旅立ちの日
第三部の最終話です。
最終試験が終われば、卒業式まで応用学年生達は自由登校となり、ほとんど学校に来なくなる。
そのため試験前の喧噪がなくなったユンカー魔法学校は、比較的落ち着いた雰囲気に戻っていた。
「やっぱり、学生が半数だと何だか静かね」
「去年のわたくし達もこんなだったかしら? もっと騒がしかったと思うのだけれど」
「ええっ、覚えてないの? 去年の今頃はクレアちゃんとディアナちゃんが模擬戦で身体強化魔法を使ったから、学校中が大騒ぎになっていたわよ」
首を傾げるクラリッサに、驚いた様子のアルマが指摘した。
二人の模擬戦を見た教師が、魔法士の概念が変わると発言し、今年のカリキュラムに急遽身体強化魔法が追加されたきっかけとなったのだ。
「あら、それほど騒ぎになっていたかしら?」
「……?」
当の本人達は、まるで人事のように首を傾げたままだ。
今回の最終試験での異常事態でも、未熟ながらも身体強化魔法を教わっていたため助かった者も少なくない。去年の模擬戦での二人のパフォーマンスは、魔法士の可能性を大きく広げたエポックメイキングな出来事だったのである。
「来たわね。すぐに終わらせるから、ちょっと待っててくれる?」
三人が薬草学の教室に入ると、レオニーがずらりと並んだアヒレス草の苗の世話をおこなっていた。
来年度の授業で使う予定のアヒレス草なのだろう。アヒレス草が並んだ一角に、アヒレスモドキの苗も一緒に並んでいる。
「そういえばクレアちゃん、最初これを見分けるのに苦労してたよね?」
「そうでしたわね。あの頃はまったく見分けがつきませんでしたわ。今のわたくしがあるのは、あのときお二人が根気よく指導してくれたお陰ですわね」
アルマが笑顔を浮かべて悪戯っぽく笑うと、クラリッサも照れたように笑った。
幼い頃より薬草採取をしていたディアナやアルマと違い、辺境伯令嬢として育ってきたクラリッサは、最初アヒレス草とアヒレスモドキをまったく見分けることができなかった。
しかし彼女は見るからにお嬢様という外見と違い、小さい頃から探索士に憧れていた。そのため意外にも森に入ることを厭わず、平民の二人の教えを素直に聞き入れるだけの柔軟性も持ち合わせていた。
最初はまったく見分けられなかった彼女も、今では苗を見ただけでも見分けることができるようになっていた。もちろんディアナやアルマから学んだこともあるが、探索士として活動する中、二人に追いつこうと必死で覚えたことが大きかった。
「違う、クレアがすごく頑張るから、あたし達も教えた」
「そうね。クレアちゃんわたし達の教えたこと、次回までにキチンと復習してくるんだもん。すっごく教え甲斐があったわね」
「ん、あたしでも見分けるのに半年くらいかかった。一ヶ月でできるようになるのは異常」
「ちょっと! そう言われるとわたくしもディアナさんみたいではないですか」
「クレアも十分変態」
「へ、変態って、ちょっと語弊がありますわよっ!」
「ふふふ、普通はお嬢様って魔法士や探索士になろうとは思わないんじゃないかしら?
でもクレアちゃんは進んでそれになったのだから、やっぱり変態よね」
「自分は関係ないような顔してるけど、アルマも同じ」
「そ、そうですわ。わたくしが変態なら、同じことができるアルマさんも十分変態ですわね」
「特にアルマは胸が規格外」
「ちょっと、胸は関係ないでしょ」
そう言うと教室に三人の笑い声が響いた。
ディアナが目立つためそれほど注目はされないものの、クラリッサとアルマの二人も十分に規格外だった。
いくらディアナが教えたとはいえ、簡単に魔力循環や身体強化魔法を習得できるものではないのだ。
現にディアナへの対抗心が高いブルーノでさえも、身体強化魔法はまだ満足に使えてはおらず、魔力循環に至っては魔力を動かすのがやっとといった状態だった。
「待たせたわね」
ほどなくして、レオニーの準備が終わったらしく声が掛かり、三人は促されて彼女の部屋へと移動していった。
「寮の片付けは進んでいるかしら?」
三人にお茶を勧めながら、レオニーが問いかけた。
もう卒業式までは三日となっている。式が終わって数日もすれば、次の学生が入寮してくるため、卒業式が終わればすぐに退寮しなければならないのだ。
大きな旅行鞄ひとつしかないディアナはともかく、クラリッサとアルマは早くから荷物の整理を始めていた。
「もちろん」
「そう、それなら安心ね」
毎年のことだが学生の中には、何度言ってもギリギリまで放っておく者が少なからずいるらしい。
大抵は最後に大慌てで片付けるが、中には荷物を残したまま退寮する者もいるらしく、そういう者に限って部屋が荷物で溢れかえっているのだという。
そうなった場合、教師達が後始末をするはめになるため、レオニーはうんざりしたように頬に手を添えて溜息を吐いた。
「さて、今日あなた達に来てもらったのは他でもないわ。先日の推薦の話だけど、正式に決まったと連絡があったの」
推薦の話とは、王都にある上級魔法学校、正式名称「王立魔法学院アルケミア」への進学のことだ。
実は、最終試験前にレオニーに呼び出されて、内定の連絡を受けていた。
「あなた達とブルーノを合わせて四名が推薦されるだなんて、ユンカー魔法学校始まって以来の快挙よ」
そう言って嬉しそうに語るレオニーとは対照的に、三人は複雑な表情を浮かべて顔を見合わせる。
そして、アルマが少しムッとした顔を浮かべて進み出た。
「レオニー先生、わたしは前に辞退すると言いましたよね?」
内示の際にもアルマははっきりと辞退の意思を伝えていたが、レオニーは「せっかくの推薦なのに」と考え直すように促していたのだ。
「やっぱり意思は変わらないのね?」
「はい」
アルマの目を見て、決意が揺るがないことを悟ったレオニーは、残念そうに溜息を吐く。
「そう。残念だけど仕方ないわね。二人はどうするの?」
「わたくし達は、お受けいたしますわ」
「ん」
ディアナとクラリッサは、推薦が正式に決まり嬉しそうに頷いた。
もっともディアナの場合は、応用学年への進級時に推薦することが内定していたらしい。
「よかったわ。あなた達も辞退したらどうしようかと思ってたの」
そう言って冗談めかしていたが、そのホッとした様子を見ると、レオニーの本音なのだろう。
確かに推薦人数の多さは、ユンカー魔法学校の実績につながるが、もしかしたら先生の給与にも直結しているのかも知れない。
その数日後、ユンカー魔法学校で卒業式が執りおこなわれた。
学校の中庭に八十三名の卒業生達が並んでいた。
入学時に百名を数えた学生達も、途中で魔法士への道を諦めて、ひっそりと自主退学していった者がいる。また、最終試験での災害によって十二名が行方不明となり、その後六名の死亡が確認されてもいた。
学長の挨拶は、犠牲となった六人への言葉から始まった。
「残念ながら、先日の魔獣災害で、六人の若い命が失われました。
未来ある魔法士たちが、無残にも魔獣の犠牲となりました。
胸に抱ききれない悲しみと、怒りがこみ上げてきます。
まだ幼さの残る顔で、未来への希望に満ち溢れていた者もいました。
勉学に励み、魔法の腕を磨き、これから夢を叶えようとしていた者もいました。
家族や友人を大切にし、誰よりも優しく、誰よりも勇敢だった者もいました。
あの日、彼らが何を思い、何を感じたのか、想像することしかできません。
しかし、彼らが最後まで諦めず、仲間を守ろうとしていたことは、疑いようもありません。
ここに、深い哀悼の意を表します。
そして、彼らの勇気と献身に、心から敬意を表します。
二度とこのような悲劇が繰り返されないことを、心から願います。
失われた六つの命を無駄にはしない。
それが、私たちにできる、せめてもの弔いだと信じています」
学長の言葉に、各所からすすり泣く声が聞こえていた。
その後、犠牲者への黙祷が捧げられた。
静かに始まった卒業式はその後、表彰へと移っていく。
まずは三組から五組の表彰だ。
六十名中で最終試験を突破できた者は、約半数の二十七名。
意外と少なく感じるが、これは例年とそれほど変わらない比率である。
「皆さんは六級魔法士の資格を得て、新たな舞台へと羽ばたくこととなります。
魔法士の世界は、決して甘いものではありません。
才能ある者たちが、しのぎを削り、常に研鑽を怠らない世界です。
皆さんはその厳しい世界に飛び込むことになります。
才能に恵まれなかったから、努力が報われないからと、諦めてはいけません。
才能は、努力によって開花するものです。
努力は、必ず報われると信じて進んでください」
六級魔法士は、魔法士見習いと同義とみなされることが多く、またその資格の有効範囲は、ビンデバルト辺境伯領内に限られる。
そのため学長の言葉は、激励めいたものが自然と多くなっていた。
もちろん、彼らに活躍の場がないのかと言えばそうではない。
過去には『資格なし』からたゆまぬ努力を重ね、ビンデバルト領に多大な貢献をした魔法士も存在するのだ。
そして、一組と二組の表彰へと移る。
今回彼らの最終試験は途中で中止となった。そのため例年とは違って、二日目終了時点での成績で算定されていた。そのため例年よりも多くの二十二名に、五級魔法士の資格が与えられることになった。
「皆さんは、本校の模範となるべき、優秀な成績を収められました。
その努力、才能、そして情熱は、他の学生たちの模範となるべきものです。
しかし、才能に溺れてはいけません。
才能は磨き続けなければ、錆びついてしまいます。
本校で培った知識と経験は、皆さんにとって大きな武器となるでしょう。
しかし、それに甘んじることなく、常に学び続ける姿勢を忘れないでください。
今年の最終試験は、不幸な出来事がありながらも、多くの学生が五級魔法士の資格を手にしました。
もちろんこれは近年でもっとも素晴らしい結果です。
不幸にも犠牲となった仲間のためにも、ユンカーの誇りを胸に、今後ますます活躍してくれることを期待します」
六級と違って五級魔法士の資格は、一人前の魔法士として認められた証だ。
中庭に資格を手にした学生達の誇らしい顔が並んでいた。また、残念ながら合格しなかった者も六級魔法士として登録され、見習いからスタートすることになる。彼らの表情からも口惜しさとともに、今に見てろという決意めいたものを感じられた。
「そして最後の発表になります。
本校では五年ぶりとなる、王立魔法学院アルケミアへの推薦者が出ました。
今から名を呼ぶものは、前に出てくるように」
そう言って学長は、誇らしげに生徒をゆっくりと見渡すと、一人ずつ名前を告げていく。
「まずはブルーノ」
ブルーノが若干緊張した顔を浮かべ、ゆっくりと前方へと歩いていく。
「そしてクラリッサ」
当然のような顔を浮かべたクラリッサは、顎をツンと上げて優雅な足取りで続いていく。
「最後にディアナ」
ディアナはいつものように無表情だったが、右手と右足が一緒に出ているところをみると、どうやら緊張しているようだった。
三人が学生たちの前に並ぶと、再び学長が口を開く。
「才能あふれるブルーノは、二年間を通じて常にトップの成績を収め、その才能を遺憾なく発揮しました。また最終試験では仲間を逃がすため、一人囮として残り、負傷しながらも見事に生還を果たしました。
クラリッサは、常に前向きな明るさを持ち、また誰にも真似できないほどの努力を重ねて、学生を一つにまとめる存在となりました。最終試験では、多くの学生を率いて森からの脱出を成功させ、その卓越したリーダーシップを見せつけてくれました。
そしてディアナ。
入学当初は心に深い傷を抱えていましたが、仲間たちの温かい励ましと、自身の努力によって、たくましく成長しました。二度の魔獣災害も、彼女のおかげで解決できたといって過言ではないでしょう。特に最終試験では、疲労に加えて負傷者を抱えながらの戦いとなりましたが、持ち前の勇気と冷静さで見事に彼らを守り抜きました。
以上の三名が、それぞれ異なる才能と個性を持って、この学校を卒業していきます。
三名は四級魔法士として、次のアルケミアでの学びを通じて、さらに大きく成長した姿を見せてくれることでしょう。
わたし達はいつでもあなた方を、心から応援しています」
中庭に盛大な拍手が響き渡り、卒業式は終わった。
「終わったわね」
「二年間、あっという間でしたわね」
「ん」
卒業式が終わり、三人は寄宿舎へと戻ってきていた。
荷物はすでに片付けてあり、明日の朝にはいよいよ退寮となる。
基礎学年生は長期休暇となっているため、寮には今彼女ら三人だけだった。
今日は寮母の計らいで、彼女達のためにささやかな卒業パーティがおこなわれる予定だ。
「それで、アルマは結局どうするの?」
進学する二人と違って、アルマ一人だけ卒業後の進路がはっきりと決まっていなかった。
就職してヴィンデルシュタットに残るのか、それとも故郷のホイス村に帰るのか。
ディアナやクラリッサにも相談していたが、最後まで決めかねていたのだ。
「色々考えたんだけど、やっぱりホルストさんの店で働くことにする」
「そうなんだ」
ホルストさんの店とは、以前魔獣に襲われていたところを助けた商人で、ビッテラウフ商会という店の代表だ。
ディアナの作る回復薬を気に入ったホルストが、彼女達に指名依頼を出したことでつながりができた。
当初は、ほぼディアナしか作れなかった回復薬も、今ではアルマも高確率で作れるようになっていたため、納入量も月三十本に増えていた。卒業後はディアナの納入分が減るが、その分アルマが専属として働くことで、月二十本の納入量をキープするそうだ。
「一応薬師として働くけど、ホルストさんが仕入れに行くときは、護衛してくれって言われてるの」
「では、ヴィンデルシュタットに残るのね」
「そうね。大体はビッテラウフ商会の工房にいると思う」
「では、休みになったらまた三人で会えるわね」
ホイス村では会うことは難しいが、ヴィンデルシュタットにいるなら、長期休暇で戻ってくれば会うことができる。クラリッサとアルマは嬉しそうに頷きあっていた。
「三人? もしかしてあたしも?」
キョトンとした顔で、ディアナが首を傾げる。
「もちろんディアナさんも一緒ですわ。あなたはまだボンノ村に帰るつもりはないのでしょう?
だったら休暇中はわたくしと一緒に、ヴィンデルシュタットに戻ればいいのよ」
「それいいわね。そしたらまた三人で採集に行きましょうよ」
「……いいの?」
不思議そうな顔を浮かべるディアナ。
「なぜそういう顔をするかわかりませんけど、アルホフ・パフェは解散してもわたくし達の友達関係まで解消する訳じゃないでしょ?」
「ええっ、ディアナちゃんもしかして卒業したら、わたしとの関係が終わるって思ってたの!?」
「……ちょっと思ってた」
頬を染めたディアナが恥ずかしそうにうつむいた。
「ひどいわっ、あんなにいいことしてあげたのに!
これは二度と忘れられないように、ディアナちゃんの身体に刻み込ませないとダメかしら?」
そう言って、軽く胸を持ち上げたアルマが、ディアナに迫っていく。
「ご、ごめんって」
ディアナは謝るが、その顔には笑顔が浮かぶ。
この日クノール寄宿舎では、夜遅くまで彼女らのかしましい声が響いていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
これで第三部は完結となります。
続いて、第四部「王都でも無双しよう」をお楽しみください。




