社交辞令だと思っていた
「……似てたね」
「そうか? 色だけだろ」
「うん、でも、似てたよ」
そう言って笑うエレナに、ポールはそれ以上何を言うでもなかった。
数年前。まだエレナもポールもギルダーになるだなんて思ってもいなかった頃。
時々遊んでいた友人――少なくともエレナとポールはそう思っている――が死んだという話が出た。
エレナとポールの家はアニーティカの中では恐らく中流階級と言えるだろう。
とはいえ、中の下とかそんな感じだが。
友人は――エルと呼んでいた少女は、上流階級と言えばまぁ、そうなんだろうなと思える家の人間だった。といってもこちらも上流とはいえ、上の下とか上の中とかで、雲の上の殿上人とまではいかない。
毎日のように遊んだりはできなかったけど、それでも時々、本当に時々だが会う事ができれば三人で目一杯遊んだものだ。
二人にとっては幼馴染。
けれども、あの家に強盗が入って、エルの両親が死んで。
あの家にたった一人になってしまったエルは。
彼女は親戚の家に引き取られる事になったのだと、そう、聞いていた。
エレナもポールもエルの口から直接聞く事が出来れば良かったけれど、そんな余裕はどこにもなかった。
そもそも親が死んでたった一人になった少女に近づく事ができなかった。
彼女の親戚――スタンジーの街に暮らす貴族が引き取るという話が流れてきた時には、とっくに彼女はアニーティカを出ていってしまっていたから。
大人たちが噂をしていたとはいえ、流石に人が死んだ話だ。
こどもの耳には入れないようにしよう、そんな配慮がされていた。だからこそ、エレナやポールが知った時にはもうエルは会える距離にいなかった。
そこから更に数日後。
彼女をスタンジーへ運んでいたはずの馬車がとある場所で発見されたと聞いて、そこでもう二度と会えないと知った。
聞こえてくる噂の断片。
それらを繋ぎ合わせなくても、それでもエレナとポールには何が起きたか充分すぎる程知ってしまった。
会った回数はそう多くない。
けれどそれでも。
大切な友人だった。
そんな彼女が、もう二度と会えないような遠い場所へ逝ってしまったのだと。
そう理解した頃には。
彼女が住んでいた家も、すっかり取り壊されてしまっていたのだ。
お別れの言葉すら言えなかった。
二人がギルダーを目指そうと思ったのはそれからだ。
彼女を殺したのは恐らく近隣を荒らしていた盗賊だろうという話を聞いた。
弔いができると思ってはいない。
けれど、彼女のような目に遭う人を少しでも減らしたくて。
なんて言えば聞こえはいいけど、エレナは他にできそうな事がなかったのだ。
仕事なんて探せばいくらでもある――なんて言われているが、向き不向きは存在する。
幸いにしてエレナは身体を動かす事は得意だったし、少しだけなら魔法も使える。
ポールもまた身体を動かすのは得意だったし、彼は元々ギルダーを目指していた。
もう会う事もなくなってしまった友人の事は、エレナの背中を後押しするだけに過ぎない。
ポールは呆れながらも、けれど何だかんだ言いつつ付き合った。どうせなら二人で組めば色々と活動しやすいと思って。
アニーティカにも学校は存在する。
ウルガモットに比べれば小さくはあるが、それでも剣や魔法を教えてくれる場所は確かに存在していたし、二人はそこに通う事になっていた。
エルの両親が生きていたならきっとエルもまた学校に通っていたに違いないのだ。もしかしたら、エルはアニーティカではなくもっと大きな――それこそウルガモットの学校に行っていたかもしれない。
そうでなくても、親戚の家に無事に行く事ができていたならスタンジーの学校に通っていたかもしれない。
いくつものもしもを想像するも、現実に変化なんてありはしない。
学校に通うようになってから、今まであまり接点がなかった人たちとも接する機会が増えた。
それでも、エレナの中ではエルは未だに友人であったし、彼女の存在がエレナにとっての行動の指針でもあった。
そうして学校を卒業して、どうにかギルダーとしてやっていけそうだ、と思った矢先に今回の件だ。
勿論自分たちが大活躍できるとは思っていなかった。
それでも、せめて何かしらの助けになれるのではないか。そんな風に考えてもいた。
実際は脱走した犯罪者と遭遇してしかもそいつが黒化したマッシュルームベアの胞子にやられて何でかこっちに絡んできた挙句、マッシュルームベアもまたこちらに狙いを定めていたようなのでとにかく逃げ回る事しかできなかったのだけれど。
考えようによっては、一番厄介な奴を引き付けていた、と思えばまぁ……ちょっとは役に立てたかもしれない。正直生きた心地がしなかったけれど。
通常のマッシュルームベアでもエレナとポールからすれば脅威だ。通常個体が一頭だけ、とかであれば二人で頑張れば倒せたかもしれない。時間がかかったかもしれないけれど。
けれどもいきなりそれら通常個体をすっ飛ばして一番厄介な黒化個体だ。
新米ギルダーからすればとんでもなく荷が重たい。
こっちは必死に逃げ回っていたというのに、あの犯罪と言うにはしょぼすぎる、しかし地味にイヤな感じの事をしでかしていた男にはまだ余裕があったというのも何だかとても癪だった。
あの男、きっとその気になれば黒化マッシュルームベアをこちらに押し付けて自分だけは安全圏に逃げる事だってできただろう。胞子を吸い込んで正常な判断力が失われていたからもしかしたら一緒になって逃げ回っていたのかもしれない。
そうして逃げ回った結果、ウルガモットギルドのギルダーたちが集まっていたところに突入したのは、ある意味で幸運だった。自分たちだけではどうにもできないし、かといってアニーティカギルドの面々がいる方へ行くのも得策ではない。
アニーティカギルドの人たちはエレナとポールにとっては頼れる先輩たちだけれど、黒化マッシュルームベアを任せるには無謀としか言いようがない。アニーティカ周辺はそこまで危険な魔物が出るという話はないし、だからこそ戦える人材がいたとしても実力はほとんど同じくらいのギルダーばかりだ。一人だけでも突出した実力の持ち主がいる、とかそういう事もない。そしてどちらかといえばアニーティカのギルダーたちは魔物退治を専門とするとか盗賊を退治するのが専門だとかそういう荒事向けではなく、周辺の植物の調査だとか地質・水質調査だとか、それ以外にも近隣の魔物に関して調べたりするとか、研究側に偏っている。アニーティカから出ていったギルダーたちも、ここ以外の土地で調べたい事ができたから、とかそんなんばかりだ。
お隣さんといってもちょっと離れただけで同じギルダーだというのにここまでの違いがある。
そしてそこで出会った彼――エルテ。
治癒魔法を得意としているらしく、彼自身は非戦闘員だと言っていたけれど。
非戦闘員って結界で相手の動きを止めてタコ殴りにさせたりとか、できないと思う。直接的に戦う事ができなくても、あの結界の使い方はどうなんだろう。
ウルガモットのギルダーたちはすっかり慣れているのか、あんな風に黒化マッシュルームベアの動きを止めた後は躊躇う事なく攻撃に転じていた。
アニーティカギルドだったらまずあの時点でどうなってるんだろう、ってちょっと調べたくなってると思う。そんな場合じゃなかったとしても。
パッと見同年代にも見えたし、それに何より、懐かしい感じがした。
髪と目の色がエルと同じだったから、それだけだ。
エルにお兄さんがいたとすれば、きっとあんな感じなんだろう。そう思えた。
別人だとわかっている。
けれど、それでも。
エレナは一瞬でも彼女が帰ってきたのだと、そう思ってしまったのだ。
ウルガモットギルドと関わる事はそうないだろう。それこそアニーティカ側で魔物が大量発生でもしてうちのギルダーや自警団だけでは対処できない、となって応援でも要請しない限りは。
実際ウルガモットのギルドと協力して活動したのなんて、数年に一度がいいとこだ。今回協力した事もあって、次そうなるような事があるとしてもまた数年後とか先の話だろう。
けれどそれではもったいないな、とエレナは思ってしまった。
「ね、ポール。たまにだけどさ、ウルガモットに行ってみようか」
「あー……まぁあっちの方が何か盗賊とか魔物とかよくいるって聞くから、実戦経験とか考えたらそれは有りかもしれないけど……」
ポールが言葉を濁すのも、エレナからすればわからなくもないのだ。
隣街とはいえ行くだけで大体三日かかる。
それも馬車を使っての話で、徒歩で行くとなればもっと時間がかかる。
明確な目的があって行くのであればともかく、そうでなければ時間を無駄にしていると思っても無理はない。それでなくとも収穫祭が終わればそこから先は冬に向かって寒さを実感するような事になる。気軽に野宿をするような移動は難しくなるし、かといって馬車に乗って行くにしてもそれにかかる料金を考えれば、やはり気は進まないのだろう。
例えばこれがもうちょっと遠くの――それこそ寒さが薄い土地まで行くとかいうのであればまだしも。
隣街でもあるウルガモットなら寒さなんてアニーティカとそう変わらない。
エルと似ている、というのも確かにそうなんだけど同年代で、ギルダー……本人は手伝いと言っていたが……それでもあの黒化マッシュルームベアを前に一切動じていなかったのを見ると、もしかして凄いのでは? とも思えてしまった。
普段から接する事がそう多くないとはしても、もしかしたら別の町や村に行く事もいずれはあるだろう。そういった時に知り合いがいるのといないのとでは多少なりとも違ってくるだろう。
勿論、一生自分が暮らしている土地から出ない、というギルダーもいるのでその他の土地に知り合いがいないからとて必ずしも困るという事はないが、エレナやポールは一生アニーティカから出ない、と決めているわけでもない。知り合いを作っておく事はしておいて損はないはずだ。
「とりあえず、行かないって選択肢はないんだろ? じゃあ、路銀貯めなきゃな」
「うん、うんっ!」
あまり乗り気に思えなかったポールが、それでも何だかんだ賛成してくれたことにエレナはぱっと顔を輝かせて頷いた。
エルテは知らない。
また、なんて言っていたがそれが単なる社交辞令ではなく割とマジであった事に。
それを知る事になるまであと――




