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叙爵

ブライトナーへの帰港後、ジークムントは、ブルーノと船長らから無人島での出来事の詳細な報告を受けた。報告は、長年彼の頭を悩ませ続けてきた悪名高い海賊「死肉喰らい」を、僅かな魔法士によって壊滅させたという驚くべき内容であった。

この知らせを聞いたジークムントは、文字通り飛び上がって喜びを露わにした。その表情には、長年の懸案が解決された安堵と、自身の領内で大きな功績が達成されたことへの満足がはっきりと見て取れた。

数日後、彼らの無事を祝う祝宴が催された。

以前は平民に対しては冷淡な態度を取っていたジークムントであったが、この日のパーティではディアナをはじめとする平民たちへの態度が一変していた。彼は彼女らをアルフォンスやクラリッサといった貴族と同列に扱い、その功績を心から称賛した。

この豹変ぶりには、彼の息子であるブルーノが思わず皮肉を言うほどであった。


「無人島とはいえ、自領内に海賊の拠点が長年存在していたことを、見落としていた負い目があるからでしょう」


彼はそう言って肩を竦めた。

ジークムントがディアナ達平民に示した敬意は、単なる感謝だけではなかった。それは、自らの不手際が招いた事態に対する責任感、そして平民たちの献身によって領が救われたという深い負い目からくるものだったのだ。


「それでは、わたくし達は先にヴィンデルシュタットに戻っていますね」


「はい、わたし達も、明日にはアルフィーと一緒に向かいます」


祝宴の翌日、ディアナ、クラリッサ、アルマ、モニカ、マーヤの五人は、ブルーノやアルフォンスと別れ、一足早くヴィンデルシュタットへの帰路についた。

ヴィンデルシュタットでは、誘拐事件の正式な報告が領政府に行われることになっていた。その後、領政府主催の盛大な祝宴と表彰式が予定されており、一同は事件解決に貢献した当事者として、その式典に参加することになっていた。


「ふうぅぅ。やっと帰れるわね」


前日までの疲労はまだ残るものの、彼女たちの胸にはようやく帰れるという安堵が広がっていた。

無人島からの帰路でも船酔いに苦しんでいたアルマとマーヤは、馬車に揺られながら大きく息を吐き、心底ホッとした顔を浮かべていた。

楽しいはずの遊覧が一転して遭難し、海賊との戦い、そして子供達の救出と、僅か数日の出来事とは思えないほど濃密な時間を過ごした。彼女らにとっては、一生をかけても得られないような体験だったに違いない。


「でもまだ表彰がある」


ディアナの簡潔な一言に、アルマは途端にうんざりしたような顔を浮かべた。


「またあのドレス着ないといけないのよね?」


心底嫌そうな顔でアルマは大きな溜息を吐いた。

彼女の言う「あのドレス」とは、ブライトナーでの晩餐会と祝宴で着用したドレスのことだ。サイズが少しアルマに合っていないため、胸元がはち切れそうなほど窮屈なドレスのことだった。そのため、クラリッサには「破廉恥」とまで言われてしまった曰くつきの代物だ。


「アルマさんのドレスは、お直しするから大丈夫ですわ」


「本当!?」


クラリッサの柔らかな言葉に、アルマが半信半疑といった様子で尋ねる。しかし、クラリッサは自信満々の様子で、手直しすることを請け負った。


「ええ、ブライトナーではどうしようもありませんでしたけれど、ヴィンデルシュタットではわたくし専属の針子がいますもの。お直しするくらい簡単にできますわ」


その言葉にアルマの顔に安堵の色が浮かんだ。窮屈なドレスから解放されることに、彼女は心底ホッとしたようだった。これで憂鬱な表彰式も、少しは気が楽になるだろうと、アルマは胸を撫で下ろした。






三日後、無事にヴィンデルシュタットへの帰還を果たした。

辺境伯邸では、心配そうな表情を浮かべたビンデバルト辺境伯夫妻が出迎えてくれていた。馬車が屋敷の車止めに滑るように入っていくと、停車するのも待ちきれないといった様子で、クラリッサは勢いよく馬車から飛び出した。


「お父様! お母様!」


クラリッサの声に、二人の顔に安堵の色が広がる。彼女は両親の胸へと飛び込み、生還した喜びと安堵が入り混じった感涙にむせび、小さな肩を震わせた。


「クレアッ!」


ベルンハルトとイリーナもまた、娘の無事を心から喜び、慈しむように優しく、そして強く抱きしめた。彼らの目にもうっすらと涙が浮かんでいた。

娘の遭難の一報は、すぐに寄親である辺境伯にも届けられていたのだ。それから無事発見の報告が入るまで十日近くの間、ベルンハルトとイリーナは、ほとんど眠れない夜を過ごしていた。


「よくぞ無事で……」


ベルンハルトの声は震え、言葉にならなかった。イリーナもまた、クラリッサの髪を撫でながら、ただ涙を流すばかりだった。

愛しい娘が腕の中にいる。この温もりを二人はどれほど待ち望んだことだろう。心配と不安で張り詰めていた心が、ようやく溶けていくのを感じた。


「ディアナさん、それに皆も。よく無事で戻ったね」


家族の再会を見守っていたディアナたちに、ベルンハルトは向き直った。彼の表情は安堵に満ち、目元には優しい皺が刻まれている。


「この度はご心配おかけしました。おかげさまで無事に戻ることができました」


ディアナが代表して、簡潔に挨拶をおこなった。

彼女の表情は普段と変わらず乏しかったが、その瞳の奥には、もはや故郷と呼べるほどの安らぎがある辺境伯家へ帰ってこられたことへの深い安堵が垣間見えた。


「ディアナさん、お帰りなさい。貴女もよく無事だったわね」


イリーナはそう言うと、ディアナに歩み寄り、優しく抱きしめた。

イリーナの思いがけない行動に、ディアナは思わず身を固くした。しかし、彼女の温もりと、その腕から伝わる優しさに触れ、ディアナの全身から次第に力が抜けていくのを感じた。普段それほど感情を表に出さない彼女の目にも、うっすらと涙が浮かび上がった。


「はい。……ただいま戻りました」


ディアナは安心したように、イリーナに身を預けるのだった。

それを見守るアルマ達の目にも涙が浮かんでいた。


「キミ達のご両親にも連絡はしてある。モニカ嬢とマーヤ嬢はご両親が、アルマ嬢は後見人のホルストさんが夕方には迎えに来てくれるだろう」


ヴィンデルシュタットに実家があるモニカとマーヤはともかく、アルマの実家は遠い。ホルストから彼女の実家にも一報を入れていたが、連絡が届き次第すぐに発ったとしても、到着まであと数日はかかるはずだった。


「あ、ありがとうございます」


アルマは恐縮した様子で、ベルンハルトに感謝する。

ディアナと違って、彼女らは緊張した顔を浮かべたままだ。

無理もない。相手は、王国の辺境伯当主ベルンハルト・フォン・ビンデバルトその人だ。その気さくな態度につい気を許しそうになるが、普通に生活していては、絶対に会うことのない人物なのだ。しかし、ベルンハルトはそんな彼女たちの緊張を和らげるように、優しい眼差しを向けた。


「祝賀会まではまだ日がある。それまでゆっくり休んで疲れを癒して欲しい。今回の件で、君たちは本当に良くやってくれた。心からの感謝を述べる」


彼の言葉は、彼女たちの胸にじんわりと染み渡った。そして、その後迎えに来たホルストやモニカやマーヤの両親にも、ベルンハルトは気さくに話しかけるのだった。






「ディアナ、前へ」


ベルンハルトが厳かな声でディアナの名を呼んだ。

その声に促され、ディアナは緊張した面持ちで、壇上に立つアルフォンスの前に静かに跪いた。今日の彼女は、いつもの探索士の動きやすい格好の上に、白いアルケミアのローブを羽織っていた。

アルフォンスの前にはディアナの他にも、彼女と同じように白いローブに身を包んだクラリッサやブルーノ。魔法兵団の苔色のローブをまとったマーヤ。貴族らしい華やかな衣装のエルマー。それに探索士の格好をしたアルマとモニカの七名が、王族を前に緊張に身を固くしていた。

彼らはこの日、海賊「死肉喰らい」討伐の功績を称えられ、緊張の中にもどこか誇らしげな表情でアルフォンスから表彰されたのである。そしてその後、ディアナの名が再び呼ばれたのだ。


「此度の功績、誠に比類なきものと認める。長年、我がアルブレヒト王国を悩ませてきた海賊『死肉喰らい』の壊滅。それは、多くの人々の心を苦しみから救い、このヴィンデルシュタット領に、そして王国に安寧をもたらすものである」


アルフォンスの朗々とした声が、ヴィンデルシュタット庁舎の議場に響き渡る。その声には、普段の彼からは想像できないほどの威厳が宿っていた。

今日のアルフォンスは、王家を代表する者としてこの表彰の場に立っていた。彼もディアナらと遭難していたが、身分を偽っていたこともあって、その場にはいなかったことになっていた。今回の式典のために、王城から遣わされたという設定になっていた。

アルフォンスは、いつものような軽薄な雰囲気は微塵も感じさせず、王家の威厳を全身から漲らせている。彼は静かに言葉を続けた。彼の目は跪くディアナをまっすぐに見据えていた。


「その比類なき功績に報いるべく、王家の名のもと、キミに騎士爵の称号を授ける!」


騎士爵は、功績を称える栄誉としての意味合いが強い称号である。今回ディアナが成し遂げた海賊壊滅という途方もない功績は、単なる栄誉にとどまらなかった。ディアナは、世襲権こそないものの準貴族という、破格の扱いを受けることとなったのである。


「謹んで拝領いたします。この称号の名に恥じぬよう、今後とも精進することを誓います」


ディアナはそう答えたものの、実は内示を受けた際には、頑なに固辞していたのだった。しかし、受諾しなかった場合に、王家や辺境伯家に泥を塗ってしまうこと、あまりに固辞し続ければ王家に叛意ありと受け取られかねないことなど、クラリッサから懇々と説得され、渋々ながら受諾したのだった。彼女の心の中には、この突然の重責に対する戸惑いと、新たな立場への不安が入り混じっていた。

アルフォンスが壇上から下がり、代わってベルンハルトが登壇する。彼の表情は、アルフォンスとは異なり、温かい光を帯びていた。


「ディアナ、顔を上げなさい」


ベルンハルトの声に促され、ディアナがゆっくりと顔を上げると、その目に彼の優しい眼差しが映った。その眼差しは、まるで我が子を見守る父親のようであった。


「此度の多大なる功績により、ディアナは騎士爵となった。ディアナの功績は、この国の歴史に深く刻まれるだろう。ゆえにディアナには、新たな人生を歩むにふさわしい、新たな名が必要だ」


彼はそう言って、ディアナの瞳をまっすぐに見つめた。


「家名を持たぬ其方に、ビンデバルト家の名において新たな家名を与える。其方のルーツであるエルフにちなみ、また空を駆け、嵐を操る力を持つディアナにこそ相応しい、新たな家名だ」


ベルンハルトは、まるで娘に語りかけるかのように、温かく微笑んだ。彼の言葉には、ディアナへの深い配慮と、これからの人生への祝福が込められていた。


「今後、ディアナ・リーフヒンメルと名乗ることを許す。この家名とともに、新たな人生を歩んでいくことを、心から願っている」

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