怪しい建物
遭難から三日目。
崖の上に避難した一行は、この日、二手に分かれて行動することになった。
まず、船長やアルフォンスを含めた残留組となる十五名だ。
アルフォンスらは野生の動植物の知識が乏しく、また採取の経験もないため、基本的に見張りとして残ることになった。ただし彼ら三名を残すわけにも行かないため、他に水夫を二人つけられていた。彼らは海上に船を発見した際には、狼煙を上げて合図を送ることになる。残りの十名は船長を隊長とし、昨日までのディアナらの代わりに食料調達をおこなうことになっていた。
そして、ディアナ達残りのメンバーは、発見した痕跡を中心に捜索をおこなうことになっていた。
一行はまずは広場を目指して、ディアナとクラリッサを先頭に、二列縦隊で森へと分け入っていった。
「その広場まではどれくらいあるんだ?」
森に分け入った早々、ブルーノがディアナに話しかけてきた。
「ん?」
ディアナは小首をかしげると隣のクラリッサをちらりと見る。クラリッサは「仕方ありませんわね」と呆れた様子を見せ、ディアナに代わって答えた。
「そうですわね……。あのときわたくし達は山を左手に見ながら、真っ直ぐ北東方向へと飛んでおりましたから、このまま真っすぐ進めばおよそ三時間というところではないかしら。」
「そうですか。意外と近いですね?」
クラリッサの答えに対し、ブルーノは意外そうな様子を見せた。
今回の探索チームは野営ができるよう、多くの荷物を水夫たちが運んでいた。それほど近くにあるなら野営の準備までは必要なかったかも知れないと考えたのだ。
「でもそこでは、それ以外に人の痕跡を発見できませんでしたもの。そこから手分けして探すことを考えれば、野営の準備は必要でしてよ」
広場はあくまでも目的地に過ぎず、最終目標ではない。昨日、上空から見た限りでは、周囲に不自然な痕跡は見受けられなかった。したがってその広場をベース基地にして、そこから手分けして人の痕跡を捜索することになるだろう。
「もしかしたら長丁場になるかも知れませんわ」
クラリッサのその言葉に、ブルーノは「ゴクリ」と唾を飲み、エルマーとともに気合を入れなおすのだった。
その後、クラリッサが見積もった通り、きっかり三時間で広場へと到着した一行は、手分けして周囲の捜索を始めた。
「凄いな。ここ全部が伐採後なのか!?」
「全部は確認してないけど、多分そう」
想像を超える広さに、ブルーノは思わず言葉を漏らした。ディアナがそれを否定せず森の方向を指差していた。
「ここから木材を切り出して運んで行った跡が残ってる」
昨日は気づかなかったが、改めてよく見るとそこにはいくつもの踏み固められた痕跡が、暗い森の中へと続いていた。
「この先は確か、川が流れていましたわね?」
「ん。多分川を使って運んでる」
川の流れの先は崖になっているため、途中で荷揚げをしていると推測される。しかし、水運を利用すれば運搬の負担は大幅に軽減されるはずだ。そもそも、なぜこのような場所で木材を調達しているのかという疑問は残るが、現状では伐採された木材がどこへ運ばれ、何に使われているのか全く不明なため、これ以上は想像しても無意味だろう。
「では、打合せ通り、よろしく頼む」
ブルーノの指示にもと、水夫達は周辺を探索するチームと、ベースキャンプを設営するチームに別れそれぞれ活動を始めた。ブルーノやアルマを含む魔法士は、新たに発見された道を捜索することになっていた。ディアナとクラリッサは、上空から引き続き捜索することになり、二人は杖にまたがって飛び立っていった。
「とりあえず、川沿いに進んでみましょう」
「ん」
二人は木々のすぐ上の辺りを、川下へ向かって飛んでいく。僅かな痕跡も見逃さないように注意しながら進んでいくが、何も発見できないまま崖へと辿り着いてしまった。
二人は崖から流れ落ちる滝の迫力に、圧倒されたように目を見開いていた。
「特におかしなところはありませんでしたわね?」
「ん。分からなかった」
滝の上から旋回すると今度は先ほどよりも慎重に、川面すれすれを探索していく。
すると、少し上流へ遡ったところで、ディアナが突然飛行をやめて河原に降り立った。
「ディアナさん、どうしました?」
少し行き過ぎたクラリッサが、すぐに戻ってくるとディアナの隣に降り立つ。
「何か変」
「わたくしは分かりませんけれど、ディアナさんがそう感じたなら、少しこの辺りを捜索しましょうか」
自分でもはっきりとは分からない様子のディアナだったが、何か違和感を感じている様子で首をかしげていた。クラリッサは彼女の勘を信じて、周囲を捜索してみることにした。
ディアナはしばらく周囲を捜索したものの、違和感の正体は分からないままだった。
「なんだろう? 凄く気持ち悪い」
違和感の正体を突き止めることができず、ディアナは苛々した様子で周囲を見渡して溜息を零す。
クラリッサも彼女の勘を信じ、何らかの痕跡が見つかるものと思っていただけに、落胆した様子を浮かべていた。
「見つからないのは仕方ありませんわ。先に進みましょう」
そう言いながら、クラリッサが再び空中へと浮かび上がった。するとすぐに、彼女が慌てた様子でディアナを呼んだ。
「ディアナさん!? ありましたわ!」
その声に、すぐにディアナもクラリッサの傍へと浮かんだ。
「これではないかしら?」
それは、地上からはわかりにくかったものの、しかし、上空から見下ろすと、その光景はあまりにも明瞭で、まさに一目瞭然だった。
川面から奇妙に、しかしまるで誰かの手によって並べられたかのように、石や岩がほぼ完璧な一直線をなして斜めに連なっていたのだ。
「!?」
ディアナはすぐに飛び降りると、河原からその岩の並びを眺めた。こうして見ればそれほど大きく川面から突き出ている訳ではない。そのため地上からはほとんどわかりにくいが、上空から見れば意図的に並べられたということが明らかだった。
ディアナは斜めに並んだ岩の最も下流側に立つと、回れ右をするように後ろを振り返った。
そこには他と変わらないような森の木々が見えるだけだった。
「風の飛刃!」
風魔法で下草を打ち払うと、巧妙に隠されていた道が現れた。
道は広場と同じで何度も使われている様子で、固く踏み固められていた。一見して分からないよう偽装されているのも同じだ。
木々に覆われた道はまるでトンネルのようだ。暗い森の中には轍が続いていて、荷車で木材を運んだような跡が残っていた。
「よく見れば河原に何かを引きずったような跡がありますわね。ここから木材を陸揚げして運んでいるのは間違いなさそうですわ」
この道を確認したクラリッサが、ここから陸揚げしたと断定した。
「どうする?」
「確認します。ただし、これほど巧妙に痕跡を隠しているのです。慎重に行きましょう」
「ん」
これほど徹底的に痕跡を隠すのには、何らかの理由があるはず。
二人は互いの顔を見つめ、無言のまま深く頷き合った。この先に何が待ち受けているかも分からない。重い沈黙が二人を包み込み、張り詰めた緊張感が森の空気に溶け込んでいく。鬱蒼と茂る木々が陽光を遮る薄暗い森の奥へと、彼女らは慎重に足を踏み入れていった。
森のトンネルのようになった道をしばらく進むと、徐々に下りとなっていく。頭上を覆う木々の枝葉がわずかな光を遮り、ひんやりとした空気が肌を包み込んだ。足元は傾斜に沿って階段状に整備されているため、薄暗い中でも意外にも歩きやすくなっていた。
「これほどまでして偽装を施すなんて、秘密基地でもあるのかしら?」
緊張のためか硬い表情を浮かべたクラリッサが、ディアナに話しかけるともなく独りごちた。
やがて道の先からは波音が届くようになり、同時に木々の切れ目が多くなってくる。ほどなくして目の前に崖が現れ、道はそこで途切れていた。
切り立った崖の真下には、波が絶え間なく打ち寄せ、白い波頭が砕け散る音が響いていた。目の前には小さな入り江が形成されていた。その入り江の左手には、小さくも入り組んだ湾が姿を見せていた。湾の奥には陽の光を浴びてきらめく水面が広がっていて、正面に視線をやると再び崖が連なって入り江の外へと続いていた。
彼女らが立つ崖の近くに櫓が組まれていて、そこから数本のワイヤーが対岸の崖下まで伸びていた。
「ここから木材を下ろしているのでしょうけど、対岸を見ても特に変わったところはありませんわね」
「あそこに建物らしきものがある」
「どこですの!?」
「偽装されてて分かりづらい。視力を強化してみて」
距離があるためか、いくら目を凝らしてもディアナが指差す方向に建物らしきものを見付けることはできない。クラリッサは彼女に言われるまま、身体強化魔法を使って視力を強化してみた。
「ありましたわ!」
偽装されていて分かりにくいが、対岸に櫓が組まれており、その傍らには確かに建物の壁面らしきものが見えた。まるで森の一部であるかのように周囲の自然に溶け込んでおり、注意深く見なければその存在に気づくことすら難しい。
櫓も建物も、蔦や生い茂る草木、そして枯れ枝などで巧みにカモフラージュされており、一見しただけではそこに人工物があるとは到底思えない。自然の造形物と見間違えるほどの精巧さで隠されているため、船などから見つけることは至難の業だろう。もし通りかかったとしても、ただの木々や岩の塊として認識してしまうに違いない。
「これほど巧妙に隠さなければならないなんて、ますます怪しいですわね」
ただの不法入植者にしては隠匿が徹底されすぎている。他国が秘密裏に築いた前線基地か、あるいは犯罪者の隠れ家だろうか。
「何とかして近づけないかしら?」
クラリッサは周囲を見回しながら呟いた。
これほど徹底した隠蔽ぶりだと、見張りも厳重だろう。迂闊に空から接近すれば、すぐに気づかれてしまうに違いない。
しばらく思案した結果、空中から近づくのではなく、大きく入り江を回り込んで近づくことにしたのだった。




