大体杞憂でした
杞憂でした。
いや、我ながら突然だけど、ちょっと前までは一応貴族の家だし……って事でそれなりに警戒っていうか、まぁ油断せずに行こう、みたいな感じでそれなりに気負ってはいたわけですよ。
こう、貴族の家に呼びつけられた庶民、であるならまだしも招待状まで送ってわざわざ、って部分で思う所がない人もいないのではないか? とかね。
使用人の人たちだって客がくるとなって一体どこの家の人だろうか、と思っていざ蓋を開けたらただの庶民とかさ、思う部分が無いと言えば嘘だと思うんだよね。
なのでこう、ギリギリわかるかどうか微妙な感じで悪意を向けられる可能性とかも考えてはいたのよ。
前世でその手の作品履修してたら何事もないとか無理があるのでは、とか思っちゃったわけだし。
お家の人がいくらにこにこして優しくても使用人からしたら気に入らない、なんて事もあったりするよな、とかさ。そういう感じの話もあったな、って思うと可能性はゼロじゃないって思うじゃん?
まぁその手の話は最後にはその使用人がきっちり裁きを受ける羽目になったりしてたけども。
けど、そういったあれこれぜーんぶ、杞憂だったよね。
応接室っぽいところにまず案内されたんだけど、そこにいたのはこの家の当主、つまりルーウェンさんとディットさんのお父さんだろうアレクセイさんだった。
とりあえずルーウェンさんに似ているな、というのが第一印象だ。
ルーウェンさんが年をとったらこんな感じになりますよ、という見本みたいな見た目だった。
そのアレクセイさんはこちらを見るなり満面の笑みを浮かべて、
「君があの! 話は常々!! それに先日のあの魔法! いやぁ、本当に感謝しているよ!」
と、何かもう言いたい事はいっぱいあるけど口から出る言葉が追い付きません、みたいな感じでとにかく感謝の言葉を述べられて、ついでにハグまでされた。
とんでもなくウェルカムモード過ぎて思わず固まったよね。ご機嫌にハッハッハ、って笑ってるし。
え、何、話は常々……? 私の話題なんてルーウェンさんとディットさんが言わない限りこの人には伝わらないと思うんだけど、一体お二人は何を言ったんですかね……?
そう思って二人へ視線を向けると、ルーウェンさんはそっと視線を逸らしたし、ディットさんはにこにこと微笑ましいものを見る目を向けていた。二人の温度差。
「ディットの事に関しても本当に助かったよ。ギルダーやってる時点で危険は付き物とはいえ、それでも腕一本使えなくなるところだったとなれば本当に君がいてくれて良かった!!」
ハグをされたまま背中をバンバンと叩かれる。
とはいえ、力加減がきちんとされているので痛いとかはない。
こう……ルーウェンさんとディットさん以外の人から何となく敵愾心みたいなのを感じ取るようなら結界の展開も辞さない覚悟……とか思ってたけど、そういうのなかったから結界は結局作ってないんだよね。
まぁ、アレクセイさんの言い分はわからんでもない。
そもそもなんでこの二人がギルダーになっているのか、とかそこら辺聞いた事ないけど道楽とかでやってるわけじゃないんだろう。
そんでもってギルダーは危険と隣り合わせ、と言ってしまえば確かにそうなのだ。
私は基本薬草調達くらいしかやらないけど、それでも魔物と遭遇する事はあるわけで。
マトハルさんが護衛についてきたりしてくれるし、私は結界を武器にもできるからどうにかなってるけど普通のギルダー、それも駆け出しとかならその依頼であっても大怪我をする事だって有り得る。
ちょっとの油断が死を招くのは事実だ。
で、ディットさんは以前コフ退治で片腕を切り落とされる寸前状態にまでなっていたわけで。
骨も切れててかろうじて皮一枚でくっついてる状態だったあの怪我は、確かに中途半端な治療しかできなければマトモにくっついても神経が上手く繋がらなかった、とかそんな事になっていた可能性が高い。そうなれば見た目普通にくっついていても、日常生活に支障が出る程度には不都合が生じていた可能性も勿論あった。
……今更だけど本当にきちんとくっついて良かったよ。
そりゃ治癒魔法得意だけどさ私。
でもあんな大怪我した人治す事ってまずなかったもんな……
治せる、とは思ってたけどそれでも心のどこかではでも万が一があるからな……みたいに思ってた部分はある。
それくらい酷い怪我だったわけだし、無事に治ってよかった、という思いがディットさんだけじゃない、ディットさんの身近な人が思っていてもそれは普通の事だ。
だからこそこうしてご機嫌状態のアレクセイさんの事は別に何を思うでもない。
少なくとも家族を案じているように見えるアレクセイさんは、悪い人ではないのかもしれない。
ほら、前世で履修した作品の貴族とか、こどもは家の発展のための駒としか見ていない、なんてのもたくさんいたからね。貴族なりに愛していた、とかもあるけど一般人の感性ではちょっと理解できないやつとか。
ディットさんは男性だからまだしも、女性だったら傷がついた時点で価値がない扱い、とかね。うん……
そういう考えをあからさまに持ってる感じの人ではなさそう、ってだけでも呼ばれた意味はあったかな……? と思う事にしておく。
ハグから解放されたと思ったらご機嫌のまま肩をバンバン叩かれる。とはいえ、それだって力いっぱいというわけじゃない。勢いはあるがきちんと力加減はしてくれていた。
凄い、テンション高いなこのお父さん。私どういうリアクションすればいいのかさっぱりわからないの。
「あの、父上、そろそろ……」
ルーウェンさんが控えめではあるものの声をかける。
そうだね、早く何か言って私を解放してもらうようにしておくれ。
ディットさんは止めようと思ってはいるっぽいんだけど、下手に口を挟むと矛先が自分に向けられるとわかっているのだろう。中途半端な位置に手があるだけで、その場で置物のように固まってしまっている。
うん……ディットさんはね、仕方ないね。
そこで何か言って、あの時は随分心配したんだぞとか言われたらそりゃそうだよねとしか言いようがないし。ディットさんと目が合ったけど、なんだかとても申し訳なさそうだった。うん、まぁ、気持ちはわかるので何も言えない。
そりゃあ確かに怪我は治したけどもさ。
ディットさんの腕が取れかけて、そのままギルドに一直線にやってきてその日はそこで一晩明かして、治ってから帰ったとはいえルーウェンさんがきっとご両親に報告はしたはずだ。
だって無事なら普通にディットさんも家に帰ってきてないとおかしいもの。
帰ってこなかったって事は帰ってこれなかった何かがあったという事だし、では一体何があったのか、を聞いたりもしただろう。そして怪我をして一晩ギルドで療養している、なんて言われたら……まぁ、普通に察するよねぇ……
だってこっちでも怪我の手当てはできるだろうし。でも戻ってこなかったって事はここでは意味がなかった、と普通に考えると思う。では、それくらい酷い状態なのだ、と察するのも当然の流れだっただろう。そこまで察する事ができれば、ルーウェンさんが下手に言葉を濁しても意味がない。きっときっちりはっきり明確に説明はされたはずだ。
……で、それを知っているからこそ、この歓待というわけか。
落ち着いて考えると納得なんだけど、それはそれとしてあまりのはしゃぎっぷりにそろそろ私も愛想笑い浮かべるのきつくなってきたんですが……
ちなみに。
この後ルーウェンさんとディットさんのお母さんでもあるリーゼロッテさんとも会う事になったわけだけど。
アレクセイさん以上に歓待された。
ハグは勿論その流れで頬にキスまでされたわ。ちょっと奥様ー!? 目の前に貴女の旦那がいらしてよー!? と叫びたい衝動に駆られたけれど、その旦那はにこにこととても微笑ましいものを見る目を向けていたのである。
いやうん、下手に浮気か!? とか詰め寄られないだけマシなんだけれども。
あともしかしたら若干目の敵にされる可能性もあるかもなぁ、とか思っていた使用人の人たちは全員がなんだかほっこりした眼差しでした。その目に浮かぶ感情は一体何なんです……?
そんな遠くからやってきた孫を見るような眼差しを向けられましても……と戸惑うのも仕方ないと思うんだよね。
もうね、ドレスコードがどうこう、とか悩んでたほんの少し前が懐かしいわ。
この人たち私の服装とか全く気にしてないもの。そんなこたぁ知らねぇ、みたいな感じだもの。
それはそれとしてご愁傷様です……みたいな感じで十字を切ったルーウェンさんには後日ちょっとお話をしないといけないのでは……? と思ったわけだけどね。
とりあえずディットさんはリーゼロッテさん似なんだな、ってのだけはよくわかりました。




