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60 囚われた思念

 街へ出た。

 食欲はないが。


 歩きながらも、思い出そうとする。

 しかし、その努力はいつも空しい。

 いつのまにか、記憶をまさぐるのではなく、意味のない思念にふけっていくことになる。

 堂々巡りするだけの思念に。

 


 人は誰しも、環境によって作られる。

 世界中に誰一人、自分と同じ人間はいない。

 同じ境遇に育ったからといって、同じ志向性を持つ人間になるとは限らない。

 しかし、子供の頃の思い出が楽しいものであろうとなかろうと、それは、自分が今の人間に、この人間になった大きな要因であるはず。


 懐かしく思い出すこと、思い出すのも嫌なこと、甘酸っぱい想い、悔しかった思い出……。

 そういったもろもろの記憶が積み重なって、自分というものがある。


 そう考えるとき、記憶を失くした人間の、なんと悲しく、なんと薄っぺらなことか。


 生きていくことの意味とは、多感な子供の時代に蒔かれた種が発芽するように、膨らんでいくものではないのか。

 幼い頃の、心がまだ若かった頃の記憶がない者にとって、生きていくことは、土に埋もれたしゃれこうべがかすかに縮みながら石となるのを待つようなもの……。



 延々と続く生。



 それは謳歌するものではない。

 むしろ戦慄の頚木。


 死ねども死ねども、自動的に再生される命。

 しかも子供時代をすっ飛ばして。


 泡沫のように、微かな意味さえ見出せない生。

 鼓動、呼吸、思考、それらすべては自らの意思なく、ただ繰り返すのみ。


 生かされているのだ。

 永遠の囚人として。


 しかし俺は、何に囚われているというのか……。





 レストランのプライベートブース。

 八十センチ四方の小さな空間に篭って、咀嚼するだけの食事。

 その間も、俺の思念は留まることなくグルグルと回り続ける。

 轍に嵌まった車輪のように。

 習慣となった同じ小径を。




 サリを殺し、その咎によって、自らの生に終止符を打とうとした。

 しかし、サリは消えた。

 いや、俺がやったのか。

 そんな記憶さえ、おぼろになってしまったというのか。


 ところが、罰も受けずに俺は生きている。

 もしや、明日の会談のために生かされているというのか……。



 チョットマ。

 あいつは、サリと同様、俺になついている。

 あいつを殺すか。



 いつの頃からだろう。

 枯れることのない自死への渇望が、これほどまでに大きくなったのは……。




 妄想をもてあそびながら、ンドペキは街を歩いた。

 暗い裏路地から、華やかな表通りへと。


 縫うようにして歩き回る兵士を気に留める者はいない。

 ンドペキとて、目的があるわけではない。

 もちろん、出会いを求めてのことでもない。


 妄想を昂ぶらせないため。

 意識を弛緩させるため。

 そして、正気を保つため。



 ニューキーツ一番の繁華なエリアに差し掛かる。

 賑やかなオープンカフェが軒を並べている。

 顔を隠すことなく、生の声で話し込む人々。

 通り過ぎる者たちからは、笑い声も聞こえてくる。

 マスクをしている者もいるが、総じて無頓着。

 彼らも、政府に傍聴されていることは知っていようが、だからどうだというのだ、という諦観がある。





 む。


 雑踏の中に、見覚えのあるコスチュームを見た。


 クシではないか。


 すぐに見失ったが、胸騒ぎがした。

 戻ってきていたのか……。

 チョットマを襲ったのはやはり、あいつ……。



 クシは元仲間だった男である。

 手誰の兵士で、戦闘のために生まれてきたような男。

 隊員である以前に、ひとりの戦士だった。


 仲間という意識はなく、常に単独行動。

 作戦にも加わらない。

 ただ、東部方面攻撃隊に属しているというだけ。


 仲間が危機に陥っていても、我関せずを通す。

 見殺しにするばかりか、自分の戦闘を優位に進めるためには仲間さえ殺しかねない冷酷さ。



 業を煮やしたハクシュウが、除隊処分にしたが、それを恨んでいたはず。

 他の街に移り住んだと聞いていたが……。


 クシがチョットマを狙った理由は分からないが、もしかするとサリをやったのも……。




 と、そのとき。

 スコープに文字が流れた。


 -----振り返らずに歩け

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