帰ろう
その夜、ブルーノは海賊討伐に参加したメンバーを焚き火の周りに集め、今回の出来事について話し合いの場を設けた。マーヤから、報告書について相談されたからである。
「やはりディアナの活躍は外せないだろう?」
ブルーノが口火を切ると、ディアナ以外の全員が深く頷いた。
全員で力を合わせて、海賊の討伐および子供達の救出に動いたのは事実だが、ディアナの圧倒的な力がなければ、返り討ちに遭っていた可能性が高いことは想像に難くなかった。
「そうよね。ディアナちゃんがいなかったら、わたし達全員捕まっていたわ」
アルマがディアナへの感謝を込めて言った。彼女の言葉に、マーヤも続く。
「さすがに異名持ちだけあって強かった。途中でちょっと諦めかけたもん」
彼女はマルコの実力を過小評価していたことを反省し、ディアナのおかげだと心から言った。
しかし、それにはディアナだけが異を唱えた。
「全員が活躍したでいい」
嫌そうな顔を浮かべるディアナに、モニカが即座に反論した。
「それは無理よ。海賊のほとんどが雷に打たれた痕が残っているもの。この中でディアナちゃん以外誰も雷呼べないじゃない」
実際、生き残った海賊のほとんどは、ディアナの雷撃を受けた者達で、彼らの体には痛々しい火傷の痕が残っていた。一方で、ブルーノ達が倒した海賊は、手加減することなく戦ったため、そのほとんどが死亡しており、生き残った者も重傷者が多かった。
彼らの負傷の状態を見れば、とても全員で討ち取ったとは言える状況ではなかったのだ。
さらに、マルコの実力は広く知られており、これまで軍による討伐が何度か試みられては失敗に終わっていた。そのため、たとえ実力者揃いとはいえ、十名足らずの人数での討伐では、上層部を納得させることはできないと判断され、結果として、報告書はディアナの活躍を中心に記載されることになった。
どのみち亜人の子供達がディアナの活躍を目撃しており、黙っていたところで子供達や海賊の口からディアナの活躍は漏れるのは確実だった。
「あとは治癒魔法を使ったことをどうするかだが……」
ブルーノが腕を組み、一同を見渡した。
王の許可なく禁忌となっている治癒魔法を使ったことが露見すれば、ディアナに何らかの処分が下ることは間違いない。その可能性に、場の空気は一気に重くなった。
「そんなの黙ってるの一択じゃない!」
モニカが憤慨したように唇を尖らせた。
「そうよね。せっかくクレアちゃんを助けてくれたんだもの。そのせいでディアナちゃんが投獄されるなんて納得いかないわ」
アルマもモニカの意見に賛同し、ディアナを守るため、治癒魔法の使用については秘密にすることを強く主張した。
「わたしも同じ意見ね。海賊達は全員気絶していて、治癒魔法の瞬間を目撃しているはずがないし、子供達も雷に怯えててほとんど把握できていないはずよ」
マーヤは、無人島という特殊な状況が幸いし、目撃者が極めて少ないことを冷静に指摘した。自分たちが口を閉ざしていれば、この一件を完全に隠し通せるという確信めいた口調で、その主張を補強した。
「クラリッサ様はいかがでしょうか?」
ブルーノはそれまで沈黙を保っていたクラリッサにゆっくりと視線を向けた。
彼女の顔色はまだ完全には戻っていなかったが、十分な休息を取ったおかげで、夕食を摂った後には、自分の力で起き上がれるまでに回復していた。
「そうですわね。ディアナさんがいなければ、今わたくしが皆様と共にここにこうしていることなど、決して叶わなかったでしょう。皆様が仰るとおり、わたくしを助けたばかりにディアナさんが犠牲になるというのは、わたくしには到底許容できかねますわ」
クラリッサもまた、当然のように皆と同じ意見であった。
彼女の言葉は、ディアナへの深い感謝と、彼女を守りたいという強い意志に満ちていた。そして、全員の意見が一致した結果、今回の事件の報告書には、ディアナがクレアに治癒魔法を用いたという事実は一切記載しないこと、つまりクラリッサは負傷しなかったということが、満場一致で決定された。
「ありがとう……」
ディアナは深く頭を下げ、感謝を示すのだった。
翌日になると、前日に船長やアルフォンスを呼びにいかせていた水夫が、無事に彼らを連れて戻り、全員が合流を果たした。
水夫らは手際よく小舟に分乗し、奪った商船の船倉へ海賊達を放り込んでいく。縛られた海賊達は抵抗することなく、次々と暗い船底へと投げ込まれていく。それが終われば、今度は助けた子供達を船室へ移していった。子供達の怯えきった表情が、少しずつ安堵の色に変わっていくのを見て、水夫の間にも優しい空気が流れた。
水夫達は最後の出航準備に追われ、船は活気にあふれていた。
彼らの忙しなく働く姿を横目に、アルフォンスが船に乗り込んだ。彼が最後の乗船者となり、全ての準備が整ったことを確認した船長が、満を持して力強く叫んだ。
「ようし、ブライトナーへ帰るぞ!」
その言葉が響き渡ると、水夫達の間から歓喜の雄叫びが上がった。ディアナ達もまた、ホッとしたように安堵の息を漏らし、喜びを分かち合っていた。
海賊から奪った船は、海原を軽快に帆走していく。
波は穏やかで、太陽の光が水面に反射してきらめいている。風は心地よく、帆をいっぱいに膨らませ、船はまるで生き物のように滑らかに進んでいた。
「さすがに隣国と行き来する船ですな。近海用の遊覧船とは格が違いますな」
船長は感嘆の声を上げた。その顔には満面の笑みが浮かび、隣に立つ副船長と楽しげに談笑していた。
隣国のドナート王国との間で貿易を繰り返していたためか、海の開拓者と比べて船体も一回り以上大きく、マストも三本聳え立っている。
「確かにこれなら、この間の嵐でも乗り越えられそうですな」
副船長もまた、興奮を隠しきれない様子で頷いていた。
先日の嵐になすすべもなく翻弄された遊覧船と違い、この船ならある程度耐えることができるだろう。
船長はこの船を気に入った様子で、本気とも冗談ともつかぬ顔で「坊ちゃん、こいつを『海の開拓者二世号』にしましょうぜ!」そう懇願し、ブルーノを辟易させていた。
「船長!」
航海してしばらく経った頃、メインマストの上から、見張りの水夫が張り上げるような声で船長を呼んだ。その声には、ただならぬ緊迫感が込められていた。
「前方、一時の方角に船影が見えます!」
その言葉に、船上の全ての視線が一点に集中した。
船長と副船長は反射的に双眼鏡を取り出し、見張りの示す方角を覗き込む。ディアナとクラリッサも身体強化魔法を瞬時に発動させ、視力を強化して水平線の彼方を見据えた。
見張りの指摘した通り、水平線の彼方に五つの船影が確かに見えた。その瞬間、船内に張り詰めたような緊張が走る。誰もが固唾を飲んで、微動だにせず船長の一挙手一投足を凝視していた。
しかし、その重苦しい沈黙を破ったのは、意外にも船長の快活な笑い声だった。彼の表情には、先ほどの緊張とは裏腹に、満面の笑みが浮かんでいた。
「はっはっは! あれはブライトナーの船だ。おそらく我々の捜索隊ですぜ!」
船長の力強い言葉は、まるで魔法のように船上の空気を一変させた。一瞬にして、張り詰めていた緊張は安堵の溜息に変わり、船全体に温かい空気が広がっていく。その言葉を裏付けるかのように、水平線に現れた船団は、明らかにこちらへと舵を切り、速度を上げて接近してくるのが見て取れた。
手の空いていた水夫達は、我先にとマストを登り始め、帆桁の上にまで達すると、大きく両手を振って、遠くの船団に自分たちの存在を知らせようとしていた。
ほどなくして捜索隊との合流を果たした彼らは、改めてお互いの無事を喜び合った。
「よくぞ無事で……」
安堵の声が、かすかに震える。
捜索隊を指揮していたジークムントは、全員の無事を確認すると、身体中の力が抜けたかのようにその場にぺたりと座り込んだ。発見した船には、寄親の令嬢であるクラリッサ、そして何よりも王族であるアルフォンスも同乗していた。
ジークムントの脳裏には、遭難の報を受けた瞬間の衝撃が鮮明に蘇る。これまでの自分の人生で、これほど血の気が引く思いをしたことはなかった。子爵家始まって以来、最大の不祥事に、ジークムントは生きた心地がしなかった。一報を聞いた彼は、即座に捜索隊の編成に取りかかった。しかし、焦燥に駆られながらも、冷静さを保つことに努めた。
しかし、数日が過ぎても、遭難船の影すら見つからない。周囲からは諦めの声が聞こえ始める。捜索隊の士気は低下し、絶望的な空気が漂い始めた。
「必ず生きている!」
ジークムントは、自分自身に言い聞かせるように、そう心の中で叫んだ。
疲労困憊の身体に鞭打ち、彼は捜索を続行するよう指示を出した。そして、その執念が報われた瞬間が訪れた。水平線上に、見たことのない帆船が見えたという報告。それが、探し求めていた一行だと確認が取れると、ジークムントは張り詰めていた心がプツンと切れたように感じた。心労が祟り、安堵と共に、彼はその場でゆっくりと昏倒したのであった。
その後、拿捕した商船を加えて船団を組んだ彼らは、無事にブライトナーの港へと帰還を果たしたのである。
2025年本年最後の投稿となります。
来年も「バケモノ? いえ、ただの規格外です! ~魔法が苦手な少女、無自覚に魔法士の頂点へ~」をよろしくお願いします。




