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鉄壁のマルコ

「ちぃっ! お前らガキ相手に何やってる!?」


数人の魔法士になすすべもなく翻弄されていく部下達を前に、マルコは苦々しげに声を荒らげていた。彼の怒声は、戦場の喧騒にかき消されることなく響き渡った。

よく見れば、相手はまだ成人前の子供ばかりだ。それがますますマルコを苛立たせた。鍛え上げたはずの部下たちが、未熟な小僧どもに手玉に取られている。この屈辱は、マルコの矜持を深く傷つけていた。


「小癪なガキどもが!」


怒声とともに、肩を怒らせ、鬼の形相のマルコがブルーノの前に現れると、それだけで周囲の空気が一変したような気がした。対峙しているだけで、他の海賊とは違うのがわかる。それまで騒がしかった周囲が、一瞬にして静まり返った。

ブルーノは、背後にいるエルマーを庇うように一歩前に出る。彼の握る杖の先は、微かに震えていたが、その眼差しには確固たる決意が宿っていた。


「エルマー、俺達で食い止めるぞ!」


ブルーノは、エルマーと二人でマルコの前に立った。

前に立つだけでもマルコの放つ尋常ならざる威圧感が、まるで重さがあるかのように彼らにのしかかってきた。思わず尻込みしそうになるのを必死にこらえ、二人は自分を叱咤してその場に何とか踏みとどまっていた。

マルコの全身から滲み出るような覇気は、彼が数多(あまた)の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の海賊であることを雄弁に物語っていた。その経験値と鉄壁と称される異名は伊達ではなく、ブルーノとエルマーが次々と放つ魔法をいとも簡単に防いでいく。


「ちっ、何て奴だ!」


ブルーノは悪態を吐きながらも、内心では舌を巻いていた。

事前に鉄壁という異名は聞いていたが、実際に対峙するとその凄まじさがよく分かる。エルマーと連携して放つ魔法は、ことごとくマルコが展開する障壁に阻まれた。火炎弾が、風の刃が、水の槍が、次々と強固な壁に吸い込まれるように弾かれていく。マルコの障壁は、まるで彼の体の一部であるかのようにしなやかに、そして確実に彼らの攻撃を受け止めていた。攻撃を仕掛けるごとに障壁は最適な位置に展開され、彼らの狙いを完璧に封じ込めた。


「このままでは……」


ブルーノは焦燥感を募らせた。これまで一方的に攻撃を仕掛けていたにもかかわらず、マルコは微動だにせず、ただ淡々と障壁を操っているだけだ。まるで機械のように最小限度の障壁で、こちらの攻撃を防ぎ続けるマルコの姿に、ブルーノは戦慄を覚えた。


「援護してくれ」


ブルーノはエルマーに一声掛けてさらに前に出た。彼は、得意の手数勝負で相手を圧倒しようと考え、矢継ぎ早に魔法を放っていく。火花が散るような激しい魔法の応酬が始まった。


「むっ」


想像以上の手数の多さに、一瞬顔色を変えたマルコだったが、すぐに冷静に対処し、ブルーノの放つ魔法のほとんどを弾き返してみせた。さらにエルマーも攻撃に加わるが、それすらもマルコは涼しい顔で防いだのであった。


「ひよっこめ。所詮こんなものか!」


マルコの挑発が、若いブルーノの感情を逆撫でする。焦りのためか彼の魔法は単調になり、経験豊富なマルコは余裕の表情を浮かべながら、その攻撃を受け流し続けていた。マルコの防御は、異名の通りまさに鉄壁で、どんな魔法も彼に届くことはなかった。


「くそっ!」


ブルーノは奥歯を噛み締める。自分の魔法が全く通用しない現実に苛立ちを募らせた。

エルマーもまた、攻撃の手を緩めないものの、マルコの強固な防御を崩す糸口が見つけられずにいた。


「へへっ、ガキどもとは潜ってきた修羅場の数が違うんだ。お前らの魔法で俺は倒せねぇよ」


マルコは不敵に笑い、彼らの焦りをさらに煽るように告げた。

その言葉は、彼がこれまでにくぐり抜けてきた数々の戦いを物語るようだった。ブルーノらの猛攻は、マルコの目には遊び半分にしか映っていないようだった。このままでは、彼らがマルコを止めるのは至難の業だろう。その圧倒的な実力差は、戦場の空気を凍り付かせ、攻撃を仕掛ける者たちの心にも深い絶望を刻み込んでいた。


「俺達を舐めるなっ! 岩の投槍(フェルゼンシュペアー)!」


激しい攻撃を繰り出しながらも、ブルーノは密かに練り上げていた魔力を集中させ、中級の攻撃魔法を解き放った。以前のブルーノであれば、魔力制御の甘さから失敗していたであろうこの魔法を、彼は見事に成功させた。彼の成長を示すかのように、魔力を完璧に込められた岩の槍が、錐もみ回転しながらマルコへと向かっていく。

これには流石のマルコも、通常の障壁では防ぎきれないと判断したのか、その表情を初めて引き締め、構え直した杖に力を込める。余裕が消え失せたその顔には、一瞬の緊張が走っていた。


風の堅陣(ヴィントフェストンク)!」


マルコの詠唱と共に、黄色い風が渦巻くような巨大な障壁がその前面に展開された。

風の盾(ヴィントシルト)」と同様の風の障壁魔法ではあるが、こちらは遥かに魔力消費も多く、その分、強固な防御力を誇る強力な障壁だ。それは目の前に嵐が現れたかのようにマルコを護っていた。

実際、ブルーノの放った岩の槍は、その強烈な風に絡めとられるように軌道を逸らされ、森へと弾き飛ばされた。そして森の奥で炸裂し、轟音と共に木々をなぎ倒した。


「きゃぁっ!」


その直後、森の奥から悲鳴が響き渡った。岩の槍の直撃こそ免れたものの、マーヤらが脱出させていた子供達の近くに着弾してしまったのだ。彼らは恐怖に怯え、互いに身を寄せ合うように固まっていた。


「お前ら、一体何をしている!? 俺様の獲物を横取りするとは、いい度胸じゃねぇか!」


単なる魔法士の襲撃だと思っていたのが、まさか目の前のガキたちが、自分達が誘拐してきた亜人の子供たちを取り戻そうとしているのだとは。

彼らが子供達の奪還しようとしていることに気づいたマルコの表情は、それまでの冷徹なものから一変した。怒りで顔を紅潮させ、眉を大きく吊り上げた彼は、ちょうど目に入ったアルマに向かって殺意のこもった視線を向けた。


「ひっ……」


アルマは、マルコから放たれる圧倒的な殺意に身動きが取れなくなった。

彼女はこれまでの人生で、人間からこれほどの憎悪と殺意を向けられた経験は一度もなかった。アルマは引きつった声を漏らすことしかできず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

足は鉛のように重く、逃げることも、反撃することもできない。ただ、その強烈な殺意の重圧に押しつぶされそうになっていた。

マルコの眼差しは、獲物を見据える獣のそれであり、アルマは自分がその獲物であると直感した。すぐ近くには子供達のすすり泣く声が聞こえる。守らなければならない存在がすぐそこにいるのに、体は恐怖で硬直し、指一本動かせなかった。


「まずはお前からだ!」


目を怒らせたマルコが、この日初めて攻撃魔法をアルマに放った。

巨大な火球が、動くことのできないアルマに迫る。


「アルマちゃん!!」


アルマに魔法が着弾する寸前、マーヤとモニカの二人が彼女を庇うように飛び出した。二人は前面に薄い光の障壁を展開する。しかし、非情にもマルコの魔法の方がわずかに早かった。彼女達の障壁が完全に展開する前に魔法が着弾したのだ。


「きゃっ!」


短い悲鳴が響き渡るのと同時に淡く輝いていた光の障壁は、まるでガラス細工のように脆くも弾け飛んだ。その衝撃波は、庇われたアルマと、彼女を庇ったマーヤとモニカの三人だけにとどまらなかった。傍らにいた数名の子供達をも巻き込み、彼らの幼い体を容赦なく吹き飛ばした。

辺りには砂埃が激しく舞い上がり、視界を完全に遮った。その混沌とした土煙の中で、呻き声だけが、途切れ途切れに聞こえてきた。


「ちっ!」


ブルーノとエルマーの二人は、その状況に歯噛みしながらも、必死に攻撃魔法を放ち続ける。マルコが追撃に転じる隙を与えないよう、彼の意識を防御に専念させることで、これ以上の被害が出るのを食い止めようとしていた。

やがて、土煙がゆっくりと晴れていく。その向こうには、見るも無残に傷つき、地面に倒れ伏す三人の少女と、吹き飛ばされた子供達の姿があった。


「ううっ……」


全員、かろうじて意識はあるようだった。しかし、魔法の甚大なダメージは、彼らの体を激しく蝕み、すぐに立ち上がって動ける状態ではないことを示していた。静寂の中に、苦痛に喘ぐ息遣いだけが響き渡る。


「皆様、大丈夫ですか!?」


顔色を変えたクラリッサが、ようやく合流を果たした。彼女は杖から飛び降りるようにして地面に降り立つと、すぐ傍に倒れているアルマを抱きかかえ、回復薬を口に彼女の口に含ませた。

この救出作戦は、休暇中に起きた突発的なものだ。そのため、事前に回復薬などを準備してなかったため、倒れている全員に分け与えるほどの十分な予備は持ち合わせていなかった。


「ク、クレアちゃん……」


かすれた声でアルマがクラリッサの名を呼んだ。


「アルマさん、大丈夫ですか?」


クラリッサは優しくアルマを助け起こすと、残っていた回復薬の小瓶をアルマの手に握らせた。そして、立ち上がると自身の杖を構え、傷ついた仲間を庇うように皆の前に立ちはだかった。


「クレアちゃん?」


アルマは心配そうにクラリッサを見上げた。マーヤやモニカも子供達を介抱しながら心配そうな顔を浮かべている。彼女達の顔には、まだダメージが色濃く残っていた。


「わたくしは大丈夫です。子供達をお願いいたしますわ!」


クラリッサの力強い声が響く。彼女の瞳には強い意志が宿っていた。






「ええい。ちょこまかと鬱陶しい!」


「あのガキ、いつまで飛び回りやがるんだ!」


苛々した罵声が、海賊達の間から飛び交っていた。

上空ではディアナが、彼らの攻撃を軽々と躱し続けていた。

彼女はまるで曲芸飛行のように複雑な軌跡を描き、海賊達が降らせる矢の雨を回避し続けている。


「文句を言う暇があれば、あいつを撃ち落とせ! このままでは、ただの的だ!」


指揮官らしき男の怒鳴り声が響く。

しかし、彼らの苛立ちは募るばかりだった。ディアナには一矢たりとも当てることは叶わず、矢は虚しく空を切り遙か下の海へと吸い込まれていく。

攻撃の手を緩めればディアナは瞬く間に接近し、魔法を叩き込んでくるのだ。

彼らはたった一人の少女に翻弄され、すでに半数以上の見張りが討たれていた。

これまで華麗に矢を躱し続けているように見えるディアナだったが、実際にはその心臓が激しく脈打ち、全身から冷たい汗がとめどなく流れ落ちていた。放たれる矢の数々は、彼女の集中力がわずかでも途切れれば、即座にその身を貫くほどの殺意と威力を秘めていた。

一瞬の油断も許されない極限の状況で、彼女は五感を研ぎ澄ませ、全ての神経を研ぎ澄まし、矢の嵐の中を舞い続けていた。


――ドガッ!


ギリギリの攻防を続けていた中、突如下方で爆発音が響いた。


「何だ!?」


海賊の一人が見張り台から下を見下ろせば、マルコが侵入者に対し魔法を放っていた。

木々のすき間から目をこらせば、マルコが三人の侵入者と戦っているのが見える。侵入者といっても目の前を飛び回る少女と、それほど歳の変わらない子供達だ。


「ガキどもがっ! いったい何だってんだ!?」


見張り台からは木々に遮られて詳細は分からず、侵入者は何人いて目的が何かなどは把握できない。それでも彼らはディアナに対処しつつ、隙を見て地上へも射撃を始めるのだった。


「ダメッ!」


地上に攻撃を始めた彼らを見て、ディアナは血相を変えた。

当初の作戦では、ブルーノらが地上で騒ぎを起こして海賊の注意を引きつけ、その隙にマーヤらが攫われた子供達を救出するというものだった。その間、ディアナとクラリッサは空中で攪乱をおこなって、海賊の目をそらす手筈となっていた。

しかし、子供達の数が予想以上に多かったため、クラリッサが子供達の救出に加わることになり、ディアナが一人で攪乱役を務めることになった。ディアナの負担は増したが、皆が安心して脱出できるよう、彼女は攪乱を続けなければならなかった。

上から見る限り、ブルーノやクラリッサと対峙している男、マルコはかなりの手練れだった。魔法士としての能力だけでいえば、それほど高いわけではないように見える。だが、彼とクラリッサらとの間には、圧倒的な経験値の差があった。あのブルーノの速射攻撃をいとも簡単に防いでいるのを見れば、その防御力は「鉄壁」の異名にふさわしいものだろう。


「はぁはぁ……」


強引だと感じながらも、ディアナは矢が身体を掠めるのも構わず見張りに接近した。彼女は右手を突き出すと、魔法を放って見張り台のひとつを崩壊させた。しかし、攻撃魔法の射程距離が大きく減衰していることに、内心で舌打ちをしていた。飛行しながら魔法を使えるとはいえ、やはり杖を使えなければ、思うように力を発揮できない。

魔法で攻撃するためとはいえ、殺意を放つ相手へ接近しなければならないのは、ディアナといえど神経をすり減らす作業だった。ましてや周囲から狙われ続けている中でのことだ。魔力よりも、ディアナの精神が先に音を上げそうに感じていた。だが、まだ持ち場を離れるわけにはいかない。子供達や仲間が、無事に脱出するまでは攪乱を続けなければならないのだ。

しかし疲労も重なり、一人で攪乱し続けるのは限界だった。

その時、射手の一人が、木々の間から見え隠れするクラリッサに狙いを定めていた。彼は弓をゆっくりと引き絞り、狙いを定めていた。その表情は冷酷で、一切の迷いが見られなかった。


「クレア、避けてっ!」


ディアナの悲痛な叫びが森に響き渡った。

放たれた矢は、無情にも真っ直ぐクラリッサを目掛けて飛んでいくのだった。

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