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救出作戦

救出する作戦について打合せを終えると、ブルーノを隊長としたエルマー、マーヤ、アルマ、モニカの五人の救出部隊は、海賊の拠点に向けてゆっくりと入り江を回り込んで行った。

副船長が率いる水夫達は、基本的に非戦闘員だ。そのため、救出部隊とは別行動を取ることになった。彼らの任務は、人質となった子供達を乗せて脱出するための商船を奪うこと。海賊の拠点から少し離れた入り江に停泊している商船を目指し、彼らは迂回ルートを取って移動を開始した。

その間、ディアナとクラリッサの二人は、海賊の拠点を見下ろすことができる崖の上に身を潜めたまま、ジッと拠点を凝視していた。


「大丈夫かしら?」


今のところ、子供たちを運び出すような動きは見られないことに、二人はわずかに安堵の息を吐いた。しかし、これから始まるであろう激しい戦闘への覚悟と、何が起こるかわからない状況へのわずかな不安が、クラリッサの胸中で複雑に交錯していた。

海賊の拠点は動きを見せないまま、そのまま一時間ほどが過ぎた。

ブルーノらの救出組は、拠点近くの森の中で身を潜めていた。彼らの位置からは海賊の姿は確認できないものの、静まり返った森の先には、子供達が囚われていると思われる建物の壁面が視認できる距離だ。クラリッサが報告していたように窓はなく、まるで要塞のように堅固に見える。

微かに潮の香りが漂ってくるが、思っていた以上に静かだ。逆にこの静寂が、却ってこれから起きるであろう激しい戦闘を予感させる。

ブルーノらは互いの顔を見合わせた。

各々の視線の先には、同じ目的と覚悟が宿っていた。救出作戦の成否は、彼らの双肩にかかっている。

ブルーノは目を閉じて一度深呼吸をした。時折、遠くから鳥の鳴き声が聞こえるだけの静かな森の中で、頭の中で練り上げたプランを反芻する。

正直言えば、いまだに救援を待ちたい気持ちが勝っていた。しかし、船が着いている以上、早ければ今日にでも子供達が連れていかれてしまうかも知れないのだ。

再び目を開けたブルーノの視線は、森の先に見え隠れする海賊の拠点に向けられた。


「始めるぞ?」


静かに口を開いたブルーノに、緊張感を増した顔で皆が頷いた。

ブルーノは立ち上がると、杖を掲げた。


発光信号(シュテルネンシュス)!」


赤い尾を引く信号弾が、静かに木々の間から撃ち上がった。

突然上がった信号弾は、拠点からは木々に遮られて確認することはできなかったが、木の上に隠されるように設置された見張り台からは確認できた。そのため、辺りにはすぐに警鐘が鳴り響いた。


「行きましょう!」


「ん」


信号弾の輝きを確認したディアナとクラリッサは、迷うことなくそれぞれの杖に跨った。彼女たちの口から詠唱される飛行魔法の呪文が響き、一拍の間を置いて二人はふわりと宙に浮き上がると、そのまま空へと舞い上がっていった。

海賊の拠点では、けたたましく打ち鳴らされる警鐘の音が鳴り響き、何事かとばかりに建物から飛び出してきた海賊たちは、上空を旋回する二つの人影を認め、その動きに目を奪われた。


「何だ、あれは!?」


事態の飲み込めない海賊たちは、ただ呆然と口を開け、空を見上げるばかりだ。その無防備な集団を目掛け、ディアナが旋回しながら急降下していく。その速度はまるで獲物を狙う猛禽(もうきん)のようだった。


水の散弾(ヴァッサーシュス)!」


ディアナの杖の先から放たれた魔法は、殺傷能力こそ低いものの、無数の細かい水の粒を広範囲に打ち出すものだった。それはまるで激しい夕立が、突然襲いかかったかのようだった。


「うわぁっ!?」


「目がぁ!」


予期せぬ攻撃に、海賊たちは悲鳴を上げた。

無防備に見上げていた彼らの顔に、容赦なく水の粒が叩きつけられた。瞬く間に視界を奪われ、十名近くの海賊が一瞬にして無力化された。彼らは混乱し、互いにぶつかり合いながら、目を押さえて呻き声を上げるばかりだった。ディアナとクラリッサは、その光景を上空から見下ろし、次の標的を探す。


「て、敵襲だ!」


「弓だ。弓で射落とせ!」


ようやく襲撃だと理解した海賊は混乱しながらも、統率の取れた動きで迎撃しようと動き始めた。しかし、態勢を立て直して反撃に移ろうとしたその時、木陰からブルーノとエルマーが飛び出して援護を開始。海賊たちの混乱にますます拍車がかかることになった。

そのさなか、マーヤはアルマとモニカを率いて、木立の中を静かに進んでいた。目の前には、子供達が監禁されていると思われる窓のない建物があった。外から見れば、木立や蔦などで巧妙に偽装されているが、側面に回り込めば木製の壁が露出している。やはり窓は見当たらず、中の様子がどうなっているのかは一切わからなかった。

マーヤは手で合図を送り、三人は物陰に身を潜めた。

彼女たちの視線は、建物の唯一の出入口である格子扉に釘付けになっていた。その扉には二人の見張りがいたはずだが、今は混乱の隙を突いて持ち場を離れ、誰もいない。

三人は互いに緊張した面持ちで頷き、物陰から飛び出すと一目散に扉へと向かった。

マーヤが扉に手をかける。驚いたことに、扉には鍵が掛かっていなかった。

一瞬罠を疑ったマーヤだったが、陽動に動く仲間を思えば躊躇している暇はない。マーヤは意を決して扉を引いた。

扉は重かったが、音もなく静かに開いた。

三人は頷き合うと、素早く内部へと侵入した。


「うっ、何これ!?」


中に入った途端、鼻を突く悪臭に思わず口元を押さえた。

食べ物の腐ったような()えた臭いと排泄物の臭いが混ざりあった、これ以上進むことを躊躇(ためら)うような酷い臭いだった。

内部にはもう一枚扉があった。こちらは普通の木の扉だ。

臭いは扉の向こうから漂って来ているようだ。扉一枚隔ててこれほど臭うということは、一体この先はどのような環境なのだろうか。


「行きましょう!」


意を決したマーヤの言葉に頷くアルマとモニカ。

三人は一斉に内部へと足を踏み入れた。


「……!?」


建物の内部は、真っ暗な部屋だった。明かりと言えば、彼女らが開いた扉からの明かりが唯一だった。しばらく入口付近で動けないでいたが、徐々に暗闇にも慣れ、ぼんやりと内部の様子が分かるようになってくる。


「そんな……!?」


「酷い……」


アルマ達は、想像を絶する子供たちの惨状を目の当たりにし、呆然と立ち尽くした。そこにあったのは、もはや人の住む場所とは呼べない、おぞましい光景だった。

扉に鍵がかかっていなかったのは、彼らが逃げ出す術を完全に奪われていたからに他ならない。狭い建物の中にぎゅうぎゅうに押し込められた子供達は、まるで家畜のように手足を縄で縛られていた。その縄は皮膚に食い込み、痛々しい傷跡を残している。

すぐに別の場所へ運び出す予定のためか、建物内は住環境と呼べるものではなかった。陽光は差し込まず、淀んだ空気はカビと腐敗の臭いを放ち、肌に纏わりつくような湿気が重い。

わずかな食事は与えられているようだが、縛られた不自由な手で無理やり口に押し込むしかなく、まともに食事が摂れている者はいなかった。排泄に至っては、その場で垂れ流すしかなく、床は汚物でまみれ、見るも無残な状態だった。

人を人とも思わない残虐な所業に、アルマ達三人の全身には、怒りにも似た激しい震えが走った。胸の奥からこみ上げてくる激情は、彼らの理性を揺さぶり、今すぐにでもこの悪夢を終わらせたいという衝動に駆られた。彼女らの目に映るのは、絶望の淵に沈む子供達の姿と、それを生み出した人間の底知れない悪意だった。


「皆、助けに来たわ!」


暗い建物の中に、アルマの明るい声が響いた。その声には子供達を安心させようとする意思が込められていた。マーヤとモニカもまた、努めて明るい笑顔を作り、手早く子供達の縄を切り始めた。

しかし彼女らの目に映ったのは、希望に満ちた反応ではなかった。子供達の瞳は虚ろで、まるで魂が抜けてしまったかのようだ。縄が解かれても、彼らは地面に座り込んだまま、微動だにしない。恐怖と絶望が、幼い心に深く刻み込まれているのが痛いほど伝わってくる。


「もう大丈夫だよ」


アルマが優しく語りかけ、一人の獣人の女の子の頬に触れる。

だが、その子の目は感情の光を失ったままだった。

マーヤは思わず歯を食いしばり、モニカも目の前の光景に胸を締め付けられていた。

この状況は彼女達が想像していたよりもはるかに深刻だった。長期間にわたる監禁と虐待が、子供達から生きる気力そのものを奪ってしまっていた。


「お前ら、うちの商品に何してる!?」


突然、背後から野太い声が響いた。その声の主は、いかにも歴戦の猛者といった風貌の海賊で、その眼光は鋭く獲物を狙う猛獣のようだった。手には抜き身のカトラスを握りしめ、獲物を見つけた獣のようにこちらを睨みつけていた。

マーヤはその声に反応して、流れるような動作で振り返り杖を構えた。その動きには一切の躊躇がなかった。同時に、アルマとモニカもほとんど間髪入れずに杖を海賊に向けていた。


岩の礫(シュタインヘン)!」


三人の言葉が重なった。それは有無を言わさぬ一斉攻撃だった。

放たれた魔法の礫は、まるで意思を持ったかのように海賊へと襲い掛かった。一瞬のうちに海賊は変わり果てた姿となり、その場に崩れ落ちた。彼女らの放つ魔法は、一切の容赦なく確実に対象を仕留めていた。

海賊を倒した三人は、そのままぐるりと壁に沿って次々と穴を開けていった。

開けられた穴からはまばゆい光が差し込み、それまで部屋に充満していた悪臭を風が運び去っていく。閉鎖された空間に、ようやく新鮮な空気が流れ込み、息苦しさが薄れていくのを感じた。

すると、子供達にも変化があった。

悪臭が晴れると、虚ろだった目に光が戻ってきたのだ。

目に力が宿るにつれて、見る見るうちに獣人の少女の大きな瞳から、止めどなく涙が溢れ出した。


「わーん、怖かったよう!」


少女は震える声でそう叫ぶと、すぐ傍に立っていたアルマに抱きついた。少女は、アルマの胸に顔を埋めてしがみついた。堰を切ったように泣き続ける少女の背を、アルマは「よく頑張ったね」と優しく撫でる。その温かい手のひらの感触が、少女の心をさらに解き放つようだった。

周りにいた他の子供たちも、その光景を見て感情が蘇ってきたのだろう。恐怖と安堵がないまぜになった顔で、次々に涙を流し始めた。彼らは互いに抱き合い、声を上げて泣いた。すすり泣く声、安堵の溜息、そしてかすかな笑い声が部屋の中に響き渡る。暗闇の中で怯えていた子供達の心に、ようやく光が差し込んだ瞬間だった。

彼らの顔には、まだ恐怖の影が残ってはいたものの、その瞳の奥には確かに希望の光が宿り始めていた。


「もう少しだけ頑張れるかな?」


「わたし達がきっと助けてあげるからね?」


三人は汚物にまみれた子供達の身体を丁寧に洗ってあげると、マーヤを先頭に彼女達が開けた穴から順番に脱出させていった。

上空から今か今かと待ちわびていたディアナは、現れた子供達の数を見て息を飲んでいた。多くても二十人程度だろうと考えていたが、上から見た限りそれ以上の子供達の姿が見えたのだ。


「クレア! 子供の数が多い。マーヤ達の援護に向かって!」


「分かりましたわ!」


「気を付けて」


「ディアナさんも!」


短いやり取りを終えると、クラリッサは子供達のもとへと降下していった。

拠点の混乱はいまだに収まる気配はなく、人々の叫び声が飛び交っていた。救出作戦はこのまま成功するかに思われた。

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