ダウデルト家の晩餐会
エルマーの家の協力もあって、無事に身だしなみを整えることができたディアナ達は、ようやくダウデルト家へと到着した。
「おお、クラリッサ様。あまりに遅かったので、心配しておりましたぞ!」
ジークムントは一行を出迎えると、大仰な仕草でクラリッサに謙った。にっこり微笑んだクラリッサは、何事もなかったかのように、招待いただいた感謝を述べる。
「遅くなり申し訳ありません。ジークムント、この度はブライトナーへお招きいただき、感謝いたします」
「もったいなきお言葉。田舎ゆえ、たいしたおもてなしもできませんが、ごゆるりと滞在いただければと存じます」
ジークムントはディアナらを一瞥する。
マーヤとは兵団関係で面識があるらしく、一瞬彼女のところで驚いたように目を見開いたものの、結局この時は、クラリッサ以外に話しかけることはなかった。その後、ベルンハルトの妹であるギーゼラが、夫のジークムントとは対照的に、気さくにクラリッサに話しかけた。
「クラリッサ様、ブルーノから理由を聞いてびっくりしたわよ」
「ギーゼラ叔母様、久しぶりの海に少々羽目を外しすぎましたわ」
クラリッサが照れたように笑みを浮かべると、ギーゼラはベルンハルトによく似た目を細めて微笑んだ。その後彼女は四人に向かって笑顔を浮かべた。
「皆さんも、遠いところによく来てくれたわね。短い間だけどどうかゆっくりしていってね」
「はい。本日はお招きいただき、ありがとう存じます」
珍しく、一歩前に出たディアナが、代表するように感謝を伝えた。さすがに長期休暇のたび、ビンデバルト家に滞在しているのだ。最初はたどたどしかった彼女の所作も、いつの間にか洗練されたものへと変わっている。まさかそれほど優雅な動きをディアナが見せるとは思わなかったアルマ達は、驚いた様子を見せた。
それはギーゼラも同じだったようだ。どこかで平民という考えが残っていたのだろう。だが彼女は驚いたのは一瞬で、すぐににっこりと微笑んでみせるのだった。
その後一応客間へと通された五人だったが、クラリッサが一人で客間を遣うのに対し、ディアナらは四人で一部屋となっていた。
ビンデバルト家では、一人一人に部屋が割り当てられていたため、それとついつい比べてしまい、四人とも荷物を置くと苦笑いを浮かべた。
「ま、別にいいんだけどね」
ベッド脇に荷物を置きながら、アルマが思わずといった様子で溜息を吐いた。
「ここまであからさまだと、いっそ清々しいわ」
モニカもベッドに腰掛けると肩を竦めた。
「使用人の部屋でないだけ、気を遣ってる証拠よ」
マーヤは以前遠征で宿泊したある貴族の屋敷では、貴族と平民で完全に分けられ、酷いときには屋敷に入ることも許されなかったと告白した。
「ん。予想はしてた」
ディアナはそう言うと、ベッドに横になっていた。
今ではブルーノは、彼女らに気さくに話しかけるようになっていたが、最初は口数も少なく、近寄り難い雰囲気を纏っていた。最初のあの態度を見てれば、彼が育った環境も何となく予想はついていた。
その後、四人でわいわい言いながら、晩餐会のための衣装を整えていく。明らかに貴族と区別されていて、この扱いに思うところはあるものの、一応表向きはダウデルト家に招待された客だ。晩餐会に出ないという訳にはいかないのだ。
「準備できたかしら?」
しばらくすると、いち早く着付けを終えたクラリッサが様子を見にきた。
彼女の部屋にはメイドも用意されていて、ヘアメイクや着付けなどもキチンとやってくれたらしい。
クラリッサの今日の衣装は、やや大人っぽい薄紫のドレスだ。いつもの縦ロールの金髪はアップにまとめられていて、髪飾りに加えて小ぶりなティアラが乗せられていた。
「きゃぁ、素敵!」
「こうして見るとやっぱり、お貴族様よね」
クラリッサの正装姿を見たことのないモニカとマーヤが、華やいだ声を上げてうっとりとした顔を浮かべている。
「貴女達もよくお似合いですわよ」
クラリッサは、モニカとマーヤを褒めながら、さりげなく手直ししていく。
ディアナ以外にドレスを持っていない三人は、クラリッサのお下がりのドレスだった。体型などはクラリッサと違うことから、わざわざ事前に採寸して手直ししていたのだ。
「ちょっとクレアちゃん。この服、胸がキツキツなんだけど?」
そんな中、アルマがクラリッサに口を尖らせて文句を言った。
ディアナが背中のボタンを必死で留めようとしているが、アルマの胸が大きくて留めることができないようだ。
「おかしいですわね。採寸通りお直ししたんですけど」
頬に手を当てて不思議そうにクラリッサが首をかしげる。
見れば、確かにドレスがはち切れそうなほどで、オフショルダーのドレスのため、胸の谷間が露わになっていた。
「もしかして、採寸してからアルマさんはまた大きくなりました?」
「そ、そんな訳ないでしょ!」
そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめ、胸を両手で隠すように抱いた。彼女の様子を見れば、どうやらアルマも多少は自覚があったようだ。
「どうしましょうか? このままだとさすがに少し破廉恥ですわね?」
「誰が破廉恥よ! このドレスのせいでしょ!」
破廉恥と言われた恥ずかしさで、ますます顔を赤くするアルマ。さすがにこのままでは違う意味で、アルマが注目を浴びてしまうことだろう。
「これを羽織ればいい」
クラリッサが思案顔を浮かべていると、ディアナが自分のショールを差し出した。
ディアナのドレスは、先日アルフォンスとの晩餐で着用したドレスの色違いだ。先日は青いドレスだったが今回は薄い黄色のドレスで、どちらもディアナのために仕立てたものだった。
「ありがとうディアナちゃん!」
ディアナからショールを受け取ったアルマが、嬉しそうに肩にかける。半透明とはいえ、ショール一枚があるだけで一気に落ち着いた雰囲気へと変わった。
「ディアナさんはどうしますの?」
「別にこのままでもいい」
ディアナのドレスもオフショルダーのため、肩口から首元にかけて大きく開いている。もっとも肝心の胸は、アルマと違ってまったく膨らんでいないため、彼女のような破廉恥さとはほど遠い。どちらかと言うと、少女が大人の真似をして精一杯背伸びしたような、微笑ましい雰囲気となっていた。
「悪くはないですが、なんだか少し物足りませんわね?」
「そう? わたしは可愛らしいと思うけど」
思案顔のクラリッサと対照的に、アルマは肯定的だ。モニカとマーヤも同じ意見らしくうんうんと頷いていた。確かに可愛らしいとクラリッサも思う。普段なら、彼女もこれでも大丈夫と判断していただろう。だが、今日はアルフォンスも同席しているのだ。先日はディアナのドレス姿でアルフォンスのスイッチが入ってしまった。そのときよりも露出の増した姿に、彼がどういう反応をするか分からない。
今回の晩餐会で、アルフォンスとディアナが接触する機会は少ないとは思うが、できるだけ彼を刺激することは避けたかったのだ。
「そうですわ」
何かを思い出したようにクラリッサが自室へと戻っていき、帰ってきた時には彼女の着用するドレスと同じ薄紫のものを手にしていた。
「これはどうかしら?」
そう言ってディアナの肩にそっと掛ける。
クラリッサが持ってきたのは、彼女のドレスに合わせたレース仕立てのボレロだった。
「あら、可愛い!」
「そうね。意外と合うわね」
黄色のドレスに薄紫のボレロは相性がよく、言われなければ急遽付け足したとは誰も気付かないだろう。
元々はクラリッサのドレスとセットだったが、今回彼女は使用しなかった。それを思い出した彼女が、ディアナにと持ってきたのだ。
「さ、時間ですわ」
何とか身だしなみを整えた五人が会場へと向かうと、すでにアルフォンスが到着し、ジークムントと歓談中だった。
今回の晩餐会の主催はダウデルト夫妻で、主賓はアルフォンスとクラリッサの二人だ。席次もそのように配置され、彼らの周りには多くのジークムント配下の貴族が占め、ディアナらは彼らから離れた場所に席が用意されていた。
アルフォンスがいたとはいえ、あくまで私的な晩餐会だったビンデバルト家とは違って自らの権勢を誇示するかのような、ある意味貴族らしい晩餐会となっていた。
現に、ジークムントはアルフォンスとクラリッサにしか意識がいっておらず、彼らとは楽しげに談笑しているが、ディアナらには言葉をかけることすらなかった。
「で、なんでここにいる?」
ディアナらが案内された席には、本来ならば主催者側で座っていなければいけないはずのブルーノが、何故か所在なげに座っていた。
「報告書もまともに書けない奴に、アルフォンス様の相手を任せることはできんって追い出された」
ブルーノはふてくされた態度で、そう言うと頬を膨らませた。
詳しく聞けば、アルフォンスが同行することになった件を手紙で報告していたところ、簡潔すぎて詳細がまったく分からず、ビンデバルト家に問い合わせるはめになり、恥をかいたと怒られたのだという。そのせいで帰ってきてからは、一から報告書の書き方を練習させられていたらしい。
「自業自得」
「そんなひどい手紙だったの?」
ばっさりと切り捨てたディアナに対し、事情を知らないアルマ達は単純に「貴族って大変ね」くらいの軽い感覚だ。彼女らにアルフォンスの正体を告げるわけにはいかないブルーノは、苦笑を浮かべて誤魔化すしかなかった。
「それより皆すまない。父には平民とはいえ、俺の友人達だとちゃんと伝えたんだが……」
ブルーノは恐縮したように、会場の隅に追いやってしまったことを謝罪した。
「別に気にしていないわ。クレアちゃんのところが変わっているだけで、平民の扱いなんてどこもこんなもんよ」
「そうね。追い出されないだけましだわ」
「一応料理もちゃんと出してくれてるし、問題ないわ」
「ん。料理さえあれば平気」
思ったよりも落ち込んでいるように見えるブルーノに、皆口々に慰めの言葉を口にする。ディアナに至っては本当に気にした様子もなく、料理に舌鼓を打っていた。
「すまない。明日のクルーズは俺達だけだから、今日みたいに気を遣う必要はないはずだ。楽しみにしていてくれ」
「ん」
「わかったわ。ありがとう」
「ブルーノ様。子爵様がお呼びです」
ちょうどその時、エルマーがブルーノを呼びに来た。
彼は相変わらず存在感が薄く、突然現れたように見えたため、マーヤが「ひっ」と驚いた声を上げていた。
「やっぱりブルーノの雰囲気は変わったわね」
ブルーノがエルマーと共に席を離れていくと、アルマが昼間感じたブルーノへの違和感を再び口にした。
「そうね。前まではわたし達に謝ることなんてなかったわよね」
「うん。ちょっとわたしもビックリした」
アルマだけでなくモニカやマーヤも違和感を感じていたらしく、口々に口にし始めた。
「ディアナちゃん、何か知ってるんじゃない? 前に比べて、ディアナちゃんに凄く気を遣ってるように見えるんだけど?」
アルマの問いかけに他の二人の視線も、自然と食事を堪能しているディアナへと集まった。
「ん?」
顔を上げたディアナは、こてりと首を傾けて考える仕草をするが、すぐに首を振った。
「知らない。前からあんな感じ」
「……ディアナちゃんに聞いたたのが間違いだったわ」
ディアナの素っ気ない返事に、アルマ達はがっくりと項垂れるのだった。




