新チーム始動
前期の授業が終盤を迎えた頃、アインホルン寮のレヴィアカンプフェチームに、待望の外部招聘のコーチが誕生した。
「わたしが、新しくこのチームのコーチに就任したゲラルトだ」
ゲラルトは、去年レヴィアカンプフェの現役を引退したばかりだ。長年所属していたチームで、今年からユースチームのコーチに就いていて、その兼任でアインホルン寮のコーチを引き受けてくれた。
現役のレヴィアカンプフェ選手であるカスパーのようにそれほど背は高くないが、所属チームでは長年守備の要として活躍していたのだという。年齢は三十代半ばを過ぎていて、レヴィアカンプフェ創設期から活躍し、長年第一線を支えてきた大物だった。
黒髪には白いものが混ざっているが長い間活躍してきただけあって、鎧を纏っているかのように全身を筋肉が覆っていて、いかにも格闘技をしていたような体躯だった。
「すげぇな。よくこんな大物がコーチになってくれたな?」
ライナーと仲のよいレヴィアカンプフェマニアのフランツによると、ゲラルトは引退式がおこなわれるほどの人気選手だったらしく、古くからのファンは彼の引退を涙を流して惜しんでいたのだという。それほどの人物が、所属チームと兼務とは言えコーチに就任したことは、驚きの出来事だったのだ。
「俺もいまだに半信半疑さ。もちろんアインホルン寮出身って言うのも大きいんだけど、まさか本当に引き受けてくれるとは思わなかったよ」
ライナー本人も半分冗談のつもりでオファーを出したらしいが、受諾の返事が来たときは飛び上がるほど喜んだのだという。
ゲラルトは、現役晩年にはコーチも兼任していて、試合に絡むことが少なくなっていたが、その際に若い選手が、彼の指導を受けて急激に伸びていく姿を目の当たりにし、指導者を意識するようになった。現役を引退し、コーチを始めたタイミングで、今回ライナーからオファーが届いたそうだ。
彼は去年の寮対抗戦でのレヴィアカンプフェも観戦していたらしく、他寮との差やアインホルン寮の課題も把握していた。そのためコーチ受諾の際には、何十ページものチーム育成計画もライナーに提出していた。
「レヴィアカンプフェはここ数年で大きく様変わりしています。かつては個人技が中心で、強力な個人がいれば多少の不利は覆すことができていました。しかし今では、戦術も洗練されていて、個人で何とかできる状況でなくなっているのは、去年の試合を経験したキミ達なら分かると思います」
ゲラルトの言葉に招集されたメンバー候補達が頷き、去年実際に戦った三年生は、特に実感している様子で深く首肯していた。現段階では寮の三分の二近くという多くの学生が、レヴィアカンプフェのメンバー候補として呼ばれていて、その中にはディアナやクラリッサの姿もあった。ディアナらも真剣な表情でゲラルトの言葉に耳を傾ける。
「ここ最近のレヴィアカンプフェはより組織的となり、フォーメーションやチームメイトとの連携などが重視されるようになっています。組織力で先行する他寮に追いつくのは容易ではありません。おそらく今年の寮対抗戦で追いつくのは、正直言って難しいでしょう」
そのゲラルトの言葉は、彼のコーチ就任で浮かれていたライナー達に冷水を浴びせた。
「ただし、今取り組まなければますますチーム力の差は開く一方です。もちろん今まで通り、飛び抜けた一個人がいればその差を覆すことは可能かも知れませんが、それだといつまで経ってもチームとしての成長はありません。わたしはこのチームに最新のチーム戦術を根付かせ、個人に頼らずとも勝利を目指すことができるようにしていくつもりです。どうかキミ達も、わたしと一緒に成長していきましょう」
ゲラルトの挨拶が終わると、メンバー候補から自然と拍手が鳴り響いた。彼についていくことができれば、去年のような惨敗はなくなると感じることができた。
「凄く育成に情熱を持った方ですわね」
「ん。強くなりそうな気がする」
「俺もこのチームに入りたいと思えたぜ」
「ブルーノは高所恐怖症を克服するのが先」
新コーチ就任と言うことでメンバー以外にも、多くの学生達が見学に訪れていた。ブルーノは今回メンバー候補から漏れていたが、ちゃっかりと紛れ込んでいたのである。彼はゲラルトの言葉を聞いてやる気を漲らせていたが、彼がまず克服しなければならないのは高所恐怖症だ。今のままだと、どれだけやる気が満ち溢れていてもメンバー候補に入ることすらできないのだ。
「すぐにメンバー入りするから待っててくれ!」
「ん、……うん」
ブルーノはディアナの手を掴むと、戸惑う彼女を尻目に鼻息荒く宣言するのだった。
その後、ブルーノらが見学する中、選手候補達の選抜テストがおこなわれた。
内容は基本的な飛行能力を見ることから始まり、飛行速度や俊敏性のテストへと進んでいく。敏捷性テストでは、やはり三年生が慣れもあって概ね好成績を収めたが、飛行速度のテストではディアナやクラリッサなどの二年生も負けてはおらず、特にディアナは全体でもトップの飛行速度を叩き出した。
「ほおっ! 面白い子がいるな」
「速さだけなら、今すぐでも通用しそうですね」
ゲラルトと彼が連れてきたアシスタントコーチが、とんでもないスピードで目の前を通過していったディアナに感嘆の声を上げた。
「いや、今現役の誰よりも速いかもしれんぞ」
そう言ったゲラルトの目は、ディアナに釘付けになっていた。
一瞬の速さに関しては、誰でもある程度出すことができるが、これほど継続して速度を維持できるものは、現役の選手を見渡してもそうはいなかった。高速飛行を維持し続けるには、魔力制御能力に加えて膨大な魔力量がなければ不可能だ。ゲラルトは、ひと目みてすぐにディアナの特異性に気がついたのである。
「すげぇ、魔王の名は伊達じゃない!」
「去年は『アングリフ』で無双したけど、今年は『ヴィンド』で魔王様の名を轟かせるんじゃね?」
「いや、魔王様なら『ルンド』でもいけるさ!」
学生達の会話を聞いたゲラルトが、不思議そうに頭を傾ける。
「魔王様とは何ですか?」
学生が魔王について説明をしたことで、新コーチのゲラルトにもあっという間に魔王の異名が知れ渡ることになった。
杖に魔力を込めれば込めるほど速度が上がるため、基本的には魔力総量の多い者が有利に働く。もちろん飛行するためにはそれだけではなく、繊細な魔力制御と、何より高さや速度を怖がらない勇気も必要なため、魔力量イコール飛行速度という単純なものではない。しかし圧倒的な魔力量を誇るディアナが、長年続けてきた魔力循環による繊細な魔力制御に加え、浮遊感や速度に恐怖よりも楽しさを見いだしていれば、この結果になるのは火を見るよりも明らかだった。
「なるほど、魔王様と呼ばれるだけはある。彼女は学生でなければ、すぐにでもチームに連れて帰りたいくらいだよ」
「そこまでですか!?」
ゲラルトの言葉に、アシスタントコーチは目を見開いた。
長年トップレベルで活躍してきただけに、ゲラルトの目は確かだ。飛び抜けたスピードだけでは、ディアナを連れて帰っても、すぐにレギュラー獲得とはいかないだろうが、将来のスピードスターとなれる可能性を秘めている素材であることは確かだ。
「彼女をうまく使えば、今年の寮対抗戦は面白いことになりそうだ」
挨拶では連携やチーム戦術の重要性を語っていたゲラルトだったが、他を圧倒する個の力があれば話は違ってくる。彼は目を細めてディアナを見つめていた。
その後の数回の選抜テストを経て、レヴィアカンプフェのメンバーの一次候補の二十名が選ばれた。その中には、もちろんディアナとクラリッサの二人の名前もあった。
「今回の二十名は、あくまでも現時点でのメンバー候補に過ぎません。我こそはと思うものがいれば練習への参加も認めます。そうやって切磋琢磨を繰り返し、少しでも他寮との差を埋め、今年の寮対抗戦であっと言わせよう!」
「はい!」
メンバー候補を前にゲラルトはそう檄を飛ばし、選手達はやる気に満ちた目で応えた。その後、練習を重ねていく中で、やはりディアナの突出したスピードを使わない手はないと、彼女を活かす戦術がゲラルトから示されることで、自他共にエースとみなされるようになっていく。その中でクラリッサもまた、持ち前の視野の広さと指揮能力の高さを発揮し、攻守の要として存在感を増していくのであった。
そんな熱気溢れる中、ブルーノは一人、練習場の端っこで高所恐怖症を克服しようと懸命に奮闘していた。




