あまり大っぴらに言えない話
テーブルの上に並べられた度数の低い酒とソーセージ盛り合わせを前に、ヴィンセントさんはようやく落ち着いたのかホッと息を吐いた。
ここに来るまでも周囲を警戒した様子で窺ってたんだけど……え、何? さっきの巨漢が復活してまたやってくるかもとか考えてた?
まぁあれ頑丈そうだしちょっとやそっとじゃへこたれなさそうだもんね。
一応後頭部直撃させたからそう簡単に目が覚めたりしないと思うけど。
どうだろう……いやでも後頭部って鍛えようと思って鍛えられるところじゃなくない? 首から上は仮に鍛えたとしても中々ね……何かの拍子に致命傷とかあり得る話だから。うん。
生憎と私はお酒を飲まないので紅茶を頼んだ。普段出回ってる紅茶とは別フレーバーの、ほんのりぶどうの香りがする紅茶だ。さっきのぶどうジュースに比べればぶどうの味はないけれど、これはこれで有りだな……と思える。ちなみにディットさんも私と同じ紅茶を頼んでいた。
ヴィンセントさんが頼んだソーセージ盛り合わせはそれこそ皿の上にどどんとソーセージがこれでもか! と盛られているので、ヴィンセントさんから「お前らも食べるといい……」なんて言われたので遠慮なくいただく事にする。ノーマルソーセージにハーブを加えたやつ、ちょっとピリッと辛いやつ。他はなんだろ……パッと見ですぐわかるのはそれくらいかなぁ……でも他にも種類があるみたいなので、ちょいちょいもらっていこうと思います。
ディットさんも私と同じように気になったのを取り皿に確保していた。あっ、骨付きのやつもあるのか。私もそれもらお。
「んぐ……んで、さっきの巨漢、あれ何だったんです? ヴィンセントさんの事マイスイートハニーとか言ってたしダーリン呼びしてましたけど、恋人ですか?」
「おぞましい事を言うな」
腐ったお嬢さん方が喜びそうな内容だろうな、とか思いつつ口に出せば、ヴィンセントさんは即答で否定してきた。
うーん、照れてるというよりは確実に嫌悪感。まぁ、冗談でも認めると性的な展開になった場合ヴィンセントさんが女性側の役割だと思われるの確定しちゃってるものね。人の噂も七十五日とは言うけど、下手すりゃそれ以上に長引いて子々孫々まで語り継がれるものだってあったりするし。
これが名もなき一般市民ならともかく、ヴィンセントさんは貴族だし家はそこそこ歴史のあるところなのかな? だとしたら下手にゴシップで賑わうのは痛いだけで何の得にもならないって事か。
貴族の家にもよるけど、歴史の長い所に下手な噂知られちゃうとそれこそ末永~く語り継がれたりする事もあるものね。子孫が真っ当であってもでもご先祖様がねぇ……みたいな嫌味言われたりするわけか。
自分が生まれる前にとっくに死んだご先祖の話されたら子孫だって困るよね。
孫くらいだと本人に文句を言えるかもしれなくても、でもその頃には当の本人がおボケになられてるかもしれないわけだし。うぅん、生きてても死んでても本人に面と向かって文句を言えるかってーと……微妙かな。
先祖の不名誉な噂で子孫が苦労するかもしれない、と考えると……正直自分が死んだ後の事とかそこまで考えたりしない人ならどうでもいいと思うけど、もうこの家潰して新たな家を興す! とかいうのが子孫に出ちゃうと長く続いた貴族の家であってもあっという間に歴史の中に埋もれるよな……実力があれば他国にいってそっちで功績だして貴族に……って考える人はいるかもしれない。
というかこっちの世界の貴族ってどんな感じなんだろう。前世と同じであったとしても、正直元々詳しくないからな……
ともあれ、ヴィンセントさんがあの巨漢と親しい間柄というわけでもないのは理解した。
むしろヴィンセントさんの様子を見るだけなら嫌悪感たっぷり。これ以上下手な事を言えばブチ切れられそう。流石にそれは私の本意でもないので、この件で揶揄ったりはしないどこう。
じゃあ、あの巨漢はなんなんだって話だけど。
「恋人じゃないのはわかりました。で、結局なんなんですか? ディットさんが倒していいって言うからやりましたけど」
これで万一私が悪いって事になったとしてもけしかけたのはディットさんなので、共犯と言い張るぞ。
「あいつは、とある国から流れてきたマフィアの一員さ」
「盗賊とか山賊とかとはまた異なる悪党きちゃいましたね……」
ディットさんの言葉に思わずそう言ってしまったが、決して茶化したつもりはない。
もしかしたらそういう盗賊でもなく山賊でもない悪党の組織がウルガモットにないとも言い切れないわけだし。単に私がお目にかかれていないだけで、もしかしたらそこかしこにいるとかだったりする?
お祭りの時に犯罪者と遭遇するのなんなの? 風物詩? いやだよそんな風物詩。
前世だと春先にやってるご長寿アニメの映画が毎回爆発してるようなもので、すっかり春先に爆発するのが風物詩、みたいな認識あったような気がするけど、それと同じノリでイベントのたびに犯罪者とエンカウントするとか正直勘弁してくれなんだわ。
自分がそういった犯罪者を捕まえる警察的な組織の一員だとか、はたまた賞金首を狙うハンターとかならまだしも、私は薬屋を経営している傍らでギルドのお手伝いをちょっとだけする程度の存在なのでそういった犯罪者と積極的に関わってく感じじゃないんだ。
それなのにお祭りがあると毎回犯罪者に遭遇するとか何、この世界の治安マジでどうなってんの?
前世のご長寿アニメですっかり劇場版は爆発が風物詩になってたやつもそりゃまぁジャンル的に殺人事件とか多発して加害者と被害者が増えてくばかり、主人公の身の回りの治安どうなってんの? 状態だったけど、あっちは事件が発生しないと話が進まないジャンルなので致し方なし。
けれど私はそういった立場ではないので事件が多発、もしくは犯罪者とのエンカウントが上がるのどっちも遠慮したい。いや、控えめに遠慮したいとか言ってるわけじゃなくて、全力でお断りなんだけどさ。
私がそんな風に思っちゃうのもお祭りのたびにエンカウントしてるからだよ。
少なくとも去年リタさんと一緒に過ごしてたうちはお祭り関係スルーしまくりだったからそういうのなかったし。というかそもそもほぼ引きこもってたようなものだし。
身の回りの雑用だけなら外に出る機会ももっとあったかもしれないけれど、リタさんから薬を作るのに色々教わったりしてたのもあって、外に出ない事のが多かったもんなぁ。
あれもしかしてリタさん、ウルガモットの治安をとてもよく把握してたからかしら? って今更ながらに思い始めてきたんだけど。
お祭りに参加できないのは若い子にはつまらないかもしれないけど、でも祭りの時って色々発生するから……みたいな親切心が含まれてたとしたら、せめて亡くなる前にでも一言忠告は欲しかったと思わんでもない。
そりゃあその話を仮に聞いてすぐさま完全肯定はできなかったとしても、後々あの時の言葉は本当だったんだ……みたいになるからね。念の為言い残しておいてほしかったよね。
単純にリタさんがそういった事件に巻き込まれなくて知らなかった可能性もあるけれども。
ともあれ、このウルガモットにそんなマフィアの一員がいるとかそれ知って大丈夫な情報か? とも思いますが、一先ずは話の続きを待つ。
アルコールが体内に入って若干、ほんのちょっとでも気が軽くなったのかヴィンセントさんがぽそぽそと語り出した。即座に酔っ払って話にならない、というまではアルコールを飲むつもりもないらしいのでとりあえずは安心かな?
「前に尋問の手助けをしてもらった事があるだろう」
「そうですね」
「その時に苦痛に耐える事はできても快楽に耐えるというのは難しいのだとかどうとかで、尋問する際にアドバイスをしたな」
「そういえばしましたね」
ある程度の苦痛なら耐えられるけど、快楽はそうはいかない、っていうのは前世で聞きかじった話だ。
ある程度の空腹に耐える事はできても、満腹に耐える事はできない、とかそういうのもあったような気がする。
満腹っていうか、腹八分目とかなのかもしれない。
空腹に関してはある程度耐えられるようにできてるけれど、満腹は確かなった途端にストップがかかるかっていうとそうでもなくて、気付いたら満腹通り越すレベルで食べ過ぎてお腹が痛い、なんて事にもなったりするから、ストッパーが弱いんだったかな……?
正直そこら辺の知識はあやふやなので間違ってるかもしれないけれど、確かにお腹いっぱいレベルまで食べてもすぐに満腹だって気付けなかった事があるのであながち間違ってるわけじゃないのかも……?
尋問するにしてもそれなりに荒事に慣れきった相手なら多少痛めつけたくらいじゃなぁ、と思ったので方向性を変えてみるのもありじゃないかな、っていう思いがあったのは確かだ。あとは、そう何度も頻繁に尋問係として呼び出されるのはちょっとなぁ……というのもあった。
そしてその後は全くお呼ばれする事もなかったので、どうにかなってるんだろうな、と思ってた。そもそも仮に私の案が採用されなかったとしても、今までのように根気強くやればいいだけの話だ。
「快楽責め、というのが果たして上手くいくかは半信半疑だった。とはいえ、仮に失敗してもそれはそれで新たな苦痛の一つになる。人によっては殴られるよりも最悪な展開だ」
「まぁ確かに」
殴られるのは慣れっこでも女性のような辱めを受ける事までは想定してないのが大半だと思うよ。というか大半の男性はそれを考えないと思う。よっぽど女性と区別がつかない、もしくはそれ以上に美しい、みたいな人ならともかく。
「実行する人選は選出するだけで難航した。だが、やらないわけにもいかない。時間は有限で、だからこそあまりのんびりしてはいられないからな」
「まぁ、情報吐き出させなきゃいけない相手が複数いるならそうかもですね」
相手が一人だけならじっくり情報を吐かせるさ、とか言えたかもしれない。
でも同じ案件ですらない、他の案件の情報も引き出さないといけないのであれば、一人にのんびり時間をかけていたらいつまで経っても終わりが見えない。下手をしたらあまりにも放置され過ぎてそんな昔の話は忘れちまったなぁ、とか言うようなのが出てくるかもしれない。まぁ、その手の相手が素直に情報を吐くかと言われれば吐かないだろうし、そんな言葉が出てきたとしてそれは単純に嫌がらせだとは思う。
どっちにしても最初はお試し、ダメ元でチャレンジしたんだな、とは理解できた。
「そして、仲間の一人が覚醒した」
「覚醒、ですか」
「新たな扉を開いたとも言う」
「ほう……?」
それはつまりえぇと……そういった尋問方法に目覚めて楽しみを見出してしまった、もしくは才能を開花させてしまった、という意味でよろしいので?
「そいつは次々に今まで頑なに喋ろうとしなかった相手から情報を吐かせ、いくつかの案件はそれですんなりと片付いた。だが――」
そこまで言うとヴィンセントさんはジョッキの中に半分残っていたお酒を一気に呷った。
カン! とジョッキをテーブルに落とした音が響く。
「あいつも目覚めてしまったんだ……」
「あ、はい」
あいつ、というのがさっきの巨漢なんだな、と理解した時点で。
私は一体どういう相槌を打つのが正解だったんだろうか。




