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雨と、とあるバーのひととき

「イーエスッ! ブルショット!」


 Bランクエリア。

 無数に聳え立つビルの一室に、明るい女性の声が響いた。

 ニーロ・エスペラ。

 超攻撃的自警団『MA』の幹部にして、二丁拳銃の悪魔ダブルガン・デモンの異名を持つ、赤毛の女。

 藍色のサイバネ・アイと、同色の口紅が印象的。

 ニーロが数秒前まで手にしていたダーツの矢が三つとも的のど真ん中に突き刺さっている。


「はしゃぎすぎだろ」


 バーカウンターのスツールに座ったドレッドヘアの女性──アジャスタ・ゴングが瓶ビールを呷りながら言った。

 両腕にサイバネのインプラント。

 身体は女性にしては高い190センチ。両腕はその大きな身体よりも巨大だ。

 筋肉質なだけの男なら10人いても一捻り。

 彼女もまた、『MA』の幹部だ。

 二人は今、ニーロがオーナーのバー『エスペラ』にいる。

 バーテンダーはスーツにMAの黒い仮面を着けていた。MAの構成員だ。

 3人以外、店には誰もいない。

 アジャスタが瓶を置くと、バーテンダーが新たな瓶を置く。

 アジャスタはそれを取って、ニーロに投げた。


「ありがと」


 ニーロは危なげなく瓶をキャッチして、指で蓋を弾いてビールを喉に流し込む。

 自警団が独自に作って市場に流しているビール。

 『ドリンク・ドランク(酔っ払いの飲み物)』。

 バー・エスペラの貯蔵庫にはこのビールが山ほど積んである。


「ねえ、なんでアタシらのボスは急いでるんだと思う?」


 アジャスタが訊くと、ニーロは興味なさそうに肩をすくめた。


「知らない。大きくしたくなったんじゃない。あの身体みたいにさ」


 MAのボス、つまり団長ニシキ・ワーグナーは巨漢だ。

 街の小悪党たちには幹部が出張ってきたら終わりと言われているMAだが、団長が出てきたらそれこそ終わりだ。

 並大抵のヤツじゃ敵わない。

 五大企業、トップクラスの護衛や私兵でなければ。

 圧倒的暴力。

 その暴力を認めさせることで、バラバラの幹部たちをまとめあげている。

 とはいっても、恐怖政治ではない。

 ついていけないと思ったら抜ける。

 去る者は追わずの精神がMAにはあった。

 だからニーロも、アジャスタも団長の方針で動くのが嫌ではないからこうして幹部としてMAの椅子に座っている。


「私は娯楽があればいい。この世界にはさ、娯楽が足りない。そう思わない?」


 ニーロはビールで唇を濡らしつつ、丸テーブルに置かれたダーツの矢を三本取って的に投げつける。

 今度は全部的の向こう側に外した。

 ただし、その三本は“一直線”になっている。

 最初に刺さった矢の尻に2本目が刺さり、その尻に3本目が刺さっていた。


「あいかわらず変態的な腕だね」

「褒めてくれてありがと」

「褒めてないから。てか、あんた指名の仕事でしょ。時間は平気なの」


 言われて、ニーロは左手首に巻いた腕時計を見る。

 デバイスではない、シンプルでアナログな腕時計。


「まだ大丈夫。それに今回は直行だからね。本部に顔出せとも言われてないし。それにみんなが迎えに来てくれるから」

「そ。ならいいけど。あんまり人任せにするなよ」

「わかってるって。頼ってるだけ」

「それだよ、それ」


 ニーロは背もたれつきの椅子を引っ張ってきて、背もたれを前面にし、寄りかかって座った。

 手にした瓶ビールがちゃぽちゃぽと揺れる。


「でさ、私らにちょっかいかけてるの誰だと思う?」

「……さあ。めぼしい組織で怪しい動きしてる連中も、個人もいない。組織じゃないことは確か。団長もそういう見解っぽい」

「でも同時多発でしょ。未だに組織じゃないなんて信じらないよ。うちの人間が何人もられてさぁ。しかも全部痕跡が薄い。フダニトも調べるのに時間がかかってるし」


 ニーロはビールで喉を潤してから、小さく息を吐く。


「なんか気味悪いんだよね。幽霊相手にしてるみたいでさぁ」

「幽霊……あはは! 案外、アタシらに殺された連中の逆恨みで、本当に幽霊だったりして」

「冗談でしょ……ねえ、幽霊ってどうやったら殺せる?」

「あはは! 真に受けてる。さぁね。エクソシストにでも頼みなよ」

「えー、そんな伝手ないよ。シスターやってくんないかなぁ。神様の力とか借りたり、祈りの力でちゃちゃっとさぁ」

「あんた、シスターをなんだと思ってるの? あの人は祈り専門だから」

「専門じゃないでしょ。これもやるじゃん」


 ニーロは親指と人差し指で拳銃の形を作って、パンッと撃つ真似をしてみせる。


「幽霊を倒せるかもしれないエクソシストではないってこと」

「まーね。でもだとしたら面倒だなぁ」

「なにが?」

「だから幽霊。銃で撃って死んでくれるならやりようがあるけど、そうじゃないなら対策を考えておかないと。襲われてから準備をするってのは間抜けな話でしょ」


 アジャスタが苦笑する。

 ビールを呷って飲み干し、ウイスキーのロックをバーテンダーに出させる。


「あ、ずるい。私もこれ以外飲みたいのに」

「オーナーなんだから我慢しなさいよ。それにうちのビール、全然美味しいほうでしょ」

「だったらあなたも飲むべきじゃない?」

「飽きた」

「キー!」


 ニーロが歯をむき出しにして怒ったふりをするとアジャスタが笑う。

 バーテンダーの構成員は二人の会話を聞きながら、黙々とグラスを拭く。


「で? 手伝いはいる?」

「んー、輸送車に関してはたぶん大丈夫。私とうちの子らで対処する。問題は輸送車以外。次に狙われるとしたらどこになるかな」


 ここ最近、MAの構成員、施設、現金などを狙った襲撃が立て続けに起きている。

 実行犯たちに繋がりはなし。

 少なくとも現時点では組織的な犯行ではない。

 これは先ほどとの会話と同じくだ。

 と、なるといくら超攻撃的自警団を名乗っていても、能動的に動くことは難しかった。

 幹部自ら出張って、襲撃犯たちをお出迎えしたいのは山々だが、相手が正体を現さないのでは動きようがなかった。

 相手の出どころがわからないから、攻めどころもない。

 なので基本的には相手が攻めてくるのを待つ。

 今はそれしか対処しようがない。

 自警団の情報班、フニダトが動いているので、あと少しで糸口の一つや二つ見つかるはずだ。

 彼は優秀なので、必ず痕跡を捉える。

 ──そう、あと少し。

 それまでは、相手の襲撃に怯えるしかない。

 超攻撃的自警団が。

 何もできないまま。


「そもそもどうして私たちを狙ってるんだろ? 金? 恨み? 組織潰し?」

「全部あり得るな。だから厄介なんだろ」

「そう。そこなんだよ。全部あり得るから困る。まあ、別にいいけど。来ても返り討ちにするから」


 ニーロが笑い、アジャスタが同意するようにグラスを傾けてウイスキーを呷る。


「とはいえ、うちの団員たちがむやみに殺されるのだけはいただけないんだよね」

「それはそうだ。直接こっちを狙ってくればいいのにな。そのほうが話が早い」

「無理、無理。話をややこしくしたがってるヤツが、シンプルに簡単に話を通すような真似するわけないって。これからも妙な襲撃は続くよ。とにかく、一人でも確保して探らないとね。何が起こってるのか」

「……ああ。おかわり」


 アジャスタがグラスを置く。

 飲み終わるタイミングがわかっていたかのように、バーテンダーがウイスキーロックのグラスを置いた。


「だから、ビール飲めってばよ」

「やだよ。アタシは色々飲みたいタイプなんだ」

「あー、私も早くビールから解放されたい」

「ボスに見栄張ってバーにたくさん卸すとか言うからだよ」

「だって捌けると思ったんだものー。まさか襲撃事件が起こってこんなに客足が遠のくとは思わないじゃんかー」

「ま、諦めろ。オーナー」

「うわーん」


 泣き言を口にしつつ、ニーロはビールで唇を湿らせた。

 味は悪くないことだけは、救いだ。


「そういえば、そろそろ雨はやんだかな」

「やむわけないでしょ。ここをどこだと思ってるの」


 ニーロの答えに、アジャスタは苦笑した。


「確かに。それはそう。ハハハ」

「あー、こっちから攻められないのめっちゃストレス溜まる。小さく攻めてくる奴ら、ほんと嫌い! 正面からぶっ潰しに来いよ!」


 どんどんニーロが荒れていく。

 けれどアジャスタは止めない。

 ニーロはこうやって自身のテンションを跳ね上げていくのだ。

 こうなったときの彼女は強い。

 手伝おうか、というのは半分冗談だったが、これなら彼女と彼女の部下だけで大丈夫だろう。

 アジャスタはそう考え、今度はラム酒を注文する。

 身体がデカいから酒が回り切るのに時間がかかる。

 酔わない。即座に動けるのが良い点。

 すぐに酔えず、酒代がかかるのが難点。


「……来たぞ」


 店に向かって足音が近づいてくる。

 ニーロは肩をすくめて立ち上がる。

 ビール瓶はテーブルにおいて、腰に佩いた愛銃2丁を軽く撫でる。

 バーの重いドアが開き、入り口に、10名からなるMAの団員が立っていた。

 全員目の部分だけメッシュ加工された黒い仮面を着けている。

 そのうち、先頭の一人が前に出る。


「ニーロさん、時間です」

「あいあい、了解。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ああ、気を付けなね」

「お互い様でしょ」


 ニーロが笑みを浮かべて入り口に向かう。

 先頭に出ていた団員が、ドア横に設置されていたコート掛けから、ブラックコートを取る。


「雨、やまないねぇ。こんな日は、熱い殺し合いがないと。寒くて凍えちゃいそう」


 ニーロがつぶやき、団員がブラックコートをニーロの肩にかける。

 ニーロの仕事は現金輸送の護衛。

 そして、襲撃者を殺害。もしくは、生きたまま捕縛。

 後者はまあ、期待していない。

 ニーロに仕事を渡すとき、団長であるニシキはそう言った。


「さあ、行こうぜみんな! お仕事の時間だよー」


 明るく言ったニーロに続いて、団員たちが階下に降りていく。


「さて、そんじゃアタシもそろそろ出張るかな」

「お気をつけて」

「ああ。酒、ごちそうさま」


 バーテンダーが会釈する。

 アジャスタはコート掛けのブラックコートを取り、片方の肩に担ぐ。

 外に出ると、雨が激しさを増していた。

 小さく息を吐いて、それから猛獣みたいな笑みを浮かべた。

 アジャスタの視界に、ポップアップされたメッセージがあった。それから、アジャスタの部下である男の写真も。


『今晩9時。××通り、××‐××‐××、その家で自警団幹部の貴女を待つ。強者であることを、期待してる。来ないなら、貴女の大切な部下を、美味しくいただく。カミラ』


 どうやってセキュリティを抜けてアジャスタ本人にコンタクトを取れたのかはわからない。

 けれどこの簡素で熱いラブレターを無視するわけにはいかない。

 合計三枚。

 3人の部下のため?

 違う。

 こんな楽しそうな喧嘩。

 断ったらMA幹部の名が泣く。

 ただ、それだけのことだ。

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