70/5 シリー川
アップット高原の稜線には、これまで目にしたこともない無人戦闘機がずらりと配備されていた。
個人用の飛空挺を一回り小さくしたサイズで、各機にミサイル砲が装備されている。
まだこんな武器があったのかと思うほど旧式な型式だが、これだけ数が揃うとそれなりに壮観だ。
「街の防衛部隊本隊か?」
「そうです」
「これまで、戦ったことはあるのか?」
レイチェルは、あどけないと思うほど眉をひそめ、唇を尖らせて困った顔を見せた。
稜線からシリー川の川原にいたる山腹には、幅十数キロに渡ってすでに軍が展開していた。
ニューキーツの街にこれほどの兵士がいたのか、と誰もが思ったことだろう。
「約一千。防衛隊とあなた方を合わせた、ニューキーツの全軍です」
ただ、一般人も混じっているようだ。
兵士の格好をしただけの者もいるだろう。
双眼鏡を首から下げたやつまでいる。
「このように全軍で行動したことは、ここ百年以上ありませんでした。よくこうして展開できたものだと思いませんか」
レイチェルも分かっている。
これは張りぼてのようなものだと。
飛空挺は、全軍にレイチェルを見せるかのように、山腹を二度ほど往復して、川原に設けられた急ごしらえの木製ステージに機首を向けた。
「私は、こうまでする必要はないと思っていたのです。いざとなったら、あなた方が頼りですから」
「あんたを守るのは、防衛軍の仕事じゃないか。我々は攻撃専門だ。むしろ、防衛軍を援護するのが我々の仕事じゃないのか」
レイチェルが微妙に笑った。
ンドペキ属するニューキーツ東部方面攻撃隊は、会談場の直近と川原に添った最前列に展開していた。
一斉攻撃態勢をとっている。
会談場の直近には、それをとり囲むように白ずくめの一団。
騎士団と呼ばれる長官親衛隊だろう。
会談場のステージ上空に差し掛かると、ハクシュウの顔が見えた。
ステージのすぐ横にいる。
ひらりと手を上げてみせたが、何も言っては来ない。
チョットマは少し下流。彼女には似合わない大きな砲銃を構えて、それを大きく振ってみせてくれた。
レイチェルは、チョットマをチラリと見やると、
「いいですね、あなたには仲間がたくさんいて」と、微笑んだ。
今まさに会談が始まり、場合によっては経験したことのない戦闘が始まろうかというときに、何を呑気なことを。
「失礼だが、あんた、大丈夫か?」
「心配ですか?」
ンドペキは正直に言った。
「何が始まるのか知らんが、あんたひとり、あのステージの上で、得体の知れない相手と対峙するんだろ。実は、お膳立てはもうできているのか? あるいは、なにか考えがあるのか? 俺が聞くことではないが」
「お膳立てなんて、ないですよ。考えはありますけど」
と、レイチェルがンドペキの二の腕に自分の手をのせた。
そういう仕草が心配なんだよ、と言いかけたが、たちまちレイチェルが厳しい口調になる。
「全軍の指揮権は私にあります」
む。
「私に万一の場合、ハクシュウに指揮を執るよう、伝えてあります」
そう言われて、ンドペキは改めて心を引き締めた。
レイチェルに全軍の指揮権があるのなら、従わねばならない。
今までの口調は上官に対するものではなかったと知って、ンドペキは不必要なほど姿勢を正し、前を見た。
「武器は外してください。これは平和的な会談です」
レイチェルにたしなめられ、従った。
「はい……」
対岸には、人っ子ひとり見えなかった。
森の中に潜んでいるのだろう。
それに対して、こちらの軍勢はまるで姿を隠すところはない。
標的を晒して案山子のように突っ立っているようなもの。
飛空挺は急角度で高度を落としていく。
ンドペキは、スコープのモードを変更して、森の中の相手を確かめようとした。
チラリと垣間見たものは、予想を大きく外れたものだった。
森の中では一昨日見たときのように多くの者がそれぞれに働いていたが、会談などどこ吹く風のよう。
まるで、日常の暮らしの只中。
戦闘的な姿勢をとっている者はなかったし、川岸付近にも部隊らしきものはない。
平和そのもの。
それに反して、それが見えているはずのニューキーツ軍は銃器を水平に構え、瞬時に戦闘に入れる体勢をとっている。
飛空挺がステージの脇に降り立った。
約束の正午まで、後一分。
眼前にはシリー川が濁流を伴って流れている。
空を反射して、時折り波頭が白く光った。
レイチェルとンドペキは言葉を交わすでもなく、黙ってステージを登る。
レイチェルがハクシュウに目で合図を送る。
「全軍、武器を収めろ!」
ハクシュウの声が響き、水平に並べ立てられた銃器が下を向いた。
なるほど、レイチェルが指揮官で、ハクシュウはその副官。
彼らの間ではすでに作戦会議が持たれ、それが全軍に伝わっているということだ。
ンドペキは自分には知らされていなかったことに苛立ちを覚えたが、それと同時に、ハクシュウの昇進に晴れがましさも覚えたのだった。
対岸を睨んでレイチェルと並んで立つ。
自分の無防備さが心許ない。
ニューキーツの軍勢は静まり返り、幕が上がるのを待っていた。