれが王都の魔法塔ですわ」


クラリッサは、ディアナの姿を微笑ましく思いながら静かに答える。

彼女もあの塔を初めて目にしたときは、今のディアナと同じ反応だった。おそらく向かいに座るブルーノもそうだろう。魔法塔は、このアルブレヒトブルクの象徴だった。


「あの塔は正式には『星詠みの白塔』と呼ばれていて、あそこにディアナさんの目指す王宮魔法師がいるのですわ」


「あれを登るのは大変そう」


塔の上部に展望台のような窓が並んだ箇所があり、そこまでどうやって登るのか、ディアナは心配になっているようだ。


「わたくしもよくは知りませんけれど、あの塔は王都ができる前から建っていたといわれていますわ。塔は失われた古の魔法が使われていて、先端にある大きなクリスタルが、昼も夜も青い光を放ち続けているのです。

聞いた話では、塔の中では扉をくぐるだけで上階に行けたりするそうですわ。ディアナさんも王宮魔法師になれば入ることが許されますわよ。確か、あの塔はディアナさんのご先祖様のディアナ様も建設に関わったとか」


「ディアナおばあちゃんが!?」


ディアナ様という言葉に思わず反応したディアナ。

すべての魔法士の憧れであり、目標でもあるディアナ様を「おばあちゃん」と呼ぶのは、ディアナくらいだろう。

珍しく彼女が興奮する様子に、ブルーノが思わず目を見開いていた。


「ええ、そういわれていますわ」


ディアナは、今まで漠然と目標に定めていた王宮魔法師が、初めて具体的に目標として定まった気がした。

彼女は、王都に到着するまで、飽きることなく白亜の塔を見つめ続けていた。






王都アルブレヒトブルクの街並みは、まるで絵画のように美しかった。

古くからの歴史を感じさせる石造りの建物が立ち並び、その間を馬車がゆっくりと進んでいく。

ヴィンデルシュタットも歴史ある美しい街だったが、元々は城塞から発展してきた街だけに、石畳の道や重厚な城壁など、どことなく機能美を追求したかのようなシンプルな美しさだ。

風の音や人々の活気が響き渡るヴィンデルシュタットに対し、ここアルブレヒトブルクは、長い歴史が培われてきた様式美があり、豪華な装飾が施された建物や庭園など、一見ごてごてとした装飾も街並みと調和された美しさがある。

静かで荘厳な雰囲気が漂うアルブレヒトブルクは、まるで美術館のような趣があった。

その街中を尖塔を左に見ながらしばらく進むと、重厚な石造りの城郭が見えてきた。

いくつもの尖塔がそびえ立ち、壁面には精緻な彫刻が施されたその建物は、王城に劣らぬ威容を誇っていた。

長年風雨に晒された石材は、独特の重厚感を醸し出している。

やがて馬車は、その建物の荘厳な門の前で止まった。


「着きましたわ。ここがわたくし達が学ぶ王立魔法学院アルケミアですわ」


三人は馬車を降り、大きな荷物とともに見上げるほど大きく重厚な門扉の前に立つ。

門扉には、魔法の力を象徴するような複雑な紋様が刻まれていた。

周囲をぐるりと高い石壁に囲まれているため、ここからでは学校の全容はわからない。しかし左右に伸びる城壁から、ユンカー魔法学校とは比べものにならないくらい、広大な敷地を持つことだけはわかった。

奥の建物に巨大なアーチ状になった入口があり、その形状に沿って観音開きの大きな木製の扉がはまっていた。


『あの扉どうやって開くんだろう?』


見上げるほどの高さの扉は、人の手ではとても動かせそうにないくらい巨大で、そして重そうだった。

ディアナは何もかもが、今までと違うスケール感に息を呑んでいた。同時に、これから始まる学院生活への不安が急速に広がってくるのを感じた。

その彼女達の目の前で、扉が静かに開いた。

目の前の巨大な扉ではなく、その扉の下部に設けられている通用口のような小さな扉だ。

小さいと言っても、巨大な扉に比べればというだけで、全開すれば大人が四人は並んで通れるほどの広さはありそうだ。

中から現れたのは、杖をつきモノクルをかけた老翁だった。


「ようこそアルケミアへ。ヴィンデルシュタットからの学生ですね?」


見た目と違って意外にも張りがあり伸びのある声だ。

まるで来るのがわかっていたかのように、こちらから声をかける前にヴィンデルシュタットからの学生だと断じた。


「は、はい!」


気圧されたようなブルーノの上ずった声が響いた。


「ほっほっほっ、緊張するのも無理はありません。これからあなた方の学び舎であり家でもあるのです。どうか気持ちを楽になさってください」


ディアナ達よりも遙かに人生を生きてきただろう老翁は、しかし慇懃な態度を崩さず、丁寧に対応していた。


「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。わたしはこのアルケミアで雑務を務めさせていただいておりますフーゴと申します。この時期は新しい学生達の案内人のようなものをしております。これから三年間よろしくお願いいたします」


フーゴの自己紹介に続いて、ディアナ達も順番に自己紹介していった。


「では、中へ案内いたしましょう。ついてきてください」


そう言うと、フーゴは三人を扉内へと案内していく。

校舎内に入ってわかったが、巨大な扉は厚さが一メートル近くもあった。そして、普段はこの通用口を使うらしく、よく見れば巨大な扉と同じ形をしていた。

このアルケミアは、全寮制のボーディングスクールで、校舎内に学生達の暮らす寮が併設されている。

入口を入ると巨大な吹き抜けのホールとなっていて、正面に巨大な大理石の階段があり、濃い緑色の絨毯が敷かれていた。

階段は幅が五メートルほど、高さは三十段程度だろうか。階段の左右には、魔法に関する様々な絵画や彫刻が飾られており、アルケミアの歴史と伝統を感じさせる。階段のほとんどを緑の絨毯が覆っているが、驚いたことに継目などは一切なかった。それどころか、年季の入ったように見えるが、不思議なことに汚れや染みも全くなく、まるでおろしたてのようだった。

汚れがないのは、古い魔法がかけられているかららしく、緑色はアルケミアのシンボルカラーとなっているのだという。

ここを登ると、全学生が集う広いホールとなっていて、入学式もそこで執り行われるとのことだ。

アルケミアの学生数は各学年六十名。


「アルケミアではハウスと呼ばれるシステムを採用しています。学生は二十名ずつ三つの寮に分かれ、三年間共同生活を送ります。ちなみに寮の名前はそれぞれグライフ寮、フェーニックス寮、アインホルン寮と呼ばれ、伝説の魔法生物の名を冠しています」


フーゴが階段をゆっくりと登りながら、寮とその由来となった動物の説明を行う。

グライフは、頭と前足と翼が鷲、胴体と後足がライオンという動物で、翼で空を自由に飛ぶことができる。そのグライフのように、勇敢で冒険心に溢れる学生が多く集まっている。

フェーニックスは、寿命を迎えるとみずから火に飛び込んで死ぬが、再び蘇ると言われている不死鳥だ。この寮は、芸術的才能に秀でた学生や、情熱的な学生が多いといわれている。

アインホルンは一角獣とも呼ばれ、ふたつに割れた蹄を持つ白い馬で、その額から螺旋状のまっすぐな鋭い角を生やした生き物だ。全体的に知的で穏やかな学生が多いという。


「わたくし達の入る寮はもう決まっているのでしょうか?」


「はい。あなた方三人はアインホルン寮に決まっています」


クラリッサの質問にフーゴが答える。

三人と一緒の寮ということを聞いたディアナは、ホッと小さく息を吐いた。ただでさえ新しい環境の中、ひとりだけ違う寮だった場合、まったく打ち解けられる気がしなかったからだ。

彼は階段を登ると、ホールへと続く扉の前で足を止めた。

扉は開け放たれているため、中の様子を見ることができる。

ホールの中は三色に色分けされた旗が天井からぶら下げられていて、その下にテーブルが三列並べられている。

旗は基本的な意匠は同じだが、それぞれの領のシンボルが描かれている。その旗の下に、旗と同じ色のローブを纏った学生達が、何名か談笑していていた

右側から青地に翼を広げたグライフのシンボルが描かれた旗があるため、グライフ寮のテーブルだろう。

中央には赤い旗に、炎の中で羽ばたくフェニックスが描かれている。そして、左側には白地の旗に静かに佇む一角獣の横顔が描かれていた。


「さて、わたしの仕事はここまでです。この先はアインホルン寮のハウスリーダーが寮まで案内してくれるでしょう」


そう言って優雅に手を広げると、ホールから白いローブを着た男女二人組の学生が近づいてきた。

褐色の肌に短い金髪、褐色の瞳の背の高い男子学生と、腰まで届く長い赤毛を揺らした薄い桃色の瞳の女子学生だ。


「ヴィンデルシュタットからの学生だね? ようこそ魔法学院アルケミアへ。ボクはアインホルン寮のハウスリーダーのルーカスだ。よろしくな」


ルーカスはそう言って自己紹介すると、三人と順番に握手をしていく。

その人懐っこい笑顔は、優しく、頼りになりそうだった。


「わたしはエミーリアよ。同じくアインホルン寮のハウスリーダーをしているわ。何か困ったことがあれば、いつでも声をかけてね」


エミーリアは柔らかな笑顔を浮かべ、同じく三人と握手を交わした。

彼女のその明るい笑顔は、緊張を解きほぐしてくれるようだった。


「クラリッサと申します。憧れのアルケミアにこられて嬉しく思います。これからよろしくお願いします」


「ブルーノです。よろしくお願いします」


「ディアナ。……よろしく」


クラリッサ以外は、緊張した様子で言葉少なに自己紹介をする。

その様子を見て、ハウスリーダーの二人は懐かしそうに微笑んだ。


「緊張しているようだけど、心配いらないよ。ここでは上級生が下級生の面倒を見ることになっているんだ。アルケミアは色々と他と違うことが多いから最初はわからないことだらけなんだ。だけど心配しなくていい、ここの生徒の誰もが通ってきた道だ。寮のことでわからないことがあれば、この白いローブが目印だから誰にでも聞くといい。もちろんボクにも聞いてくれ」


「わたしも最初は一人で緊張していたんだけど、そのときのハウスリーダーのお姉さんが優しく色々教えてくれたの。皆そうやってきたから、ルーカスの言うように遠慮せず聞いてね。さて、わたし達の寮に案内するわ。ついてきて」


二人のにこやかな笑顔を見ながら、ディアナは大きく占めていた不安が、少し小さくなっているのを感じていた。

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