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夜の森

――はぁはぁはぁ……


いち早く呼吸を整えたクラリッサが人数を確認するとわずか十三名しかいなかった。

キャンプ地からここまでほんの十分程度だったが、学生達はまだ慣れない身体強化魔法を使って全力疾走した後だ。


「少しここで休憩いたします。動ける方は交代しながら手分けして周囲の警戒をお願いいたします」


クラリッサはそう言うと、身体強化を使って傍の木を駆け上がっていった。

途中で脱落してしまった何人かは、この間に追いついてくるだろう。だが気長に全員を待つわけにはいかなかった。魔獣の脅威が迫る中、少しでも多くの学生を安全な場所へと届けなければならないのだ。

木の上からキャンプ地を確認できないかと思ったが、同じような高さの木々が並んでいることと、すでに日が落ちていることもあってキャンプ地がどうなったかまでは確認できない。


「ふうぅぅ……」


クラリッサは大きく息を吐き、背中に背負っていた鞄を下ろす。

留め具を外して口を開けると、慌てて突っ込んだせいか鞄の中はぐちゃぐちゃだった。

クラリッサは、中から水筒を取り出して口を付けた。

今一緒に脱出しているメンバーの中には、彼女のパーティメンバーはいない。

モニカを探しにいったディアナはともかく、後から合流するはずだったアルマとマーヤとすら合流できていなかった。そもそも先生と相談する前に魔獣が現れたため、近くの学生達をまとめて何とかここまで逃れてきたのだ。


「ディアナさんやアルマさんがいないだけで、これほど心細いなんて思いませんでしたわ」


クラリッサは、普段誰にも見せない本音を吐露していた。

もちろん周りに誰もいないことは確認済みだ。

精一杯虚勢を張って学生達を率いてきたが、ディアナとアルマと離れ離れになったことで、普段どれだけ二人に助けられていたのか、言葉にすることでより実感していた。

ディアナは普段は無口で愛想もよくないが、こういったイレギュラーな事態が起これば誰よりも頼りになる存在だった。アルマもおっとりしているがその明るい性格と人当たりの良さで、クラリッサよりもうまく皆をまとめてくれただろう。

この二年、自分でも成長できたと考えていたが、それは普段の生活があってこそだ。それ以外でディアナのように頼りになることもなければ、アルマのように人をまとめることもできない。あらためて自分自身の無力さを突きつけられていた。


――パン!


クラリッサは自ら叱咤するかのように、両手で自分の頬を叩いた。

それから大きくゆっくりと息を吐く。


「こんなことではディアナさんのことをとやかく言えませんわね。わたくしは辺境伯家の人間として、領民を守らなければなりませんもの。反省するのは脱出してからいくらでもできますわ」


そして自分に言い聞かせるように呟いた。

魔獣への恐怖と暗闇への不安、そして二人がいないことの心細さを嘆いていても状況は何も変わらない。

クラリッサはできないことをあれこれ求めるのではなく、学生達を無事脱出させるため、今できることだけを考え始めた。

ないものを求めず、今できることをする。それこそが他の二人にはないクラリッサの強みだった。


――ヴォォォォォン


夜空に魔獣の遠吠えが響く。

聞こえてきた方角から、魔獣はまだキャンプ地付近から動いてなさそうだ。今のうちに距離を稼いでおけば、助かる確率はさらに上がるだろう。

そう考えるとクラリッサは、もう行動に移っていた。

無造作に木から飛び降りると、遠吠えに不安そうに身を寄せ合っていた学生達の真ん中に降り立った。


「ひっ!?」


すぐ傍に立っていた学生が驚いて尻餅をついたが、クラリッサは無視するように周りを見渡す。

顔色は悪かったが、多少は休めたことで元気は取り戻していると、信じることにする。

アルマ達の姿はまだ見えなかったが、休んでいる間に合流してきたのだろう。人数は十八名へと増えていた。


「魔獣はまだキャンプ地にいます。皆様疲れているところで心苦しくはありますが、今のうちにもう少し移動しましょう」


クラリッサがそう言うと、皆が一斉に移動の準備を始めた。

疲れのためか多少動きは緩慢だったが、誰も不平を言う者は出なかった。


「クラリッサ様」


そんな中休憩中に合流してきたのだろう。エルマーが彼女に声をかけてきた。

彼の他にも、幼い頃より見知った顔が数名見える。皆辺境伯家に寄子として仕える貴族の子供達だ。彼らは全員、後悔と不安が入り交じったような表情を浮かべていた。


「申し訳ありません。出発はもう少しお待ちいただきたいと存じます」


「どうしてかしら?」


クラリッサはなんとなく理由は察したが、周りには他の生徒もいるため、あえてそう問いかけた。


「ブルーノ様がまだ合流されておりません」


エルマーの証言に寄ると、キャンプ地で早々に魔獣に遭遇したらしい。

ブルーノ達は討伐を試みたものの失敗し、徐々に追い詰められていった。

そんなときにブルーノが一人、囮となって皆を逃がしたのだという。


「ブルーノ様はすぐに追いつくと仰いました。ですのでブルーノ様が追いつかれるまで待っていただきたいのです」


概ねクラリッサの予想通りだったが、まさか討伐しようとしていたとは思わなかった。

何にせよ彼らの表情の理由には納得できた。

しかし、クラリッサはすでに決めていた答えを口にする。


「待つことはできません。今は一刻も早く安全を確保しなければなりません。ブルーノひとりのために皆を危険に晒すことは許しません」


個人的な理由で皆を危険な場所に留め置くことはできない。

それはエルマーとてわかっていたことなのだろう。ショックを受けていない様子から、クラリッサと同様あえて口にしたことのようだった。案の定、エルマーは続けて本来の望みを口にするのだった。


「それでは我々だけでも残って、ブルーノ様を待ちたいと存じます」


「それも許しません」


クラリッサはエルマーの希望をすぐに却下した。

断られるとは思っていなかったのか、彼らは一瞬呆然と立ち尽くした。


「あなた達が主家筋であるブルーノを心配する気持ちはわかります。でもあなた達の本分は、領民を守ることでしょう。違いますか?」


エルマー達は一斉にうなだれた。

貴族といっても領民がいなければ成り立たない。

普段ふんぞり返ることができるのも、こういった状況で領民を守るための力を持っているからだ。例え実際は親の威光がなければただの力のない学生といえど、彼らは幼い頃からそう言い聞かされて育ってきた。その義務を放棄することは、貴族としての矜持を捨てるのと同義なのだ。

クラリッサは続ける。


「それに領民よりも自分を優先したと、ブルーノが知ればどう思うかしら?」


その言葉にエルマー達は、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

今までブルーノの身を案ずるあまり、彼がどう思うかまでは考えられていなかった。


「……申し訳ございません。我々が浅はかでした」


貴族としての責務を果たさず、仮にクラリッサらが全滅してしまったら、彼らはブルーノに合わせる顔がなくなってしまう。それでもすぐに切り換えることは難しいらしく、苦渋の表情を浮かべながら彼らは頭を下げた。


「いえ、わたくしも同じですもの。あなた方のお気持ちはわかります」


そのクラリッサの言葉で、また彼女もディアナやアルマと離れ、たった一人で学生達をここまで率いてきたことを悟った。

それまでの凜とした表情が、そのときだけは苦悩する表情に変わっていた。しかし、心配そうな表情を浮かべたのは、その一瞬だけですぐに表情は元に戻る。


「従者のあなたが、ブルーノを信じなくてどうしますの」


その言葉はエルマーだけでなく、クラリッサ自身にも向けられているようだった。






「完全にはぐれちゃったわね」


「ゴメン、わたしがすぐに起きられなかったから」


疲れのためか目覚めた後もすぐに動けなかったせいだと、マーヤが目に涙をためながらアルマに謝った。


「そんなこと言わないで。魔獣が現れたんだもん仕方ないよ。それより今は何とか皆に合流しないと」


クラリッサが本部へと走り、アルマがマーヤを起こしていると、すぐに魔獣の遠吠えが聞こえてきた。

同時に空に警備の兵が上げた発光信号が、いくつも空に上がった。

アルマはかまどの火を砂をかけて消すと、寝ぼけ眼のマーヤを追い立てるようにして起こした。

その後、すぐに本部へと合流しようとしたが、そのときにはもう騒ぎはキャンプ地全体に広がっていたため、合流は諦めて森へと逃れたのだった。

二人は不安からか、身を寄せ合うようにして森を進む。

また松明の明かりも非常に頼りないため、足取りはきわめて遅かった。


「ねぇアルマちゃん。このまま進むの危険じゃない?」


「わかってる。でも今はできるだけキャンプ地から離れないと!」


暗闇の中から音がするたびに、ビクビクと怯えているマーヤが提案するが、できるだけ離れないと危険だと言ってアルマは首を振る。

今はまだキャンプ地からそれほど離れていない。

魔獣がどうなったかはわからなかったが、できる限り離れた方がいいことだけは確かだ。

しかし一方で、このまま闇雲に進むことも危険だというのも事実だ。

場合によっては遭難してしまうかも知れない。


「あと三十分ほど進んだら、休憩しようか?」


アルマがそう提案すると、マーヤはホッとしたようにこくこくと頷くのだった。

その後しばらくして足を止めた二人は、交代で火の番をしながら、ようやく短い眠りにつくのだった。

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