72 パリサイド
「あなた方にお願いがあります」
板造りのステージを取り囲んでいる軍勢は、固唾を呑んで静まり返っている。
かなり遠くに展開している部隊にも、レイチェルとJP01の声は聞こえているはず。
しかし、目の隅に映ったハクシュウもチョットマも微動だしない。
「パリサイド、私達は自分たちのことを、そう呼んでいます」
JP01が話すところによれば、数百年前、地球を離れて宇宙のどこかにある神の国を目指して巡礼の旅に出た集団があるという。
「私達はその生き残り、及びその子孫です」
「神の国巡礼教団……」
「そうです。しかし、私達はもうその教義を信じてはおりませんし、教団という体を成してもいません。教団は消滅しました。そのいきさつをお話しするととても長いお話になりますし、私達が今こうして話し合いを持っていることに関係はありません。わかっていただきたいのは、私達はその信者集団ではない、ということです」
パリサイドとは、その教団が消滅した後にできた社会全体を指す言葉なのだという。
「私達の社会は、人口一億人程度で、ある星を中心に活動しています。その星を私達はパリと名付けました。地球に寄る辺を持つ人類ではなく、パリという星を拠点としている私達は、自分たちのことをパリサイドと呼ぶようになりました」
JP01は悠然としている。
表情が乏しい上に、どことなくひょうきんに見えることでそう感じさせるのか、ずんぐりした体型がそう感じさせるのかわからない。
戦意や悪意があったとしても、それは見事に覆い隠されているといえた。
「私達の生態は、地球に住み続けている皆さんとは大きく異なっておりますが、それはこの会談が成功裏に終わった後にでも、詳しくお話しすることになるでしょう」
JP01が、胸元の辺りから一通の封書を取り出した。
「ここに、私達の要望事項が記してあります。今、全世界で行われている会談において、共通の内容です」
レイチェルは封書を受け取り、中身を改めた。
「そこには条件めいた事項も記載してありますが、お願いしたいことはただひとつ。私達がまた地球上に住めるようにお取り計らいいただきたいということに尽きます」
それはとりもなおさず侵略ではないか。
ンドペキは、そう思ったが、レイチェルの反応は違った。
「あなた方も、地球の人類だとおっしゃりたいんですね」
「おっしゃる通りです。私達は地球に帰りたい、そう願っています。ただただ、望郷の念があるばかりなのです」
「あなた方は、地球でどのように暮らしたいと考えているのですか」
「私達は、この体で宇宙空間に浮かんで生きてきました。暗く冷たく、宇宙線が降り注ぐ只中で。そんな環境においても生きていける肉体を手に入れることができたからです」
JP01が腕の下から、ごく薄い膜のようなものを少しだけ伸ばし、ちらつかせた。
「では少し、お見せしましょう。私達の本当の姿を」
と、両腕を広げた。
それが合図だった。
シリー川の対岸から、大きな鳥のようなものが飛び立った。